第49話 彼の過去を語る
「あら、その反応は当たってたってことでいいのかしら?」
「カマかけたんですか……?!」
「あらあら、ごめんなさいね。昔から人の嘘には敏感だったもので……葵ちゃんの話し方と話しているときの姿を見ていたらわかってしまったのよ」
バレないと思っていたのに明菜にあっさりとバレてしまったことに驚いていると、明菜がくすくすと笑いだした。
「ふふ、姫野ちゃんって面白い子なのね。気に入ったわ~」
「気に入ってもらえるのはありがたいですけど……今の僕には波夜瀬さんが怖く見えます……」
「あらあら、それは残念」
全然残念そうにしていない明菜にさらに恐怖を感じた葵はすーっと視線をずらした。
それから少しして葵は疑問に思ったことを口にした。
「なんで気づいたんですか? 僕が作り話をしてるってこと……」
「……1つは姫野ちゃんの表情かしら」
「表情? そんなに顔に出てましたか……!?」
「あら、そんなことはなかったわよ? 見事なくらいのポーカーフェイスだったもの。でも、話しているときに虚ろな表情をしているように見えたから、表情を作っているなと感じたの」
完全に読まれていた。というよりも葵自身、自分の表情が知らず知らずのうちに虚ろな表情をしていたことに驚きを隠せなかった。
(玲奈先輩の人の表情から思ってることを読み取る力はここからきてるのか……)
親子で似ていると思っていると明菜からさらなる驚きの言葉が出てきた。
「あと、もう1つ気になったのが怜くんのことよ」
「夜狼くん?」
「ええ」
まさかの怜の名前が出てきたことで葵は首を傾げた。
「普段の怜くんを見ていれば分かるもの。普段の怜くんなら雨の日に木の下で立ち往生してる女の子なんかに傘は貸さないもの。それもこれもあの性格があってのことなのだけれど、昔から怜くんは面倒ごとには巻き込まれたくない性格だから理由もなく傘を貸そうだなんて思うはずがないのよね」
「……」
全て見透かされていた。そこで葵の本能的に思う。
――この人にはかなわない。
そして、葵は別のことも頭に浮かんだ。
――安心しろ。あの日のことは誰にも話すつもりはない。
この言葉の心理が脳裏をよぎった。
明菜になら本当のことを話してもいいのかもしれないと。
「波夜瀬さん……」
「ん、どうしたの?」
「つまらない話ですけど、聞いてくれますか……?」
「ええ、私の可愛い息子の友達だもの。相談ならいくらでも乗ってあげるわ」
「……ありがとうございます」
それから葵は当時のことについて話していった。
明菜はそれを静かに一つ一つ聞いていった。最後まで葵の表情や、姿勢を真剣でどこか穏やかな表情をして聞き入れた。
「——こんな感じです……」
「あの子らしい言動ね」
「……はい」
「何か聞いてみたいことはあるかしら?」
「え、えっと……」
葵は頭を捻らせて質問を考えた。そして思いついたのは――
「……夜狼くんの苗字について」
「あら、そんなことでいいのかしら?」
「はい。ずっと気になってたんです。なんで波夜瀬ではなくて夜狼なのか」
「色々あるのよ。あの子がどう思うか分からないけど、葵ちゃんもいつか知ることになりそうだからね」
明菜は少しだけ考えてから話すことを決めた。
「あの子、元々は私の子じゃないのよ」
「え……」
その言葉は葵の全思考を停止するほど驚きの言葉だった。
「今頃、お母さん葵ちゃんに話してるのかな、怜くんのこと」
「さぁな。でも、あいつにはいずれ話しておかなきゃいけない事だろ。俺の口から聞くより、母さんの口からきいた方があいつにとって楽なのかもしれないのは確かだ……」
スマホを見ながら返事をする怜に玲奈は心配するかのように視線を向けた。
「波夜瀬さんの子じゃないってどういう……」
「元々怜くんは私の姉の子なのよ。怜くんが幼いころに両親揃って交通事故にあって亡くなったの。それから私の下で育てるようになったの」
明菜の口から淡々と告げられる言葉の数々に唖然としている葵に、さらに追い打ちを駆けるように明菜は続ける。
「でも、幼いうちに両親が無くなってしまったことがショックだったのか、理由は分からないけどその日以来、怜くんは変わってしまったのよ。基本無口で、家族として共に生活している私たちとも話さなくなってしまったのよ……」
