第67話 兵法:美人計

 夏帆は杖を中庭に向けた。デヴィアンの父親、ジェームズ・ヴォルガンの姿がある。ジェンマも中庭に向かって構えた。


 次の瞬間、向こうで男性が倒れた。デヴィアン!、と叫ぶ声が聞こえる。デヴィアンの瞳からは光が消えていた。


-死んだ?


「あなた、よくも我が子を」


 夏帆は叫ぶと中庭へと出ていった。


「誤った思想に走り出したから消したまでだ。我々は手荒なことをするつもりはない。さぁ、杖を床に起きたまえ」


 夏帆がそれでも杖を構えていると、30人近い新入生が突然現れた。夏帆もそのうち5人に囲まれた。


「おやおや驚いているとは気が付かなかったのかな。彼らは私たちの仲間だよ」


「そんなはずない。彼らはあなたたちに恨みを……」


「初めはそうでした。でも、大人たちの腰抜けな様子を見て鞍替えたんですよ、先生。真に僕らの力を評価してくれるのは、ロビン・ウッド様だと」少年は言った。「逃げられませんよ。僕たちが、瞬間移動をできないように魔法をかけたので」


「あなたちにそんなことできるわけ……」


「できますよ」と少年の取り巻きの少女は言った。「私のパパは呪文取引の社長だもの。そうだ、日本のある方から呪文を買わせていただいたわ」


「ある方?」


 バカなやつらだ、と夏帆は思った。何でもかんでも話してしまう。功績を自慢したいのだろう。ついでに家族の自慢も。おそらくこれまで相当バカにされてきたのだろう。でもその若さゆえに、話した情報が、自分の首を絞め、命取りになることを知らない、あるいはその経験がないのだ。ハイドも部下にそれを教えないのだろう。ハイド自身が知らないか、それとも誰ももう信用したくないのか。


「そんなことはいい。さぁ、杖を置いて、手を挙げたまえ」とジェームズは言った。


 考えろ。こういう時のために能力を上げてきたのではないか。今頭が回らなければ、日本で首席でも意味がない。考えろ、夏帆。


 夏帆は、杖を置いて、両手を挙げた。


 夏帆の背後にいた新入生が、夏帆の手首をがっしりと掴んだ。


 昔、花森美咲と決闘をしたことがある。入学してすぐのことだ。実力のあった夏帆は目をつけられ、J.M.C.の幹部候補、後の幹部長である美咲に挑戦状を叩きつけられたのだ。今思えば、魔法で殺すと痕跡が残るからと、銃で暗殺していた集団が、魔法で戦おうとしていた事実は大いなる皮肉に思える。


 あの時も、今と似た状況だった。圧倒的実力差、圧倒的人数。なぜか、杖ではなく、体が動いた。アングラで育った孤児院の先輩に教えてもらったように。


 夏帆は掴まれた手首をくるりと返すと、背負い投げで、相手を投げ飛ばした。それから、手のひらを天に向けて桜の花びらを大量に出して目をくらませると、瞬間移動のできない魔法のかけられた空に向かって、思いっきり銃を打った。


 首席を決める一線の際、あの竹内直人も圧倒したコンマ0.5秒という素早さで、真下の杖を取ると、銃弾がゆるがした魔法領域の一瞬のずれを見逃さずに瞬間移動をして、逃げた。


 日本にある瞬間移動をできない魔法を夏帆は知っている。それは、夏帆自身が作り出したものだ。マランドールの後任、夏海が受け継いでいるはずだ。つまり、夏海から買ったのだ。


 あの魔法の弱点は作成した夏帆自身ならよくわかる。波だ。波動に弱いのだ。普通に考えれば、まさか学校周りに呪文をかけられているとは思わない。そもそもそこまでして押し入る理由がない。学校内への侵入のため、強力な波動を発生させることはないと踏んだ上で編み出した魔法。そういう僅かな均衡で成り立っているのだ。それを経験の浅い彼らは知らない。気がつくことも、発想もない。


 手遅れだ、と夏帆は思った。もう敵は、イギリス政府が抗ロビン・ウッドのために動かないと見下して、日本を味方に着けたのだ。こうなることは予想できた。だから夏帆は急いでいたというのに、イギリスは、ジョンソンは何も動かない。遅すぎたのだ。瞬間移動の最中にも関わらず、深いため息をついた。


 そうなるともはやジェンマ・リーの言ったように、正面で戦っても無意味。兵法第三一計:美人計を使うしかない。でもノウハウがない。


 リサなら使えるかもしれない。でも私には……。瞬間移動の最中、夏帆は再びため息をついた。

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