第4話 新ダンジョン 3

 何事もなく朝を迎え、トイレにこもって着替える。部屋に戻ってくると碧の騎士の面々も着替えを済ませており、女将スケルトンと中居スケルトンがやってきて布団を片付けると朝食を持ってきた。

 今日は焼き魚がなくなってだし巻き卵。昨日の夜も蒸し物がなくなって天ぷらだった。主菜が日替わりなのか、店によって固定なのかは何度か泊まらないとわからない。


「卵焼きだけ持ち帰りできない?」

「そうですね、ご準備しておきますので、帰る前にお店でお声がけ下さい」


 思いつきで話しかければ、女将スケルトンは応じてくれる。値段を言われなかったのがちょっと不安だが、支払えなくはないはず。


「千鳥ちゃんよぉ、二回目にしては慣れ過ぎてないか?」

「食事が美味しいって大事じゃないですか。美味しい物は買いだめしたいんです。夜のうちに天ぷらもお待ち帰り用頼めばよかった」

「確かに美味かったが、そんなに欲しかったのかよ」


 食事中は気楽な雑談をして、食後に社長が通信端末に入ってきた情報を教えてくれる。ダンジョン内で使える通信端末は高いが、社長は当然のように持っていた。

 これがないと、ダンジョン内からAランクパーティを集めてオンライン会議もできない。

 ダンジョンギルドから指名依頼を受けるような人には、必須アイテムになっている。


「二十三区に上層ボスがいるそうだ。ジェネラルスケルトンに取り巻きのソルジャースケルトンが六体。ボスリポップまでの時間が六時間で、同じボスで取り巻きの数も同じ」


 上層ボスの先には帰還ゲートと中層一区のゲートがあるそうで、先行者たちは中層を少しだけ見て昨日の内に帰還したそうだ。


「さて、帰るか、進むか」

「これだけゆっくり休めたんです。進みましょう」

「食料は十分ありますし、戻る理由はないですね」


 碧の騎士はみんな先に進む事にしたようだ。


「千鳥はどうする?」

「下で買い物してから決めます。まず次の店の場所を教えてくれるかどうかわからないですし、教えてもらえたら、どこにあるかで決めようかと」


 帰るなら上層ボス狩しつつ、中層一区を見てから帰還する。


「店で次の場所教えてもらっていたのか。それなら付き合おう」


 宿泊した部屋から出て、カウンターのある店に移動する。やはりもう女将スケルトンの姿はなく、スーツにメガネをかけた店員スケルトンがいた。


「だし巻き卵、五百スケル。十本ある」

「全部買います」


 巾着袋から会員証を出して即答する。


「買い占めよくない。半分譲れ」

「バカ、半分じゃ一人分足りないぞ」

「えっ、もしかして今パワハラにあってる?」

「人聞の悪いこと言うな」

「でも、ギルドって名前の会社で碧の騎士のパーティメンバーは全員幹部職員ですし」


 社長は一万円札を取り出し、そっと静香の手をとり握り込ませた。


「店の外にでたら六本頼む」

「かしこまりました」


 社長の頼みなら快く受ける。


「あのガキ賄賂に弱いぞ」

「万札に即落ちだ」


 なんか言われているけどスルーだ。そんなことより金策だ。早速買取をしてもらう。


「はあぁ? そのドロップ品なんだ」

「錆びたフライパンとか初めて見たんだが」

「折れた刀ってそんなにドロップしないよな?」

「お前刀何本もっているんだ?」


 刀は全部質が悪かったの、で自分用にはいらないから売る。この店で、どれだけ売っても税金が発生しないのが素晴らしい。

 折れていない刀は二十区過ぎてからドロップするようになった。買取価格は十五万から六十万スケル。他のドロップ品に比べて圧倒的に単価が高い。

 そして売り払った物と手持ちのスケルを合わせると一千万スケルを超えた。満を持して要望を出す。


「枝垂れ藤、太刀」


 大太刀と小太刀が出てきて、五区に戻らなくていいようだ。ただ値段が五区より高い。大太刀が一千万スケルで小太刀が八百万スケル。


「五区と値段が違う」

「五区より十二区。十二区より二十二区。質がいい」


 どちらも鑑定ルーペで見させてもらい、藁の束を試し切りさせてもらって扱いやすい小太刀を選ぶ。

 ダンジョンの奥へ行けば行くほどいい物があるようだが、それは奥へ行った時に考える事にする。

 確か、五区の小太刀には小柄こづかがなかったし、鍔や鞘も凝り方が違う。

 女将スケルトンよりはしゃべれないが、二十二区の店員スケルトンの方が五区のスケルトンより流暢にしゃべる。そういうところも、質が違うのかも知れない。

