起き抜け鴉は空に唄う

西條セン

第1話

 茜色に染まる空に、ギャアギャアと鴉たちが叫ぶように鳴いている。

 泣きたいのはこっちなのだけれど、とぼんやりとした頭で考えながら久我里くがのさと紫緒しおは膝をつき、こうべを垂れた。

 痩せ細った紫緒の隣には刀を構えたお役人。紫緒の行先を見届けようと、彼女の周りには多くの人が群れをなしていた。誰も彼も元気がない。


「憎むなら責務を果たせぬ己を憎め」


 冷めきったお役人の言葉に言い返す元気は紫緒にはもうない。紫緒は自身の死を受け入れて、瞼を閉じた。

 その時お役人たちの中に紛れた男の、こちらを見下すような冷然とした瞳と目があったが気がつかないふりをした。

 曝け出された首に、刃物が落ちる――。



 ◇◇◇



 ハッとして、息を飲んだ。

 きょろきょろと周囲を見渡せば、そこに広がるは枯葉の山。どうやら神社内の枯葉を集めているうちにうたた寝をしてしまったらしい。

 紫緒は着物についた枯葉を払って、近くに倒れていた箒を手に取った。


「なんだか……いやな夢を見た気がする」


 紫緒は箒を握りしめる右手とは反対の手で首をさすった。なんだか気分が悪い。きっと夢見が悪かったせいだろう。仕事中に居眠りしてしまった罰だろうか。


「うう、体が痛い……」


 紫緒は固まった筋肉をクルクル回してほぐしながら枯葉集めを再開した。

 紫緒は久我里家の巫女である。

 久我里はこの帝都では知らぬ人などいない有名な神社を経営している、名門と言って差し支えのない身分を持つ由緒正しいお家柄。

 そこの一番と言われた巫女の娘、それが紫緒だ。

 残念ながら母親、そして紫緒の父親も病に伏してとうの昔に亡くなっているが、嫁入りして一度久我里家を抜けた母親の子である紫緒は養子として久我里家に引き戻された。

 そして巫女としてこの神社で奉仕仕事をこなしている。


 今日の仕事は境内に溜まった枯葉を一カ所に集めて燃やす作業だ。時は秋となり、木の葉が多くなった頃。近頃続く強風が木を揺らして枯葉を多く境内に落としていた。その始末を言いつけられてしまったのだ。

 仕事自体に文句はない。両親を亡くし、行き場をなくした紫緒を養ってくれている久我里家には感謝している。だから神社内の掃除などの雑用を多く言いつけられても気にするつもりなど一切ない。

 巫女としての仕事をあまりできていないことは少し気がかりであるが、それも他の巫女たちがなんとかしてくれているので問題ないのだろう。

 だから紫緒は今日も今日とて久我里に命じられた仕事をこなすだけ、のはずだった。


「紫緒、仕事だ。こっちに来なさい」

「え? ああ、はい。かしこまりました」


 久我里現当主、紫緒にとって祖父にあたる男性に声をかけられて、紫緒の手が止まった。雑用をこなしているというのに、別の仕事を言い渡されるのは珍しいことだ。

 首を傾げながらも、紫緒は箒を手放して当主のあとを追った。

 小走りで当主のあとを追いかけると、そこには数人のつぎはぎの着物を着た、お世辞にも綺麗とは言い難い身分の方が参道の端で頭を下げていた。


「これは……どうされたのですか?」


 綺麗に掃除の行き届いた境内で一様に頭を下げる彼らの姿は異常だ。周囲の風景から浮いてしまっている。紫緒が当主に問いかけると、当主は眉間に皺を寄せて口を開いた。


「彼らの住む村の近くに瘴気の泉が現れたらしい。それを浄化してくれと小銭を携えてやって来たのだ」


 そう言って当主は懐から小汚い袋を取り出した。かすかだが硬貨のぶつかる音がする。

 これがおそらく彼らが持ってきたという小銭が入った袋だろう。さまざまな柄で出来ているあたり、着物の切れ端をたくさん集めて縫い付けて作ったようだ。それほど困窮した村なのだろう。


「瘴気の泉を放っておくことはできない。だから紫緒、此度の仕事は貴様に任せる」

「かしこまりました」


 紫緒が頭を下げると、境内の奥からくすくすと笑い声が聞こえてきた。顔を動かさず、ちらりと視線だけを声のする方へ向けるとそこには紫緒の想定通り、紫緒以外の巫女たちが立っていた。

 おおかた彼らのような薄汚い服装をした村への浄化活動をいやがって、紫緒に押し付けたのだろう。

 こんなに困窮した出立ちなのはきっと帝都の中でも端の方に住む、なにかしらの事情で元々住んでいた地を追い出されたか逃げ出した訳ありの村人たちが多い村。

 辺鄙なところにある村な上に衛生環境も酷いとなっては、いくら仕事とはいえ行きたがらない巫女は多い。

 だから一度は久我里を抜けて戻ってきた、両親という後ろ盾のない紫緒にそういった仕事を押し付けることはままあった。


「では、すぐに支度いたします」

「ああ」


 辺鄙な村となると、移動に時間がかかるだろう。少しでも早く瘴気の泉を祓うために、紫緒はすぐに支度を始めた。


「ああ、ありがとうございます。ありがとうございます」

「さすがは久我里さまじゃあ」


 よほど瘴気の泉に困らされていたのだろう。巫女が派遣されるとわかって、辺鄙な村人たちは感涙していた。

 巫女は瘴気を祓う者。当然のことをするだけだが、ここまで感謝されると少し気が重い。

 紫緒はまだ瘴気の泉を祓っていない。そもそも村にすらついていないのだ。褒美を期待しているわけではないが、必要以上の感謝には不気味さを覚えた。

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