第48話 バレない嘘はない
「なんでこうなった……」
――数日前
「ねね、今度の休みに葵ちゃん私の家に呼んでいい? ついでに怜くんも」
「いや、よくねえよ」
「なんで?!」
「なんでって、俺が困るから」
「なんでぇ? 何かやらしい事でもあるの~?」
「お前はすぐ変な方向に話を持ってくな」
脳内お花畑の姉を制止しながら、とてもまずい状況であることを感じていた。
もしこのまま明菜に葵を合わせることとなれば、普段は温厚な正確な明菜であれど、玲奈と同じく頭の中はお花畑であるため、美人の葵のことを見れば当然制御できなくなる。
怜としては制御できなくなった明菜をどうしようもできないため、父親の陸斗の手助けも必要となる。
ただ、陸斗はなにせ多忙なため、怜たちが家に行った時には仕事でいない可能性の方が高い。つまりは完全にここで断らなければ詰むというわけだ。
「お母さんも葵ちゃんに会いたいって言ってたし、怜くんがいてもらわないと葵ちゃんに何が起こるか分からないよ?」
「何かしないようにするのが当たり前だろうが……自覚あるなら直してくれ……」
「んふふ~それは無理」
「おい」
「お願い~! 今回だけでもいいからさ~」
「あぁもう! くっつくな!」
小さい子供のように泣き付いてくる玲奈を無理くりにでも引きはがし、その場から逃げたのだが――
結果的には葵が行くと言い出したがゆえに強制的に怜も連れ出されることになった。
怜の家からおよそ40分ほど。怜はガックリ肩を落としてとぼとぼ楽しそうに話している葵と玲奈の後ろをついていった。それなりの距離があるはずなのに、それが普段よりも遠く感じるほど怜は気だるそうにしていた。
「——着いたよ。ここが私と怜くんの家」
「……大きい」
事前に普通の一般家庭だということは玲奈から葵へと伝わっている。そのため、外見は普通の一軒家だと葵も認識した。住宅街の一角にある二階建てのモダンハウスで、周りと比べると少しだけ広めの庭がある、ちょっとした豪邸のような家だ。
玄関のインターホンを押してしばらく待つと、ドアが開き明菜がひょっこりと顔を出した。
「ただいまお母さん」
「おかえり、玲奈。……それから、いらっしゃい姫野ちゃん」
「は、初めまして。姫野葵です」
「あら、ご丁寧にどうも。私は波夜瀬明菜、不本意ながらそこで肩を縮めて拗ねてる不愛想な息子の母です」
拗ねていると言われて怜はさらに眼光を強めた。
くすくす、と穏やかに笑う3人にジト目を向けつつ、怜は先に家の中へ入っていった。
「まさか、娘の後輩ちゃんに逢いたいと言ったらこんなにも早く逢えるだなんて……お母さんちょっと嬉し……」
「んふふ~娘の特権だからね~」
「そうね~ここで話してるのもなんだし、続きは家の中に入ってからね。……さ、姫野ちゃんもどうぞ」
「あ、はい。お邪魔します」
来客用のスリッパに履き替えて、葵は波夜瀬家のリビングへと通された。
「お母さんお昼は?」
「もう食べたわ。早いうちに家のこと終わらせてあるから午後はゆっくりできるわ」
「じゃあ、さっそくだけど……」
玲奈と明菜が揃って葵の方を見る。
突然自分に視線を向けられたことにより葵はたじろいでしまう。
「な、なんですか……?」
「そんなに怯えなくてもいいわよ。何も怖い事をしようってわけじゃないから、ね? 玲奈」
「うん。ただ、ちょっとだけいろんなことに答えてもらおうかなって」
「な、なるほど」
「なるほどじゃねえよ」
「あいたっ……」
葵が納得したところに台所から出てきた怜が葵の頭を軽く小突いた。
人数分のお茶をお盆に乗せて食卓に置いてきたのだ。
怜の家はリビングと食卓が同じ部屋にあるため、リビング横の大きめの机でいつもは食事をとっている。