 質が違うと言われたので、丸薬とお守りを追加購入し、お弁当と甘味も買ったら、会員証のランクが四にあがった。


「次はなかなか上がらない」


 そんな言葉とともに渡され、中層三区のチラシをくれた。

 社長は五区で買い物してランク一の会員証を持っており、お弁当と丸薬を買ってチラシを受け取る。


 静香は社長たちが上層ボスを倒したあと中層に入り、三区の店に立ち寄ってから上層にもどり、誰もいなければ上層ボスを倒してから帰る予定を立てた。

 上層ボス戦の間は離れて、中層にはいったら三区まで一緒に活動し、店を見つけた後は別行動をにする。

 碧の騎士は更に奥へ進み、次の店が近いならそちらで、遠いようなら三区に戻り泊まるそうだ。


 社長たちが上層ボスを相手にしている頃、新しい小太刀の試し切りでスケルトンを魔石とドロップ品に変えまくる。なんとなく、ドロップ品の質が上がったよ様に思える。

 セット装備で幸運値も上がったのかもと、鼻歌混じりにスケルトンを斬った。

 時間を確認して二十三区に向かうとすでに上層ボスは倒されており、碧の騎士は休憩中。社長だけが通信端末で他のAランクパーティのリーダーとオンライン会議をしていた。


 会議が終わると六時間以内に上層ボスを狙っているパーティはいないそうだ。しかし、今日中に二十三区を目指しているパーティはいるらしい。

 Aランクパーティと無関係な野良パーティならわからないが、リポップ直後を狙えば静香が相手できるようだ。


 中層はほぼ間引きされていないので、あまり離れすぎるなと注意を受けた。一緒にいなくても、助けを求められ相手がいるのは完全な一人より気楽にいられる。

 未知への期待と不安を抱えて中層に足を踏み入れた。




 数が多いと言うこと以外どうと言うこともなく、一区画一時間くらいかけて攻略した。三区について早々にお店を見つけ、社長に場所知らせるとこの先は別行動と、一人中に入る。

 店内には飲食スペースがあって、メニューはかけうどん、かけそば、おにぎりの三つだけだった。かけそばとおにぎりをいただき、不用品を買い取りしてもらう。


 甘味を見せてもらい、芋もちと草餅を買う。この二種類がこの店限定らしかった。


「地図買う」


 出された地図は四種類。どれも上層の地図で、お値段が高いほど詳細な情報があると、鑑定ルーペで見ると知れた。

 安いのから順に一万スケル、十万スケル、百万スケル、一千万スケルとなっている。

 一万スケルがテーマパークの無料地図みたいなので、次が小冊子。その次が雑誌くらいて、一番高いのが図鑑みたいになっていた。


 買い取りしてもらい、会員証の割引を使えばぎりぎり一番高いのが買える。今後もダンジョンに入る以上、情報は多い方がいい。一番高いのを買う事にする。

 一番安いのは二つあるかと聞いたらたくさんあると言われたので二部買った。

 また巾着袋の中身が減ったと思いつつ、店から出る。

 あまり使わない魔法を使い火の玉を打ち上げた。少し離れた場所から火の玉が上がり、どうやら社長たちはまだいるようだ。


 合流すべく移動したら、あちらの方が速くて走ってきてくれた。


「何かあったか?」

「まだ三区にいるなら情報をと思っただけです」

「何かあったのかと焦ったぞ」

「すいません」


 どうやら心配させたらしいと、謝罪する。


「で、次の店の場所はわかったのか?」

「十区です。それより、これ」


 渡すと社長は、折りたたまれていた紙を広げる。


「上層の地図だそうです。ダンジョンギルドに売りますか?」


 もう一部取り出して見せた。


「店に泊まれるのはオンライン会議で今朝知らせたばかりだからな。地図は保留。どっちも今は黙っておけ」

「では、売るのは上層の店の甘味情報だけにします」

「千鳥、ダンジョン内外で使える通信端末持て」

「あれ高いじゃないですか。給料三ヶ月分ですよ」


 安いので三ヶ月分。高いのは更に倍は余裕でする。


「わかった。今から会社に連絡入れて備品として購入して支給する。ダンジョンから出たら受け取る様に」


 拒否はみとめらないと理解して、項垂れるようにしてうなずいた。


「あと、ここの店、食事ができます。メニュー三つしかないですけど」


 碧の騎士はお食事して、何か買い物をし、次の店のチラシをもらって今日は十区で泊まるらしい。上手く店に泊まれるなら、Bランクの支援がなくても奥に進めるので、このまま下層に行くことも視野に入れているそうだ。

