恋人作りを超絶完璧美少女な幼馴染が妨害してくるが、そんなもの気にせんわ。
スタミナ0
一章「邪魔しかしない幼馴染」
決意したぞ、俺は恋人になる!
春のある日、というか始業式を終えた放課後だ。
午後三時を過ぎてやや傾き始めた太陽の日差しが室内へと注ぎ、全開放した窓から吹き込む風は、つい一月前まで換気すら苦行に思わせた寒さを忘れる暖気を運んでくれる。
春の陽気に包まれた自室に、俺――小野大志は今まさに帰って来た。
学生カバンを床に置いて、ネクタイを緩める。
「ただいま」
「ここ、私の部屋なんだけど」
「じゃあ、俺の家は隣か」
「座るな」
どうやら間違って隣家に入って来てしまったらしい。
ここは幼馴染の家で、内部構造もバッチリ似てるもんだから習慣に従って階段を上がり、二階の東側の部屋へと入ったら丁度良く幼馴染の部屋だった。
運命かと言われると、首を横に振る。
生憎とロマンチックな雰囲気になった例が無いし、女の子どころか男の子とそんな空気になった事も無い。
実際、この幼馴染とそんな風になった過去は一瞬たりとて覚えがない。
「俺の学校、男子校なんだけどさ」
「家に帰りなよ」
「話の腰を折るな、ゆっくり聞け」
「何様なの? バカなの?」
「そう、俺の学校……おバカしかいないんだよ」
俗に『おバカ』と呼ばれる人間は三種類だ。
一つは、学力が不足している者。
二つ目は、状況に適した行動を取らない者。
三つ目は、『おバカと呼ばれる人間は三種類』という題名を掲げていながら、三種類目が思いつていない俺の事だ。学力どころか二つ目も遂行する、俺以上のおバカはいない。
だが、予想外な事に同レベルは世界に何人もいる。
俺の通う男子校なんかは、世界の縮図といって良いほどおバカが作為的かと勘違いするほど密集している。あと、世界の縮図の使い方を間違ってる気がする。
「どうでもいい」
幼馴染の少女は律儀に俺のモノローグに答えてくれる。
まあ、口に漏れていたらしい。
「そんなおバカな俺だが、同種の人間とつるんでると気付く事があるんだ。ホラ、自分を客観視できるってヤツ」
「地獄ね、その男子校」
「でも、根は良い奴らなんだ。ちょっと向かい側の女子校に侵入したり、怪しい商売に引っかかったりするだけで」
「アンタもこの前、私が助けなきゃ変な数珠を買うところだった」
お婆さんが幸せになる、って言ってたから買おうと思っただけだ。
いや、数珠の話はどうでもいい。
それよりも数珠の話だ、いや違うな。
「言うまでもなく俺はおバカなんだが……この前、凄いことに気づいたんだ」
「…………」
手元の漫画をずっと見ていた幼馴染の少女の視線が、ようやく俺の方へと向けられる。
冷たい眼差しを投げかける黒い切れ長の目と、その綺麗に整った目鼻立ちは幼い頃から変わらない。いや、最近は大人の色香を漂わせ始めた。
近所では『超瀬町の美姫』だとか、『ボン・キュッ・ボン』だとか、『長くて綺麗な黒髪』とかいうあだ名で呼ばれているだけあって、えらく美人なのだ。
だが、どうしてだろう。
俺はそんな彼女に興奮したことが全く無い。
興奮しないことに泣きまくったこともある。
「脱線してないで早く言えば? 偉大な発見ってやつ」
呆れていながらも、この幼馴染は律儀に話を聞いてくれる。
先を促す視線は、より冷たく鋭くなっていた。後でプリン買ってやろう。
「春休み中に、生徒会長に彼女が出来たって噂が出たんだ。相手は向かい側の女子校に通ってる、夜柳雫って名前の超美人らしい」
「…………」
「基本的に俺の男子校の印象は悪いから、どうやって接点作ったのかな、とか、一体どんな人なんだろう、とか考えたんだ」
「…………」
「そしたら、超絶美人で夜柳雫って綺麗な響きの名前の人間なんてこの世に存在するか?って話になったんだが、そこで気付いたんだよ」