「玲奈たち二人ともわかってると思うが、あまりふざけた質問はするなよ? 二人ともただでさえお花畑なんだから」
玲奈と明菜は性格が似ている部分があるため、葵との質問会に気分が上乗りして、テンションがおかしくなることを怜は一番危惧していた。
「葵を困らせるなよ」
それだけ言い残して怜は自室に向かった。
「全く、もう。お姉ちゃんたちを信用できないのかしら」
「まぁまぁ、いいじゃない。普段の私たちが怜くんをいじる時とかのテンションを見てから言いなさいってことよ」
明菜に制止させられたことにより玲奈もいったん怜のことは放置することにした。
「ねえ、それよりも姫野ちゃん。ウチの怜とはどんなふうにして仲良くなったのかしら? 怜くんはあんな性格だから聞いても、『関係ない』って話してくれなさそうだし」
「私も気になってたんだよね。怜くんとの馴れ初めを聞いてみたくて」
「ほら、玲奈も知りたがってるんだけど、なかなか怜くんが話してくれないから。せっかくの機会だから怜くんのガールフレンドさんにいろいろと聞いてみたいものなのよ。あとは、そうね、おばさんとしてはそういった馴れ初め的なのには興味津々じゃない?」
「そ、そうですか……」
葵は少し俯いてから口を開き始めた。
葵は頭の中で怜とはじめて話した日のことを思い出した。本来であれば自分でも話したくないことだ。怜からもそのことは誰にも言わないでいると、数日前に言ってもらえたばかりだ。
なら、ここでは言わない方がいいのだろうと思い、別のことを考えた。
「……大したことじゃないですけど、夜狼くんと初めて話したのは雨の日でした」
それからゆっくりと初めて会った日のことを嘘を吐く形で話し始めた。
「その日は天気予報を見てなくて傘を持ってなかったんです。それで、公園の木の下で立ちすくんでたら、ちょうど折りたたみ傘を持っていた夜狼くんが話しかけてくれた。傘がなくて困ってた僕に、夜狼くんはわざわざ傘をしてくれたんです」
あの時の怜の顔はいまでも覚えていた。
どこか優しい雰囲気を帯びていて、その時の自分が必要としていた表情。その表情を見た時に一瞬だが、安心してしまった。
「今まで私に話しかけてくる男子はみんな下心があって、どうしてもお近づきになりたいっていうのが丸わかりでした。でも、夜狼くんはそんなものを一切感じなかった。僕に興味がないのか、それとも別の理由があるのか分からなかったけど、傘を渡した夜狼くんはその場を去っていきました」
あの時の怜の行動を振り返ると、怜が葵が向けていた警戒心に怖気づいたのではなく、葵に興味がなくて、ただ、葵のことを思ってその場からすぐに離れたということがわかってきた。
「僕にとってそれが嬉しかったんだと思います。だから今でも僕は夜狼くんに感謝してます。っていうのが馴れ初めですかね……」
小さく笑い、明菜たちの方を見ると玲奈は目を輝かせて葵の方を見ていたが、明菜だけは違った。
そして――
「ごめんなさい玲奈」
「ん? どうしたのお母さん?」
「ちょっとだけ席を外してもらえるかしら」
「う、うん。わかった」
なぜ席を外してもらう様に言われたのか理解が追い付いていない玲奈は、困惑しながらもリビングから出た。
玲奈がリビングから出たのを確認してから、明菜は葵の前に再び姿勢を正して座った。葵もそれにつられるように姿勢を正す。
それから明菜が真剣な目をして葵のことを見て口を開いた。
「今の話、あれ、嘘よね?」
「……え?」
分かるはずもないちゃんとした話だったのにもかかわらず、明菜には全て見透かしたかのように言われて葵は目を見開いてしまった。
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