 下層があると確定したらSランクを呼べるそうなので、そこまでは地元Aランクパーティの仕事だと語る。

 手を振って別れると、静香は二区を目指す。二区は最短で駆け抜けて一区で、上層ボスのリポップを待つ。

 囲まれたらつらいので、スケルトンを見かけたら即殲滅。余裕があれば家探しして、数が集まってきたら、ドロップ品を拾うのを諦めて逃げる。

 行動基準をしっかり決めておくと慌てなくていい。ダンジョンで事前対策をしても発生する突発的なことはいくらでもあるが、よくあることくらいは決めておけば冷静に対処できる。


 一区で家探していたらトラップをいくつか見つけた。どれか一つが転移トラップかもしれないが、麻痺や毒にかかる可能性もある。うっかり引っかかったならともかく、あえて引っかかりたくはなかった。

 家探しをして、上層に戻るゲートの前で休憩をしつつ、スケルトンを狩る。芋もちも草餅も美味しいが、甘味のあんこ率が高い。カタログのお取り寄せ品は洋菓子も豊富だったので、その内とり扱いしている店が見つかるだろう。


 推定リポップ時間の五分後にゲートを抜ければ上層ボスがいた。一体の大きなスケルトンに通常スケルトンよりは大きな取り巻きスケルトンが六体。情報通り変化なしと思いつつ、刀を横一線に振る。倒れたのは距離が近い方から取り巻き三体だけ。もう一振りすれば取り巻きはいなくなり、ジェネラルスケルトンと思われる個体に刀を縦一線する。

 横一線が範囲攻撃で、縦一線が攻撃力増加。もともとは刀に付与されていたスキルで、使っている間に静香のスキルになった。

 この二つのスキルのおかげで上層ボスならまず困らない。だから、会社帰りに気楽に上層ボスを倒すなんて事ができていた。

 ジェネラルスケルトンのドロップ品が菊花の大太刀と菊花の脇差。これは、菊花シリーズを集めろということだろうか。

 とりあえず今はそっとアイテムバッグに入れてソルジャースケルトンのドロップ品を拾う。巻物に般若の面に掛け軸。それから十万スケルのスケルトンメダルに枝垂れ藤の宝玉と長方形の薄い箱。

 スケルトンメダルは巾着袋にしまい、鑑定ルーペを使いながら巻物を開く。

 巻物の真ん中にある円の上に供物を置くと何か出てくる様だ。供物に使えるのは般若の面と掛け軸と枝垂れ藤の宝玉。


 最初にやるなら枝垂れ藤の宝玉だろう。掛け軸は広げたら虎ぽい水墨画だったので、般若面と同程度には危険な気がする。

 巻物に枝垂れ藤の宝玉を置いて魔力を流すと枝垂れ藤の精が出てきた。妙齢の女性で華やかな枝垂れ藤の着物を着ている。


『契約を』


 しゃなりしゃなりと歩き、そばまでくると静香の額に口づけする。身体がビクリと震え、何かが身体を駆け抜けた。

 それで契約は成ったと理解する。契約が終われば枝垂れ藤の精は消え、巻物も供物も消えた。

 どうやら巻物は一回しか使えない様だ。けれど、静香は家探しで見つけた複数の巻物を持っており、次はどちらにするかと般若面と掛け軸でなやむ。

 勘では般若面。見た目怖いけど、安全な気がする。どちらか選んだなら躊躇っていも時間の無駄だ。

 巻物の上に般若面を置いて魔力を流す。


 般若面をつけ、着崩した侍のような男が出てきた。


『我が主たる武技を見せよ』


 刀を縦一線する。直撃を受けた男は一度消え、再度出てきた。


『我が主人と認めよう』


 そう告げると静香の前で溶ける様に消えてしまう。けれど、召喚対象が増えたのは理解できた。

 最後が掛け軸。虎っぽいものが出てくると思った通りに白虎が出てきた。


『力を見せろ』


 刀を縦一線するが避けられる。横一線がして前足を一本は跳ね飛ばす。機動力が落ちたところで刀を縦一線した。


『其方のチカラを認める』


 よたよた近寄ってきて、突進する様に体当たりしてきた。痛みはないが腹の辺りを駆け抜けられた気がする。そうして白虎は消えた。

 職業召喚師としては、手数が増えたのは嬉しい。


 召喚師というのは最初や召喚獣を手に入れるまでが大変で、なんの攻撃系スキルもないままダンジョンに通うハメになる。静香が刀を持ったのはそれが一番入手しやすい武器で、長らく使っている間にスキルとして覚えた。

