普通の幼馴染じゃなくていい
雫の機嫌も直り、俺と雫は二人で晩飯を食べた。
今日は幾らかいつも以上に奮発しているような気がする。彼女なりの感謝の形なのだろう、有り難く受け取っておく。
しかし――。
『そんなの普通の幼馴染じゃない』
花ちゃんの言葉が脳裏を過ぎる。
普通の幼馴染、とはなんだろうか。俺と雫くらい不仲なのは珍しいという事だろうか。
それに雫は非常識だと言っていた。
確かにすぐ手の出る子ではあるが、足は滅多に出ない。
おまけにファンクラブも出来る完璧超人だ。
存在自体が常識外なので、別に非常識くらい良いだろう。
「なあ、雫」
「…………」
「普通の幼馴染って何だろう?」
無視されたが言葉を続けると、雫の手が止まる。
普通の幼馴染とは何や。
その問に対して思うところがあるのか、雫は数瞬だけ動きを止めた後に。
「瀬良さんに何か言われた?」
質問を質問で返して来た。
なぜ花ちゃんだと分かるんだろうか。
俺の生態に知悉した雫といえど、思考まで読めるなんて…………普段から読まれてたような気がする。
まさか顔に出てる?というか書いてる?
筒抜けかと勘繰ってしまうほど雫は勘が鋭い。
俺は雫の質問に黙って首肯く。
すると、彼女は箸を置いて嘆息する。
「普通、ではないかもね」
「やっぱり、そうなのか」
「うん。でも――普通である必要がある?」
普通である必要があるか?
そりゃだって、常識に則っていなければ大概が弊害である。
常識は無くとも良識があれば、その行動は咎められるどころか称賛される功績を得る。
逆に常識が無いだけのヤツは、必ず周囲に多大な迷惑以外の何物も残さない。
俺と雫が後者の部類であるかは気になる。
俺単体だと前者だと思うが。
「普通の方が良いんじゃね?」
「じゃあ、言わせて貰うけど。普通の幼馴染は多少は古い付き合いというだけで別段、放課後に同じ家で過ごしたりするわけでもないし、登下校も常に一緒にはしない」
「ふうん、そっか」
そりゃ、そうなのか。
幼馴染っていうのは常に一緒にいる理由たり得ない。
これぞ常識。
「大志はその方が良いの?」
「非常識って恥ずかしいことなんだろ? なら、こうして飯作って貰う事もダメなんじゃね?」
「…………」
「雫はそう思わん?」
何も考えず、雫の感覚に尋ねる。
すると。
「アンタの『美味しい』が聞きたくて作ってるだけだから」
淀みない声で即答された。
そういえば趣味でやってるんだったよな。
なら、今さら羞恥などどうでも良い話か。
「でも、そう」
質問に答えた後、雫がため息交じりに呟く。
無表情だが何処か声色は残念そうであり、目は俺を試すように細められる。
「大志は嫌なのね」
「んー?」
「大志は嫌なんでしょ、私と二人でいるの」
「嫌とか何とか以前に、雫のいない生活ってのが想像出来ないんだよなぁ。家族みたいなもんだから、同じ家でずっと一緒に過ごしてる感覚だ」
俺はぱくりと一口食って思考を巡らす。
「私が家事できなくても?」
「家事のできない雫? そりゃきっと名字の違う雫さんだな」
「…………」
呆れた目を向けられた。
そういう話ではないと無言で伝えられている気分だ。
じゃあ、どういう話だ?
