第12話 桃色の薔薇
お昼頃、泊まっていた民家から出発した御伽の夜光団。今日はエンゼル・エンパイアの街並みを再び歩く予定だ。白を基調とした淡い色合いの家や店がずらりと並んでいる。
店の入り口からは店員達の元気な声が聞こえてくる。
「いらっしゃいませ!」
「今日は紅茶のギフトがおすすめですよ!」
街の人達は皆上品な雰囲気で礼儀正しい人達がたくさんだ。そう言えば女王のレラも気品が高い雰囲気だったのを覚えている。
カヨはいつものように鼻歌を歌いながら街を歩いていると、花をモチーフにした雑貨屋さんから見覚えのある顔の人物が袋を持って店から出てくる。
「あら、今日は何をしに来たの?」
「色々街を見て回っているんだ。えっと…その……」
「…レーチェルって呼んでいいわよ。…あ、確か名前を言っていなかったわね」
「今日は休みなのか?」
「そうよ、休日なの」
カヨはレーチェルに遭遇し彼女と話す。レーチェルは購入したものを袋から取り出した。薔薇の香りがする香水だ。まだ開けてはいないが、袋からほんのり薔薇の優しい匂いがする。
「…へぇ、良い匂いがするな」
「これ、私の部屋に飾るの」
二人で話していると、向こう側からソフトクリームを片手に仲良くおしゃべりをしている夜桜とローラの姿が。
「夜桜、ローラ!!」
「あ!カヨと……あれ、あなたはレラ女王様の…?」
「なんだか賑やかになってきたわね…」
団員達が少し集まってきた様子に若干引き気味のレーチェル。四人が集まり、話題はレーチェル自身の内容に。
「ところで気になっていたんだけど、レーチェルって元々この国に長いこといるのか?」
「…いるって言うよりも、私は元々王宮とはほぼ無縁だったのよ。何年か前に女王様に声を掛けられてここで働くようになったのだけど、どうして私に声を掛けたのかは未だによくわからないわね」
レーチェルはレラに声を掛けられたことによって彼女の従者になって今でも働き続けている。
「あっ、でも皆が想像している物語みたいに悲惨な過去があってその後救われたみたいな話じゃないからね。そこは勘違いしないでほしいわね。
私はフェアリークラシカル出身なの。ここから少し遠い場所だけどね」
「確か…第二の都市って言われていた場所だったような…?」
おとぎの星はとても広く、二つの名称を使い分けていることがほとんどだ。このエンゼル・エンパイアにも第二の都市【フェアリークラシカル】という宮殿のあるもうひとつの街がある。
レーチェルはそこの出身者であり、レラの従者になるまではここでずっと暮らしていた。
その話を聞いていたローラがそこへ行きたいとうずうずしている。
「ねぇ、そのフェアリークラシカルってところ…行ってみたい!…アタシ一度も行ったことがないのよ!いいでしょ?」
「暑苦しいわよ…離れて」
「見てみたいのよ〜〜」
「全く…あんた達って思い立ったらすぐ行動するのね」
ローラは興味津々な様子でレーチェルにフェアリークラシカルについて聞こうとしている。一方レーチェルは冷たい視線を向けて少し嫌そうな顔をする。
「私達、色々な国を旅をしているんだ。良かったら、教えてもらえないかな?」
「…わかったわ。フェアリークラシカルに行くには、天使の羽の便っていう乗り物があるの。エンゼル・エンパイアを一周出来るから、好きなところを自由に行くことが出来るわね」
この国では天使の羽が生えた飛行便の天使の羽の便というエンゼル・エンパイアでは一般の交通手段である。観光に来た人達もこの飛行便を利用して移動している。
「街並みを抜けた先にあるわ。多分分かると思うから、説明はこれまでといったところかしらね」
「本当に!?さんきゅ!早くパパに教えてあげなくちゃ!!」
「うわ…ギャルっぽいやつ本当に無理……」
テンションが上がって思わずレーチェルに抱きつくローラ。レーチェルは目を逸らし完全に引きっぱなしだった。
興奮した様子のローラだがレラの従者である彼女に馴れ馴れしい態度をとるローラを夜桜は引っ張り出す。
「ローラ!一応レラ女王様の従者なんだからあんまり無礼なことはしないの!」
「えー、わかってるけど……」
「それとそこへ行くのはボスときちんと話をして、それからよ」
「わかったよ〜……」
ローラはレーチェルから手を離した。その様子を見ていたカヨは苦笑いをしながらレーチェルの方を向いて彼女に感謝をする。
「…あはは。気にしないでほしい。悪気はないから許してあげて…」
「…そうじゃないでしょ」
「でも、ありがとう…レーチェル。休みの日なのに申し訳ない…」
「私はいつでも休んでいるようなものよ」
「は、はぁ…」
レーチェルは困惑しすぎて逆に冷静になっている。
「あんた達って、いつもこんな感じ?」
「…まあ、明るいだろう?」
「私うるさいのは好きじゃないの。行くのは別にいいけどひとつだけ…もしも女王様が戻ってきてほしいって言われたら必ず戻るようにお願いね。じゃ、私はこれで失礼するわね…」
もしレラから戻ってくるよう連絡が来たらすぐに王宮に戻るよう彼女らにお願いをする。
袋を抱え、立ち去ろうとするレーチェル。すると彼女は振り向き、カヨ達にあることを要求する。
「待って…!」
「…どうした?」
「フェアリークラシカルに行ったら、桃色の薔薇を私のところにまで持ってきてほしいの」
レーチェルは自分の出身地であるフェアリークラシカルに行った際に桃色の薔薇を持ってきてほしいと伝える。彼女は話を続けた。
「な、何か大事なことでもあるの?」
「それは……、彼に渡すの」
「彼って誰のこと?」
夜桜が問いかけると、レーチェルは顔を赤らめて赤裸々に理由を話した。
「私の………婚約者」
「婚約者!?」
三人は声を揃えて驚く。実はレーチェルには結婚を約束した相手がおり、彼がこちらへ戻ってきた時にその桃色の薔薇を渡すのだと言う。
「ちょっ…大きな声出さないでよ!聞こえちゃうでしょ!?」
普段は眠そうな目をして無気力そうないつもの彼女とは打って変わって焦っている様子だった。レーチェルは手を前に出して拒絶する。
「ご、ごめん!でもまさか結婚相手がいるなんて初めて知ったわ。女王様のところへは居続けるのかしら?」
「…そりゃそうよ。私は女王様の側近では戦闘担当なんだから、いないと大変でしょう…?」
根暗な性格であるが、レーチェルは女王レラに対する忠誠心は本物だ。彼女のために結婚しても側で守り続けると言う。
「じゃあ、今度こそ私は帰るわね」
こうしてレーチェルは買い物を終えて王宮へと帰って行った。三人は色々情報が多すぎてかなり混乱している。
「えっと……フェアリークラシカルへ行って街とか見て、桃色の薔薇を見つけてレーチェルに持って行って…それはレーチェルの婚約者に渡すもの…よね。何だか情報が色々あって訳わからないわ……」
夜桜は一旦情報を整理し、これから自分達がやることを一つずつ確認した。カヨとローラも一緒になって指でひとつひとつ数える。
「天才のアタシでも処理出来ないわ…頭が良すぎるのも楽じゃないわ〜〜カヨはちゃんと覚えた?」
「それは天才ではない気が……。まあいいや、ボス達に会って話をしよう」
三人は空を見上げながらジョージィに伝えることを必死に覚えていった。
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