 召喚獣を得たら得たで扱いが難しく、強すぎる力はパーティメンバーを危険にさらしてしまう。力をコントロールするためにダンジョン通いしていれば、いつの間にかぼっちになっていた。

 同じ孤児院にいて、お金を稼ぎたくて一緒にいただけのパーティ。力をコントロール出来る様になるまで待ってなんてくれなくて、それからソロ活動している。


 時々、召喚獣より先に魔法スキルを手に入れたならソロになっていなかったかも知れないと、過ぎ去った日々を思う。召喚師は魔力の多い職業でもあり、魔法も練習が必要とはいえ召喚獣ほどの危険はなかった。

 過去に思いを馳せても現実は変わらないが、誰もいない場所にただ一人でいるとどうにも寂しくなる。

 こんな気分の時にダンジョンにいても馬鹿な失敗をするだけ。やらかさないうちに帰還ゲートをくぐった。


 ダンジョンの外にでると管理ゲートに探索者カードをかざし、魔石を売りに行く。午後も早いうちだとすいており、暇そうにしていた担当者にザラザラと魔石を出して渡す。


「振込はパーティ口座でいい?」

「いえ、個人口座で」

「一人でこの量?」

「あー、職場の碧の騎士に寄生させてもらいましたので」

「あー、Aランクパーティと一緒だったのか。彼らと帰ってきたの?」

「あちらはまだ奥に行くそうです」


 暇だったせいか、なかなか今日の担当者はおしゃべりだ。しゃべりながらも手はまったく止まらなくて次々と魔石を分類していく。


「売る情報ある?」

「少し」

「猫田さん、手あいているなら情報買い取りしてあげて」


 リビングに隣接していた部屋から男が出てくる。最初に情報買取りの対応してくれた人だった。


「おや、千鳥さん。おかえり。碧の騎士さんから情報はきいてますよ」

「これからは食べ物情報ばかりになるかも知れませんね」

「ソロBランクなら、そのくらいの情報が平和でいいですよ」


 今後も高額取引されそうな情報は、社長から伝えてもらえばいい様だ。

 甘味を次から次に出すと、その度に猫田は写真を撮る。


「ダンジョン入る前に売るつもりの情報があったの忘れてました」


 印刷の荒い紙を取り出す。


「時間経ったのでもう無価値かしら?」

「調べて精査させていただきます。今後は情報買取り担当を猫田と指名してもえば対応しますよ」


 アイテムバッグからUSBメモリを取り出すして、猫田に渡す。


「その紙のデータ元です。写真の現物もありますけど」


 猫田は乾いた笑い声をあげる。


「彼もね、悪い奴ではないんだが、向いてなかったね」


 どうやら不快な思いをしたのは静香だけではなく、トラブルも起こしている様だ。


「向いてなくても人手がたりないからやってもらうしかないんだけどね」


 今後も担当者としているから、避けたいなら猫田と指名しろということらしい。ダンジョンギルドの職員も大変な様だ。




 寮の部屋に帰ると、着替えをして装備品の手入れをする。手入れが終わればダンジョン産の紅茶をいれた。

 それから図鑑の様な上層地図を読み始める。説明文の読める箇所は限定的だが、描かれた地図は問題なく理解できた。

 読み進めていくとメモしたいと思い、ダンジョンギルドに提供しようとしてやめた白地図に書き込む。


 半分飲んだ紅茶が冷めきった頃、通話の着信を知らせて通信端末が鳴った。相手は三沢主任で、慌てて通話のマークをタップする。


「今、寮?」

「はい」

「部屋まで来られたくないなら、下のロビーまで降りてきて」

「すぐ行きます」


 部屋着で行くのは躊躇われ、服を脱ぎ捨て手近にあったワンピースを被り、アイテムバッグを身につけて降りていく。

 ロビーのソファーに主任はすでに座っており、小走りで駆け寄る。


「お待たせしました」

「これ社長から頼まれた通信端末。会社と碧の騎士のパーティメンバーの連絡先は登録しているから」

「ありがとうございます」


 通信会社のロゴがついた紙袋を受け取る。


「課金ゲームでもやらない限り月額料金会社持ちだから、ダンジョン入る前と出た時に社長にメールしろ。あと、ダンジョン内でも生存確認に食事した物を知らせろって言ったいたぞ」

