副業探索者♪

葉舟

第1話 名もなきダンジョン探索者

 机の上を掃除し、時計を確認すると就業時間を五分過ぎていた。


「お先に上がります」


 誰にともかく声をかければ、何人かが「お疲れさま」と返事を返してくれる。一人だけ先に帰っているなんて避難の眼差しはない。

 先上がりなのは早出だからであり、その分早朝から出勤していた。


 早朝といっても六時に入ればいいので、冬場でもなければ空は明るい。社員寮も近くにあるので五時起きすれば遅刻する事もなかった。

 夜更かししにくい勤務時間ではあるが、十五時過ぎには退社できる状況は気に入っている。


 日勤か遅出ならそのまま寮に帰るが、早出の日は徒歩二十分ほどのマンションへ向かう。ルームシェアで借りているが、だいたいこの時間に人はいない。

 ダンジョンに入るための装備に着替えて、常備品と武器の確認をするとマンションを出て行く。


 行く先はいつも同じで、徒歩でも行ける一番近いダンジョンだ。


 ダンジョンができる前の時代なら、スポーツジムに通う感覚かもしれない。健康のために身体を動かして、ついでに日々のストレスを発散する。

 スポーツジムと違ってダンジョンに入るのにお金を払う必要はないし、ちょっとした小遣い稼ぎにもなった。


 安月給でも続けられる趣味といってもいい。


 住宅街を歩いて進み、ダンジョン入り口付近になると商店が増える。ダンジョンを利用する人を相手にした物品やら飲食店が並んでいた。

 どれも利用しないままダンジョンへ向かい、入り口を管理しているダンジョンギルドのゲートに探索者カードをかざしてダンジョンに入る。


 元々は公園だったところにできたダンジョンのせいか、このダンジョンの最初のエリアには遊具が置かれていた。

 お陰で見た目は長閑なのだが、ダンジョンはダンジョンでしかなく、モンスターが出る。

 よほどのイレギュラーがなければ入ってすぐに強いモンスターはいないため、油断はできないが緊張するほどでもない。


 三時間ほどかけて上層を攻略し、中層との境にある帰還ゲートでダンジョンの入り口に戻るのがルーティンになっていた。

 ダンジョンを出ると探索者カードを出入り口を管理するゲートにかざしダンジョンギルドの買取出張所に向かう。


 ダンジョンギルドは県庁所在地は最低一つはあり、都市部には複数置かれている。田舎でも利用者の多いダンジョンの近くには支部がある。けれど、たいてのダンジョンの側には買取出張所しかない。


 ここ、公園ダンジョンとも呼ばれるダンジョンのそばにある買取出張所は十三時から二十一時が営業時間で、毎月第二と第四水曜日が定休日になっている。

 人気ダンジョンなら二十四時間年中無休なのだが、この辺りのダンジョンの買取出張所はだいたい定休日設定されていた。


 プレハブ小屋の小さな買取出張所はカウンターしかない。巾着袋に入れた魔石取り出し、探索者カードと一緒にカウンターに置く。

 ダンジョンモンスターは倒すと魔石を残して消える。時々魔石以外の物を残して消えるモンスターもおり、魔石よりそちらの方が買取価格は高い。

 ただ探索者を増やすために魔石は非課税だが、それ以外の物は金額に応じて税金を取られる。

 そして課税品で年間三十万円を超えると確定申告しなくてはならない。


 魔石だけならどれだけ売っても必要ないのに、だ。そのため、確定申告を避けるために副業探索者は三十万円を超えないようにしている人が多い。

 売れば数千円から数万円するダンジョン食材を自家消費する。そのうち規制されるようになるかもしれないが、現状は探索者を増やすことを政府の方針としており、探索者関連の法律は多くのグレーゾーンを残していた。法整備もあまり進んでいない。


 換金が終わるとマンションに戻る。だいたいいつも二十時前には到着し、その頃にはルームメイトがいる。


「おかえり」

「ただいま」


 一人暮らしの寮の部屋より、迎えてくれる人のいるこの部屋が好き。そんな自覚と共に自然と笑みが浮かんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る