「それが、夜狼くんの性格になってしまった……」
「そう。あの子は人との干渉を自ら断ってきた。だからあなたに傘を貸したのは別の理由があるはずなのよ」
「……別の理由」
「それで、あの子が一人暮らしをするときに旧姓の苗字を使ったというわけ。戸籍上はまだ夜狼家の人間だからね」
うふふと笑う明菜を前に信じられないことを告げられた葵は、まだ脳の整理が追い付いていなかった。
怜が明菜の姉の子供で、怜の親がどちらも事故死をしているということをどう信じたらいいのか分りもしない。これまでの人生の中で怜は何を思って生きてきたのか、葵には計り知れなかった。
「実の母親じゃないけど、あの子をお願いね。姫野ちゃん」
「……はい。こちらこそよろしくお願いします」
その後、葵は明菜と軽めの雑談をしてその日は帰宅することになった。
怜も同じく、葵を家まで送り届けるよう明菜に言われたことで葵と共に帰宅することになった。
どこかおぼつかない空気間の中で帰路につくと、先に口を開いたのは怜だった。
「母さん、いい人だったろ……」
「あ、うん。優しくて、どことなく玲奈さんに似てる気がした」
「まぁ、親子だしな」
「明菜さんから聞いたけど、君はお父さんの方に似ているんだってね」
「似てるっていうか……自然と父さんみたいになったっていうか」
怜は実の親が亡くなってからかなりの時間が経過している。当然、玲奈や明菜たちといる時間もそれに伴って長くなっている。
そんな生活の中で怜は自然と義理の父、陸斗の姿を取り込んで行った。雰囲気も、言葉遣いや表情、何から何まで陸斗と似てきていた。
「俺にとって玲奈の家は最後の居場所で、帰るべき場所なんだ……」
「もしかして、君が一人暮らしを始めたのって……」
「あぁ、俺が自暴自棄になってた時に用意してくれた空間なんだよ」
「……」
怜が実の両親を失ってから数日間、怜は幼くして鬱病になった。誰とも関わることを拒み、これから一緒に暮らすとされる玲奈たちにすら会話を一切しないほどに気分が沈んでいた。
それを見ていた明菜と陸斗は無理に怜を自分たちの子供として育てるのではなく、あくまで夜狼家の子供として1人の空間を作ることに決めた。
そして、その怜を構ってあげるのは年が近い玲奈だけにすることにした。
「おかげで俺は楽に過ごせてるし、鬱病も完治した。実の両親を失ったっていうしがらみからも解放されつつある」
「君にとって今の空間が最善なんだね」
「そうだな……」
夕日が怜と葵の歩く道を照らす中、2人は肩を並べて家までの道を辿っていく。
「俺はこの空間が好きだ」
ふと怜が発した言葉に葵は一瞬戸惑った。
(それってどういう意味……???)
怜は気に求めていないような感じなため、さらに訳が分からなくなる葵の頬は、誰が見てもはっきり分かるくらいに紅色に染まっていた。
葵はきっと夕日が赤いせいだと無理やり自分に言い聞かせて、頬が紅色に染まっていることを隠した。
――――――――――――――――――――――
「ねぇ、お母さん」
「ん〜? 何かしら」
「良かったの? 怜くんのこと話しても」
「ん〜私にも分からないわ。でも、あの子ならいずれ彼女に話したはずよ。だって私が話すかもって思ったらさっさと2階になんて上がるはずないもの」
もし、怜が自分の過去のことを話されることを拒むのなら、あの場に一緒にいて、明菜のことを監視している。
だか、怜が言ったのは『葵を困らせるなよ』の一言だけ。それ以外には何も言わずにささっと二階にある自室に入ってしまった。
「あの子にとって姫野ちゃんは信頼出来る人なのね」
「良かった……私たちや渚くん以外に信頼できる人が見つかって」
怜のことを誰よりもそばで見てきた家族同然のように接してきた2人にとっては、怜が自分たち以外に信頼を預けることの出来る人がまた増えたことが何よりも嬉しいのだ。
「あの子の好きなようにさせて上げましょ」
「そうだね」
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