「ダンジョンギルドに情報落とす前に知らせろって、ことですかね?」

「食事情報が売れるのか?」

「今のところ不要情報だと買取り拒否はされてないです」


 食事情報は、ダンジョン内にある店の情報でもある。店の情報を得たい間は、買取を拒否することもない。

 少し雑談して、職場の方は残業しなくてもいい程度には落ちついたと教えてもらう。落ち着いたのはいいことだと喜ぶべきか、事務職としては戦力外通告か、判断に迷う。


「主任探索者登録してますよね」

「まあな。ランク上がってないから新ダンジョンには入れもしないけどな」

「登録しているならおやつにどうぞ。ちょと回復効果あるらしいです」


 竹の皮に包まれた三個入りの饅頭を渡す。会社に行ったら、席がないなんてことは避けたいので、どうぞよろしくという思いを無言の中に込める。


「甘いものダメならおにぎりもありますが」

「いや、甘い物も食べる。おやつにもらうよ」


 物珍しそうに主任は饅頭を見つめる。


「こんな物までダンジョンでは手に入るんだな」

「甘味だけに限定しても、なかなか全種類食べるのは難しそうなんですよ」

「そんなに種類があるなら、入場規制がなくなったら行ってみようかな」


 学生時代に奥さんとダンジョンに通っており、奥さんは和洋問わず甘い物が好きだそうだ。三沢主任に甘味を渡す時は奥さんの分もある方がいいと学習する。

 まだ仕事中の三沢主任は、部屋に戻ったら社長に通信端末を受け取ったことを知らせるメールを送るように告げて、会社に戻って行った。


 部屋に戻り、通信端末を取り出す。ダンジョンで使える通信端末は動力が電気ではなく、魔力だ。直接魔力補充をすると壊れやすいので、魔力量調整器を利用することが推奨されている。

 買ったばかりだと魔力残量が少ない様なので、まずは魔力補充をした。補充さしている間に、社長になんとメールを送るべきか考える。


 碧の騎士がいる中層情報の情報は少ない。そうすると、報告価値があるのは上層ボスが同じだったくらいだろうか。

 そのうち上層攻略のタイムトライアルをやってみたいが、明日は地図情報のトラップ転移をしつつ店にも顔を出す予定なので最短攻略にはならない。

 それでも五時間も有れば攻略できそうではある。その後は中層三区を拠点に活動する予定で、日数は決めていない。

 中層では菊花シリーズを集めてみたい。総合カタログにもいくつかあるが、枝垂れ藤は上層五区の店でさえカタログにない物があった。

 コレクションとしては、店をめぐって集めた方が楽しそう。甘味カタログによれば下層甘味処のプリンなんていう物があり、お店でしか食べられない物もありそうだ。

 下層甘味処のプリンは明日、上層十二区の店に行けばお取り寄せできているはず。

 意識がまだ食べたことのないプリンに向けられているなか、通信端末が着信を告げる。いつもの端末を手に取ると、リーダーと表示があった。


「はい」

『おっ、つながった』

「昼過ぎに出てきたので。あー、ダンジョンでも使えら端末あんるですけど、番号がわかんない」

『使い方なんて地上用の大差ないよ』


 副業探索者♪のリーダー、森萌恵もりもえはAランクなだけあってダンジョンでも使える通信端末を持っている。


『地上にいるなら一緒に夜ご飯でも食べない?』

「食べる」

『部屋いるからおいで」

「はーい」


 そうと決まれば通話を切り、出かける準備をしてマンションの部屋に向かう。


 ルームシェアしているこのマンション、住居者は女性探索者限定になっている。そのため、ロビーで男性と疑う様な人がいても男装か、探索者装備の関係でそう見えているだけだ。

 何しろダンジョンでの自衛を考えれば、肌の露出な少ないほどいい。パンツの裾はブーツに入れ、袖は手袋の中にいれて隙間がない様にきっちり締める。

 首は襟の高いジャケットやハイネックのインナーやシャツ。最近は静香もやっていないが、目出し帽を被りヘルメットや兜をかぶった探索者もいる。


 目出し帽にヘルメット姿を静香がやらないのは、そんな姿で住宅街を歩いていると不審人物のように見られるからだ。ダンジョンで必要であれば目出し帽も被るし、さらにゴーグルをつけることもする。

