孤高の魔術師

夏目海

イギリスへ行く

第0話 幼子の夢

 両親が殺された時の記憶がないと言えば嘘になる。しかし、それは極限まで抽象化された映像のようなものだった。夢か現実か、正直なところ信憑性が疑わしい。しかし、時折の記憶の再造影の際に起きる頭の痛みと右腕のしびれは、これは夢ではなく、自分自身の記憶の再生なのだと断言する証拠として十分だった。だから、周りの大人に両親は病死したと断言されればされるほど、殺されたのは間違いないという確証が持てた。それも、公には言えない形で殺されたのだと。


 生あたたかな昼間の桜並木。夏帆は、胎児がいなか判別つかぬほどにまだ小さく、家族水入らずで花見をしながら散歩をしていた。夏帆がいるのはおそらくベビーカーの中で、暖かな何かに覆われ、時折母親の声が聞こえてくる。


 目の前から、とある二人組が歩いてくる。1人はハット帽の男性。もう1人は、4、5歳くらいの男の子。まるで親子のようだ。男性は私たち家族3人に声をかけると、主に母親と長く何かを語り合った。


 風が吹いて桜の花が舞った。花は光を反射し、美しく輝いた。しかし次の瞬間、桜の花は血で真っ赤に染まっていた。両親の体中の血が熱く燃えたがり、血管が破裂し、勢いよく吹き出している。赤ちゃんの泣き声のみが、異様なほど無音な空間に響き渡る。この鳴き声は、私、夏帆の声だ。おそらくは。


 記憶の再造影は突然、前触れもなく、やってくる。この記憶を思い出す時、夏帆はいつも吐き気を催した。それは、この並木道は、魔法で作られた空間だからだ。


 夏帆は魔法使いの中でも珍しい能力を持ち合わせていた。魔法を感覚で捉えることができるのだ。魔法の有無、大小、種類、個人差を感覚的にではあるが感じられる。だからたとえ記憶であったとしても夏帆にはわかる。この並木道が、人間に見られないよう、魔法がかけられた空間であるということを。


 目の前にいた男性が、隣の男の子の手を握りしめたまま、ニヤリと笑った。その瞬間、まるでスイッチをオフにした時のように、魔法が一瞬にして消え去った。


 そこには確かに夏帆家族3人と、男性親子2人しかいないはずだった。しかし、魔法が消えた瞬間、突然大勢の人が現れた。向こうの人たちにとっても、突然、夏帆たちがその場に現れたのだろう。目の前に血まみれの両親を見ると、大慌てになった。男性親子は、他の人に現場を見られたことは想定外だったのか、焦った様子で、どこかに瞬間移動をして消え去った。


 毎度ここで映像は終わる。


 その後、魔法を使えぬヒト種族、すなわち『人間』たちの手によって、両親は病院に運ばれたらしい。夏帆はどこかで誰かに保護されたのか、15歳まで孤児院で育った。


 魔法界において両親はいまだに病死扱いにされている。もちろん犯人も見つかっていない。普通の人なら、真実を知りたいとか、犯人を捕まえたい、と思うのかもしれない。

 

 しかし、夏帆は、両親の死の真相も、犯人のことも、全く持って興味がなかった。物心をついた時に既にいなかった肉親のことに興味が裂けるほど、夏帆は心の余裕を持ち合わせていなかった。

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