【第1章】
ヤケ酒
「あんのクソ野郎どもがあああ!」
“クソ野郎ども”と言っても片方は女性なのだが、この際そんな細かいことはどうでもいい。
周りの中年男性たちが冷ややかな視線を飛ばしてくるけど、それもどうだっていい。
仕事帰りのサラリーマンでにぎわう大衆酒場に、二十四歳の酔っぱらい女子はあきらかに浮いていた。
このあたりにはお洒落なバーもバルもいっぱいある。でも今日は格好を気にせずにアルコールを食らえる場所がよかったのだ。
にんにくのホイル焼きをビールで流し込んで、牛すじの煮込みをかっこんで、ハムカツをかじってニラ玉を頬張る。
入店三十分。
テーブルには空のジョッキがごろごろ転がった。もはや何を何杯飲んだのかすら覚えていない。
仕事の手柄を上司に横取りされ、三年ほどつきあった彼氏には浮気された。
『出世払いよ! 形になったらちゃんと松田さんが考えたって言うから』
『おまえは仕事があればひとりでも平気だろ』
酩酊状態の頭に忌々しいふたつの声がぐるぐる回る。
店内に流れる湿っぽい演歌もやたらと涙腺をつっついてくる。目頭が熱くなり涙がにじんだ。
「ばかやろおおお!」
のどを突きあげるしょっぱさと、体中に充満したアルコールの後押しでまた叫んでしまった。
同じくジョッキもテーブルに叩きつけるように置いてしまい——ばしゃっと音がしたときには、ホップのニオイ立つ水たまりができていた……開きっぱなしだったファッション雑誌に。
ここへ来る前に立ち寄った書店で購入し、おつまみが出てくるまで読んでいたものだ。あわてて台布巾でふいていくが、ほぼ全部のページがたわんでいる。
まだ全部見てないのにと、むなしくなりながら、びしょぬれのページを一枚一枚慎重にめくり台布巾を押しあてた。
湿気た印刷物臭に苦さを噛みしめていると、見開きで優雅に微笑むヘーゼルの瞳と目が合った。
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