救世主?

「いっだぁ……」


 膝にズキズキと痛みが走る。


 重心がふらつきその場にへたりこんだ。


 追いかけなければと気持ちだけはあせるのに。足に力が入らない。四つん這いになるのが精一杯だった。


 どうしよう、どうしよう——はって追いかけようとしても体が重い。ドクン、ドクンと鼓動の音ばかりが激しくなった。


 くやしさと情けなさで涙がにじむ——そのとき何かがすぐ横を駆けぬけていった。


 それは長い人影だった。彩那は目をこすって身を乗りだした。


 人影は背の高い男性で、あっというまに泥棒男に追いつく。


——すごっ! 早い!


 まるで陸上選手みたいだ。感心していると「きゃあっ!」という悲鳴が上がった。


「触んなっ! はなせっ!」


 男性に腕をつかまれ泥棒男が怒鳴る。


 その手にはカッターナイフが握られていた。


 めちゃくちゃにカッターをふり回す男に、通行人は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 彩那はザッと血の気が引く。あたふたと警察に通報しようとするが、スマホはバッグの中だ——視線を前方へと戻したときには、泥棒サラリーマンがカッターを男性目がけて突きだしていた。


——今日はなんて最悪な日なんだろうか


 仕事もプライベートも撃沈なうえ、全財産を盗まれたうえ、血を見るはめになるなんて――彩那は思わず目を瞑った——同時にうめき声が耳をついた——と、今度は歓声のようなたくさんの声が湧いた。


 恐る恐る目を開けると歩道に倒れている体が見えた。


 さっきの人だろうか。惨状を想像して目をそらしかけるが、よく見てみれば伸びているのは泥棒男だった。


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