不条理問答集

空殻

スフィンクスの謎かけ(1)

「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。これは何でしょう?」


 夕暮れの教室で、僕はそう問いかけられた。

 問いかけてきたのはクラスメイトの女子で、あまり話したことも無い。

 だから、どうしてそんなことを聞くのかと疑問に思った。

 しかし見回せば教室に残るのは僕と彼女だけ。少なくとも、他に聞く相手はいない。

 不可解さを飲み込んで僕は会話に応じる。

「有名な謎かけだね。答えは、『人間』だと思うけど」

 そう答えながら、机を挟んで向こうに立つ彼女の表情を窺う。

 彼女はただ微笑んでいた。

「どうしてそう思うの?」

 そう問いかけられる。

「どこかで聞いた受け売りだけど。たしか朝の四本足ってのは、四つん這いで動き回る赤ちゃんのこと。それがやがて成長して二本足で歩くから、昼は二本足。そして、年を取ると杖をつくようになるから、夜は三本足、だと思うけど」

 僕は答える間、彼女は微笑んだままだった。

「じゃあさ、黄昏は?」

「え?」

「黄昏には、何本足なのかな?」

 彼女の質問の意味が、僕にはうまく呑み込めなかった。

「黄昏って、昼と夜の間ってこと?」

「文字通りの意味だよ」

「どういう意味かな?」

「そのままの意味だよ。黄昏には、何本足なのかな?」

 彼女はただ、まるで機械のように繰り返す。

 僕は意味が分からなくなり、彼女から視線を外して一度下を見る。

 そして凍り付く。

 机の向こうの彼女、その足があるはずの場所には、何も見えない。

 時刻は夕暮れ、あるいは黄昏。教室は薄暗くなり始めている。

 僕は視線を上げる。

 彼女は相変わらず、笑っていた。

「ねえ。黄昏には、何本足なのかな?」

 そう繰り返す彼女は、本当にクラスメイトだっただろうか。

「君は、誰だ?」

 僕の問いかけに、彼女はその笑みをいっそう深くした。

 その笑いは、この世ならざるものに見えた。

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