素晴らしい夢のマイク Mike in the Majestic Dream

サンサソー

1. 黒い雫

 とあるビルの一室。机に置かれた蓄音機がひとりでに再生された。


 童謡的な不気味さの香る穏やかな曲だ。蓄音機から流れるにしては嫌に簡素。

 だが、その曲はどこか重さと暗さ、そして悲しくなるような冷たさを孕む矛盾の心情を呼んだ。


 やがて部屋の照明は明滅し始め、蓄音機からは黒い靄と液体を吐き出していく。

 地震も起こっていないというのに部屋が揺れ始め、曲の代わりに地獄の底から響くような唸り声が聞こえる。



 そして、蓄音機からゆっくりと……鋭い漆黒の手が這い出した。





 けたたましいパトカーのサイレン。叫び声。悲鳴。街はかつてない喧騒に満ち溢れていた。


「この暴動はかつてないほど急速に広まっています。今、この瞬間も多くの発狂した人々によって世界中が混乱に陥っているのです」


 絶え間なく銃声が鳴り響く。まともな人の発するものではない奇声の波が警官たちを覆い尽くしていく。


 殺人、窃盗、陵辱と犯罪が留まることを知らない様はまさに地獄。

 レポーターの女性もカメラマンと共に混沌とした状況を発信していたが、ついには爆破によって落下してきた瓦礫の下敷きとなりひしゃげて潰れた。


 暴徒たちは仲間すらも殺しながら急速に被害を拡大させていく。恐ろしいのは、この惨状が全世界で起きているということだ。


 その時、ビルの一つが様子を変えた。


 窓から見えていた炎は無くなり、崩れていた部分からは何か液体が吹き出した。


 やがて決壊したビルからヘドロのような黒い激流が発生し、人も建造物も飲み込んでいく。それは破壊というよりも、元々あったものを根こそぎ抉りとっていくかのような容赦の無い現象だった。








 星の瞬きも、炎の光も無い街。激流に飲まれたはずの街に、雨が降り始めた。


 その雨粒は道路に触れると鈍い音とともに潰れる。辺りに黒い液体をぶちまけて、雨粒となった人々は降っていく。


 人々が飛び降りていく建物の中では、静かに首吊りが揺れる。プールでは息の無い水死体が腹にめいっぱいの水を溜め込んでいる。雨粒を受けながら猛スピードで壁に突っ込む車がある。



 喧騒が死の音となった街で、それはゆっくりと歩みを進めていた。



 服も、顔も、身体も、全身が黒い液体で覆われた背の高い人型の怪物。善性など欠片も無い邪悪な笑みを浮かべ、垂れた液体の隙間から青い目をギョロギョロと動かしている。


 怪物が天を仰ぐ。街が、国が、地球が、銀河が、宇宙が、世界が。


 今、怪物の巨大な手によって━━━━








 ━━━握り潰された。






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