雫は何度めかのため息の後、再び箸を取る。
「『小野雫』もできるけど」
ぽつりとその言葉が呟かれた。
その口ぶりから、どうやら雫の知人には同じ名前でありながら『できる雫』がいるらしい。
しかも俺と同じ苗字とは運命的な物を感じる。
可愛い女の子だったら将来結婚しよう、小野と小野を足して大野になれるかもしれない。
「俺も会ってみたいな」
「会うものじゃなくて、成るの」
「何! まさか家事のできる人間が『小野雫』という称号を授かると!?」
「……そう。私は既に小野雫も同然」
「じゃあ、
二人の名前を口にした途端に視線が鋭くなった。
どうやらかつての友人の名を聞いて心が熱くなったらしい。涙を堪えているからだろうな、刺すような眼力だ。
花ちゃんは弟妹がいて、よく世話をしているから家事が得意だと聞いている。
中学時代は趣味がガーデニングとか言ってたけど、庭を荒らすんだよな確か。聞いたときは中々にワイルドだなって思った。
もう一人の矢村綺丞――中学時代に俺と親友だった高スペック男子は知らんが、出来て当然だろう。
中学二年の一時期、ハブられてしまった俺とひょんな事から交流することが増えたのだが、その時にその対応力で幾度も救われた。
全くしゃべらないのが瑕に珠だが。
完璧超人の一歩手前って感じだし、雫に似てる感じがして接している時は楽しかったな。
「花ちゃんとも会えたし、今度は綺丞と遊ぶか!」
「あの男だけは絶対に会いたくない」
「え? 仲良かったじゃん。ほら、俺と一緒に帰るかどうかで放課後にサッカーのPK対決して、結局三人で帰ったじゃん」
「アレは殺し合いだから」
まあ、雫と綺丞ならサッカーボールで人が殺せるかもしれない。
妙なのは、あの時のPK対決は何故か雫も彼もお互いにゴールの隙ではなく、相手に向かって凄まじい威力のダイレクトシュートしか撃ち合ってなかったな。
最後は二人ともグローブがボロボロだったし。
「そうだ、勉強は綺丞に教えて貰おう」
「は?」
「だって雫は忙しいし、花ちゃんだと集中できないなら綺丞しかないだろ」
「……私がいるから、良いでしょ」
「少しは雫も自分の事に集中してくれ。俺のことじゃなくて、もっと他に目を向けてくれよ」
「例えば?」
「キャベツとレタスの見分け方とか」
「アンタ未だに判らないの?」
「うん。今度教えて」
俺と雫は完食して、二人で流し場へ食器を運ぶ。
食器を洗ってくれる雫を後ろから眺めていると、ふと冷蔵庫の表面にマグネットで固定された写真に目が留まった。
修学旅行で雫と合流して撮った写真がある。
俺の隣に綺丞、花ちゃんともう一人の友人がいるが、マグネットで顔が隠れていた。
「おお、雫が若いオゴォッ!!!!」
「修学旅行の写真?」
ノールックで振り上げられた足が腹部を命中した。
やれやれ、本当に優雅な足癖だ。
「みんな元気にしてるかなぁ」
「…………」
「そういや、雫って友だち多いのに俺と一緒の写真しか無いよな。他に何かないのかよ」
「自室の机の中、の何処かにあるわ。……ああいうのを保存している素振りだけでも、大概は気を良くして好印象の保持に一役買うから」
「へー、スゲーな」
ちょっと何言ってるかわかんないけど大事にしてるんだな。
冷蔵庫に貼られた写真たちは、大部分を雫が占めている。
早十年以上は経つこの関係は、余程の事が無ければ変わらないし、変えたいとも思わない。
何故なら。
「でも、そっか……なあ雫」
「?」
「俺、普通の幼馴染じゃなくていい」
「……何で?」
「雫といて俺は楽しいからな」
雫と思い出を作れるなら非常識でも良い。
というか、雫は非常識であるからこそあのパンの味が出せるのだ。常識人になってしまったら、きっと二度と食べられない。
「……あっそ」
「そうだ。後でこの前の動物園の写真でも貼っとくか」
「動物園の写真?」
「ああ。雫が真っ赤になって失神した時に撮った――」
その後、俺は何故かリビングの床の上に倒れていたのだが、そうなった理由に関する記憶が無かった。
マジ不思議。
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