知らない女の子の家!
梓ちゃんとの買い物が完了して、俺は帰途に着いた。
途中のスーパーで買い込んだカップ麺味噌味との蜜月が繰り広げられるのも後少し。
事前に連絡したから、雫も飯を作って待っている事も無いだろう。
毎食作ってくれる雫には感謝している………んだが、後の反応が怖い。
俺が一度だけ無断で外食をした時だ。
帰ってきた俺を一目見た瞬間、雫に腹パンされて中身を全部出された。玄関が汚れるから本当にヤメて欲しい。
あと、アレは凄かった。
しかも、えづく俺の顔面を掴んで雫の方を向けさせられた時に放たれた台詞は未だに理解不能だった。
『わたし以外の作ったご飯、食べたんだ?』
その後、流動食中心の献立で飯を食わされた。
雫は鬼気迫る表情だったけど、もしかしたら俺と同じでお腹が痛かったのかもしれない。俺の痛みは自分の痛み、ってか…………本当に良い幼馴染だよ。
加えて、何故かあの日は便通も凄まじかった。
憲武曰く「下剤でも盛られたんだろ」と冗談みたいに大爆笑されたが、言われてみたらそうかもしれん。
また、今夜も同じ目に遭うかもなぁ。
しかし、関係無いもんね!
俺は味噌カップ麺をたらふく食う。記念すべき自立への第一歩を刻んだ日なのだなら、多少のワガママも良かろうて!
「はははは――うわ痛ァッッ!!!?」
家まで続く道を歩いていたら、電柱にぶつかった。
自分でもウキウキ楽しくて早足になってた所為で勢いもあったからか、ぶつけた箇所が尋常ではない程に痛い。
俺はそのまま電柱に弾かれるように後ろに転倒した。
紙袋に入れたカップ麺達が盛大に地面にぶち撒けられる。
夜道で仰臥する俺は、近くに人がいた事に気づく。
制服の上にスカジャンを着込んだ金髪の女子が、顰めっ面で俺を見つめていた。
「こんばんは!」
「あ、アンタ………頭から血が出てるけど」
「出てたら駄目なのか?」
「怪我は何でもアウトじゃん。……ちょ、そんなホーリーライト出てそうな無垢な顔で聞いてこないでよ」
ホーリーライトって、ゲームかな。
その女子は俺に近付いて来て、上から覗くようにして頭の傷口を見る。
「アンタ、これさっきだけの傷じゃないでしょ」
「今朝、電柱と標識に当たったけど」
「えー、何なに、こういうのしょっちゅうある系? 真面目に怖いんだけど」
「いつもは友達が止めてくれるから今日は特別」
全く、粋な奴らである。
俺の事ばかり見てないで、もっと自分に目を向ければ良いのに。
目を離すと危なっかしいとか、愛されていて困る。
「てか、アンタこの尋常じゃない量の味噌カップ麺は………?」
「今日の晩飯だけど」
「………飯は親とか作ってくれないの?」
「共働き、しかも出張で長く家にいないし」
金髪女子も痛むのか、額を押さえて深々と溜息を漏らす。
今のでどれくらいの幸せが逃げただろうか。
でも、『溜息をつくと幸せが逃げる』なんて迷信だ。
俺の事で溜息ばかりの雫には恋人が出来たからな、嘘だってすぐ分かったぜ。
キョロキョロと辺りを見回した金髪女子は、俺が撒き散らしたカップ麺を拾い集めて紙袋に入れると、手を差し伸べて来た。
「見捨てるのもアレだから、今日はアタシの家で飯食いなよ。ついでに怪我診てやるから」
「え、いやでもカップ麺」
「そんなん食事じゃないし。アタシの作る飯でまだマシだから」
「カップ麺だって立派だもん……」
「ほら、さっさと立ちな」
金髪女子に引っ張られて俺は悲しくなった。
カップ麺が食べたかったのに、今晩は知らない女子の夜の食卓に連れて行かれるそうだ。
どんなご飯が出るか楽しみだが、また雫に腹パンされないか心配である。
でも、あれは俺が不用意に変な物を食べないよう自身で管理するという責任感を持った雫の優しさなのだ。
もう大人に近付いている俺には不要な気配り。
大丈夫だぞ、雫。
俺はそのまま金髪女子に連行されて、アパートに来ていた。
どうやら一人暮らしのようである。
鍵を開けた彼女に促されて、俺が先に入った。
「一応言っとくけど、変な事したら刺すから」
「何処を?」
