第52話 クリスマス

 クリスマス。怜にとっては縁もゆかりもないイベント。大体は玲奈たちと過ごすことが多かったこの日は、憂鬱な一日だ。


 一通りの準備を済ませた怜と葵は、パーティーの行われる市民ホールへと向かった。


 昼頃から降り始めた雪は、怜が自宅で時間を潰している間も断続的に降り続け、会場周辺はうっすらと白い雪化粧が施されていた。天気予報だと、気温の冷え込みとともに、勢いを増すという情報を耳にしていた。


「ホワイトクリスマスとか、今まで雪が降ってて寒いし道路は滑るしでまともな記憶がないんだよな……」


「まぁ、道路が滑ると厄介だよね……」


 今日は一日雪雲が空を覆っていることもあって、すでに街中は煌々とした光で照らされている。外灯やら、並木道のイルミネーションで辺りが照らされている中を、怜と葵は肩を並べて進んでいく。


 街路灯の橙の光と街路樹は建物に飾り付けられた色とりどりの光、その二つを、空から降る雪が反射している様子は、まさにクリスマスを象徴とするかのような光景である。


 今まで足元だけを見て歩いていた怜だったが、こうして誰かと歩くようになって前を向いていると、今まで見えてこなかった景色が見えてきていた。


「普通にきれいなんだよな……」


「普通って……クリスマスになるとこの辺りは絶好のデートスポットになってるんだよ……」


「デートスポットね……」


 怜が呆れた視線をあたりに向けると、並木道をカップルが腕を組みながら進んでいる光景のみが目に入ってきた。


 聖夜と書いて『クリスマス』と言うと、玲奈から聞いたことがあった怜だが、その実態はカップルやら、家族が一年の締めくくりを聖なる夜で過ごすというものだとしか認識していない。


 現にちらほらと町行く人をナンパしてる大学生くらいの男が見える。恥ずかしいこの上ないのだが、青春を謳歌できなかった哀れな人なのだと思いとどまることにした。


「——にしても、お前はホントに目立つよな。さっきからすれ違う大学生ぐらいのやつらの嫉妬の視線を浴びまくってるんだが」


「うーん……でも、夜狼くんのおかげかナンパはされないね」


「そんな度胸がある奴なんていないだろ。俺が玲奈と出かけてるときもそうだけど、大体俺が近くにいないときにされてるのは見かける」


「君は男避けには最適ってわけだ」


 怜は人よりも目が細く、目つきが鋭いため、玲奈や葵と一緒にいる時は案外男避けにはなっている。手を出せば何をされるか分からないといった偏見によって、玲奈たちの抑止力には最適というわけだ。


「まぁ、あとは玲奈のバックには薫先輩もいるしな」


「姉さんが何か関係あるの?」


「まぁな。薫先輩、柔道部の部長に圧勝するほど強いし、あのあたりの高校には相当な抑止力になってるんだよ」


 薫が青薔薇学園に入った当初、柔道部の部長と張り合える部員がおらず、その結果学園一最強と呼ばれていたのだが、薫がある日部長とのタイマンを張ったさなかに圧勝してしまった。


 薫の背負い投げにより、部長の無敗記録が破られ、それからというもの他校の柔道部員が挑み来たのだが、誰も勝てるはずなく、その名は辺り一帯の高校に広まった。それゆえに、玲奈と仲のいい薫が玲奈のバックについているとわかるや否や誰も玲奈に近づかなくなった。


「結果的に玲奈に告白してくる奴は人生詰むくらいの覚悟を持ってきてるんだよ。笑うよな」


「確かに」


 そんな話をしながら歩くこと30分。目的のパーティー会場に到着した。


 市民ホールの入り口で受付を済ませようとしたところで、怜は顔をしかめた。


「……お前、まさかとは思うがリア充を弾き返そうとしてないよな?」


「何のことかな?」


 受付の台の前に座っていたのは生徒会会計係の神崎はるか。クラスマッチでは女子バスケ部のエースとして葵の前に立ちはだかったライバルのような人物だ。クラスマッチが終わった後に生徒会に加入したのだが、ほとんど予算管理だけを生業としているのだが、玲奈の力もあってほぼほぼ仕事をしていない。


「リア充を妬むのはいいが、それ以外の仕事ちゃんとやれよ」


「わかってるって。あたしはリア充以外に興味ないから」


 怜は呆れつつも受付を済ませて会場内に入った。


「じゃあ、俺は裏で仕事してるからなんかあったら連絡してくれ」


「う、うん」


「どうした?」


「あ、いや……」


 どこかぎこちなく答える葵に怜は疑問を浮かべたが、すぐに理解した。


「別に心配はいらない。神崎のやつも受付が終わったらすぐに友達とパーティに参加するし、渚のやつも基本的にはパーティー内の様子を見てるだけだから、ほとんど仕事はしてない。俺はこういう場所が苦手だから裏手にいるけどな」


「そう、ならいんだけど……」


 葵は仕事熱心なタイプなため、自分だけ仕事せずにパーティーを楽しむのははばかれると思い込んでしまう。ただ、そうしたのは怜の提案でもあった。怜は葵が仕事熱心な一面を知っている。そのため、クリスマスパーティーのことを伝えればどうしても参加したいと言ってきかなかった可能性が高かった。だから怜は、葵にはあえて伝えることなく、当日の内容を少人数だけで乗りこなせるように組み替えたのだ。


 人手が足りていると分かれば葵も納得するのではないかと思って。


「まぁ、楽しんで来いよ。せっかくの日なんだから」


 そういうと怜は手を振りながら裏手に消えていった。

 葵はまだ不安を持ちながらもクラスの女子と約束した待ち合わせ場所に向かった。


 パーティーの参加人数は高学年をも含めると300~400人前後。かなり多いため、会場内の管理が難しいのだが、あいにく青葉の意向もあって怜たちの管理が行きつかない場所には、許可有で監視カメラを設置させてもらっている。


 そして会場の裏には怜がその監視カメラを見ることができる本部が設置されている。


「何かあれば無線で知らせるってことで」


「はい。最善を尽くしましょう」


「今日一日よろしくね」


 こうして高校一年目のクリスマスパーティーが始まった。

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