 ファッションを重視して、ケガをしたり死亡するのは静香の望むところではなかった。


 部屋にたどり着くとコーヒーの香りがする。


「おかえり」

「ただいま」


 いつものやりとりをして、コーヒーをもらう。ブラックは飲めないのでお砂糖とミルクを入れてもらう。

 テーブルを挟んでカーペットの上に座り、饅頭、串団子、わらび餅、水饅頭、草餅、芋もちを出す。


「新ダンジョンの成果です」

「こんなの出るの? めっちゃ楽しそうなんだけど」

「うん。楽しい。明日行ったら長期滞在もありだと思ってる」

「明日一日なら付き合えるけど、明後日の午後は仕事たがらな」

「じゃ、明日朝一緒にいきましょう。夜しっかり寝れるから、明後日の昼にダンジョン出たらいいですよ」


 意味ありげにニヤリと笑えば、何かあるとわかってくれリーダーも乗り気になる。

 パーティ口座に魔石の代金が振り込まれたので、この部屋の代金にしてもらい、夜ご飯何にするかの話になった。土鍋で米が炊けるというので米俵出したら、籾米もみごめだった。

 リーダーが笑いながら鑑定メガネをかけて調べたところ、植えたら芽が出るらしかった。精米すれば普通に食べられるらしい。

 今すぐ食べるに向かないので、他の米俵も調べてもらったら、玄米と白米の米俵が一俵づつあった。玄米は扱えるか自信がないと言われたので、白米で炊いてもらう。


「ご飯のおかずになりそうな物ある?」

「梅干しとだし巻き玉子なら」

「肉とか野菜は?」

「そんな物よりはまだ調味料の方がドロップします」

「了解。鍋の準備するわ」


 ここにいると、昼間ダンジョンで感じた寂しさが和らぐ。自分のために料理してくれる人が好きらしいと、静香は自覚する。

 リーダーが料理している姿に記憶の中の母を重ねていた。

 ふと気になり、こっそりとカタログを出して精米機があるか確認する。三万スケルから二十万スケルくらいであるようだ。近いうちに買っておこうと決める。


 手際よく準備されたテーブルの上には簡易コンロが二つ。それぞれに土鍋が置かれ、出来上がりを待つ。


「新ダンジョン、正式名が決まったらみたいね」


 リーダーはダンジョンギルドの地方サイト開いており、見せてもらう。正式名がスケルトンの現代住宅街ダンジョンになっていた。


「長い」

「そのうちなんか略称つくでしょ」

「スケ街?」

「現スケ?」


 お互い思いつくまま略してみたがしっくりこなかった。そうして、呑気に過ごし、さあご飯を食べようかという時に社長から連絡が入り、メールを送り忘れていたことが判明する。

 音声だけの通話なのに、つい正座して頭を下げながら謝罪する。萌恵は声を出さないように我慢しながら笑い、プルプル震えていた。

 通話が終わると恨みがましく萌恵を見る。


「ダンジョン内の映像撮れって言われた」

「あー、こっちにもおたくのパーティメンバーさんにダンジョン内のお店映像アップして欲しいってダンジョンギルドさまからお話はあったよ」


 どうやらリーダーにも迷惑をかけていたらしい。


「まっ、サイトのチャンネル持っているとはいえウチら専業配信者じゃないからね。できればやります程度に返事してる」

「適当に撮ってみるよ。スーツ着てるスケルトンも、見慣れてくると可愛いし」

「いや、スケルトンはドクロ好きでもなけらば可愛くないでしょ」

「えー、あー、でも、声帯ないのにどうやってしゃべっているんだろう」


 今まで気にもしなかったが、気づくと気になる。食べ物も提供してくれるが、スケルトンには舌がない。味見できるのだろうか。

 一つ気になれば次々と疑問が出てきた。


「スケルトンしゃべるの?」

「うん。店員スケルトンはカタコト、だけど女将スケルトンはめっちゃしゃべれる」

「店員? 女将?」

「そこは明日のお楽しみということで」


 どう説明すればいいかわからないが、見れば萌恵もわかってくれるだろう。だから、動画が欲しいとダンジョンギルドから要望があったのかと理解した。

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