「人体の急所」
「痛そう」
女の子の低い声で放たれた冗談に笑いながら、不躾にも部屋を見渡してしまった。
やはりアパートとあって部屋と呼べるのは三畳ほどの一部屋、流し場とトイレ一つずつで風呂場は無し。
俺と年が変わらないように見えるが、きっと苦労しているのだろう。
「あんまジロジロ見るなし」
「俺って一人暮らしとかした事無いから、凄い気になるんだよ」
「親居ないんじゃなかったの?」
「いつも幼馴染いるから」
俺は畳の上に胡座をかいた。
正直広いとは言えないので、なるべく場所を取ってはいけない。
金髪女子は何処からか救急箱を取り出し、俺の額や体を視診、触診して処置を施す。消毒液が沁みる時ってたまらなく好き。
処置の最中に見つめてると「そんな見んなよ」って頬を赤くして言われるが、俺が見てるのは君の金髪だから誤解されて不服だ。
暫くして俺の額に絆創膏が貼られる。
どうやら完了したらしい。
「ちょい待ち、今から飯作るから」
「手伝おうか?」
「アホ。客は座ってな」
「こう見えても調理実習で鍋爆発させたくらいだから自信はあるぜ」
「座ってろ」
最後は凄まれてしまったので大人しくする。
三十分ほど待って紙皿に乗せられた慎ましい食事が出されたんだが…………これがムチャクチャ美味い。
充分な量が確保されていたなら、何杯でもご飯がお代わりできただろう。
雫の飯ばかりで肥えていた舌には新しい刺激だ。
皿の上を全て平らげて俺は合掌する。
「ご馳走さま! 美味すぎて晴天のヘキエキだった!」
「霹靂な? それだとアタシの料理天晴なほど不評って伝わるから」
「でも美味しかった。くぅ、余計に腹減った気がする…………!」
「お粗末様、カップ麺よりは健康的だから許してよ」
金髪女子が皿を片付けていく。
部屋の隅には、ゲーム機がコンセントに繋がれ充電されていた。
「あれ、君もスイッティやるの?」
「アンタも?」
「おう、常備してるくらいに」
俺はカバンからゲーム機を取り出す。
戻ってきた金髪女子が前に座って、充電器から取り出した自分の物を抱える。
「アタシは◯◯◯ってソフトをやってんだけド」
「あ、俺もやってるソレ」
「へー、ウケる。もうストーリー完走した?」
「一昨日買ったばっかでさ、まだ全然」
「どの辺りまで進めたか聞かせなよ」
身を乗り出すほど食い気味な少女に、俺は喜んで語る。
俺たちはそれから互いのゲームの話で盛り上がった。
時間が九時を過ぎている事を気づかないほどに。
濃密な時間を過ごした俺と金髪女子は、一息ついてコーヒーを飲んでいた。
まさか、偶然夜に出会った女の子とここまで意気投合するとは。好きな物で繋がる交流って伊達ではない。
すっかり、俺と女の子は笑顔で話せる仲である。
「いやー、同志がいるって楽しいわ」
「よかったら遊びに来なよ、分かんないところ教えるし」
「え、助かる!」
「良いよ。………それより、アンタのスマホ鳴ってない?」
俺が幸せな気分に浸っていると、鳴り響いた着信音がそれを掻き消す。
誰だこの野郎!とポケットのスマホを取り出して確認すると、雫だった。
応答、ポチッと。
「もしもし」
『何処にいるの?』
「んぁ? 今ね、知らない女の子の家」
『は?』
「怪我してた所を助けて貰ってさ、ご飯もご馳走になったんだよ」
『………………は?』
「ゲームの話でも盛り上がってさ、友達が出来ちゃったよ!ははははは――」
『もうすぐ補導される時間だから早く帰ってきなさい』
ぶちっ。
…………切られた。
「今の友達?」
「そんな感じ」
俺は金髪女子の方を見て頭を下げた。
「めちゃくちゃ世話になった、この礼はまた次の機会に」
「ハイハイ、期待しないで待っとく」
俺は紙袋を抱え、幾つか土産にカップ麺を流し場に残してからアパートを出た。
ううむ、それにしても雫の声がいつもより低かったな。………風邪ならば後で見舞いに行ってやろう、丁度カップ麺もあるしな!
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