親切そうなひとが親切とは限らない

 自分を置き去りにして流れていく男女の群れに心がすーすーと冷える。


 座りこんでいたせいで体までぞくぞくしてきた。


 早くレモン酎ハイ買いにいこう。重たくなった頭と腰を持ち上げようとしたら、


「エッ? わっ」


 急に足元がぐらつき、彩那は音を立てて盛大に倒れこんだ。


 飲みすぎもあるが、一番の原因はパンプスのヒールが、がっつり折れたからである。通勤用としてコキ使っていたツケが回ってきたのか。酔っぱらっていたせいで手が出るのも遅れ、顔面もしっかり打ってしまった。こんなに派手に転ぶのは小学生以来だ。


「やだぁ。イタそぉ」

「酔っぱらってんの?」

「見た? キレイに倒れたよね」


 雑踏をかきわけて届く声がとどめを刺してくる。転んだショックと、じんじん痛む膝頭に、半泣きになりながら、やっとこさ上体を起こした。


「だいじょうぶですか?」


 目の前に手のひらが差し出される。そのもとを視線でたどると、サラリーマンらしき男性が、人のよさそうな笑みを浮かべていた。


——天の助け!


 彩那は男性の手につかまろうとした。だが次の瞬間、彼はそばに落ちていたバッグをつかんで走り去った。


「えっ? えっ?」


 何が起こったのかわからず彩那は目を白黒させる。


 視界に映るのはたった今「だいじょうぶですか?」とご親切にも手を差しのべてくれた男性——が自分のバッグを抱えてジャケットをはためかせて走っている姿。


「どっ、どろぼーっ!」


 とっさに彩那は叫んだ。


「ばかあ! 返せぇっ!」


 逃げていく背中にひたすら叫ぶも、泥棒男は小さくなっていく。周囲の人々は首を傾げたりするも、我関せずといった状況だった。


——財布が、クレカが、家の鍵が、スマホが、キャッシュカードが、全財産が‼


 バッグの中に入っている貴重品が走馬燈となる。


 このままでは野宿だ。


 なんとかふんばって立ちあがり、パンプスを脱いで追いかけようとした。

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