俺はここで一拍だけ間を置いた。
話し手としての技量、この退屈そうな美貌をあっという間にあっと言わせてあっとさせてやる。日本語勉強しよう。
「俺の幼馴染じゃん、って」
「…………」
俺が言うと、この幼馴染の少女――夜柳雫はため息をついた。
よほど面白くなかったのか、また漫画に視線を戻す。
「グダグダ話して、それだけか」
「雫はさ、生徒会長と付き合ってんの?」
「そんな話が本当だと思うの?」
「雫みたいな美人なら元カレの一人や二人、元カノの三人や四人がいてもおかしくは無いと思うんだ」
「何で元カノの方が多いわけ」
雫が心底不快だと表情で語る。
嫌な顔をする割には俺を部屋から追い出さない辺り、腐れ縁というヤツなのだろう。さっきから俺の足に青アザを作る威力で蹴ってくるのも、友情のスキンシップという奴だ。
「それで、付き合ってんのか」
「アンタはそれ聞いて、どうしたいの?」
「学校のみんなが気になるそうだから、俺が聞こうと思っただけだ」
「……ねえ」
雫がそっと漫画を床に置いた。
空いた手で俺の顔を挟み込むように包むと、鼻先が触れるくらいまで顔を近づけて来た。
いい匂いがする、ただ無闇に嗅ぐのを憚れる奇妙な魔力を持つ匂いだ。
「アンタは、私に彼氏が出来て悲しくない?」
至近距離で、雫が囁いた。
吐息がかかって鼻が痒い。
いや、それよりも雫に恋人ができて何故俺が悲しむと思うのだろうか。寧ろ、そういった物を作らない彼女に対してヒト科ヒト属に興味が無いんじゃないかと不安になることがある。
「悲しくないけど」
正直に言って、俺は雫の事が苦手だ。
具体的に言うと、美人で見てると目の保養になるし、俺の下らない話をよく聞いてくれるし、俺が本当に困った時に手を差し伸べてくれるからだ。
苦手になる要素しかない。
それでも関係が続いているのは、家が隣だからだろう。
「いや、だから雫は生徒会長と付き合ってんの?」
「察して」
「悪かった、付き合いたての頃は外野にピーピー言われるのが一番迷惑だもんな」
そう言うと雫にジト目で見られた。
おかしい、気遣った一言なのにどうしてそんな可愛い目で見られなきゃいけないんだ、不服。
「……逆にアンタは作らないの? おバカなアンタを引き取ってくれる人がいるとは思えないけど」
「いや、いるぞ」
「…………え?」
自信満々に俺が答えると、雫が目を見開いた。
いや、さっき欲しかった反応だよソレ。
「幼稚園の雫が言ったじゃないか」
「私?」
「私以外と結婚したりするなって言ったから、雫が貰ってくれるんだろ?」
その返答に、雫が顰めっ面になる。
それから床に置いた漫画を読み始め、突然その紙面に顔を埋めて隠した。
「………………………………………………………………………幼稚園の頃の話でしょ」
「え、じゃあ今は違うのか」
「………………察して」
「分かった。……てことは、いよいよ俺は孤独になるわけだ」
「…………はぁ」
俺はとうとう最終保険の『雫と結婚』すら白紙になった。
このままでは、大人になっても独身で死んでいくのだろう。独身で幸せな人もいるが、俺の夢は『幸せな家庭を築くこと』だから絶対に結婚はしたい。
あの雫も生徒会長と付き合い始めた。
そうだ、高校二年にもなって彼女いない歴イコール年齢なのは不名誉な事かもしれない。最近は保育園の子供が婚約するなんて話があるほどだ。
「決めたぞ、雫」
「…………なに?」
俺は雫を真っ直ぐに見つめた。
「俺、恋人作る」
「やめて」
何故か拒否られたが、俺は諦めない。
もう雫が貰ってくれる事も無いし、長く独身だった身近な人が恋人を作ったとあれば、俺もまた変わるべき時期が来たのだ。
こうして俺の恋人作りへの困難な道が始まった。
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