第44話 お疲れ様そしておやすみ

その後、葵と薫は二人だけで文化祭を楽しむと言い、一時的な休憩を取ることになった。


もちろん学園中でそのことは噂になり、犬猿の仲とされてきたあの二人が肩を並べて文化祭の屋台などを回っているのだから、そのことを知っている生徒からすれば驚かないのも無理はない。


怜もそのことは重々懸念していたがゆえに、クラスに戻った際に和泉に事細かに事情を話した。ただ、葵の素の姿だけは話さずにお互いの勘違いで起きたことがこれまでの原因だったと、嘘の情報を流すことにした。


そして、午後の部が始まる直前、玲奈から連絡が入り、1組の売り上げが他クラスと大幅に差がついているため、平等を期すために怜の参加を止めておいてほしいということだった。


最後の最後まで残ってほしいとクラスメイトに泣き付かれたが、もともと文化祭の見守り役として活動していた怜からすると、クラスの出し物を手伝うことですらできない。


故に渚の手も借りてその場を抜け出すことに成功した。


そのあとは玲奈に見上げを買ってから生徒会室に戻り、文化祭の状況報告をしたのちに玲奈と少し遅めの昼食をとることにした。


実際のところ、青葉も怜には未届け人という仕事を任せるのは気が思いやられていた。もとより、怜はそういったことには興味がなく、出来れば一人でいることの方が好きだったりするため、受けた時はその場のノリのようなもので返事をしてしまったが、実のところものすごく暇をしていたりする。


それも踏まえて怜は、玲奈の下で手伝っている方が断然的に楽だったりする。


そして元からの性格や、仕事好きなところが玲奈と同じな怜は次から次へと仕事をこなしていき、あっという間に玲奈の仕事の役6割近くを任されていた。それにより玲奈の疲労が軽減され、次々に手伝いに入ってくれた他校の生徒会役員に指示を出していった。


「はぁ……疲れた……」

「よく働くね。青葉さんから仕事しなくていいって言われてるのに」

「暇なんだからいいだろ。俺の性格的に仕事とかしてないと気が済まないんだよ」

「そういうものなのかな?」


青葉から当日の仕事はなしと言われていたのだが、結局のところ怜には難しいことだった。


仕事好きの怜が大人しく文化祭を回ることなんて出来るはずもなく、玲奈と一緒に運営に回っていた。

言われた当初はウキウキしていたのがおかしく思えるほどに、今の状態に熱中していた。


「てか、お前だって働いてないと気が済まない性格だろ? 俺に限った話じゃない」


「まぁ、そうだけど」


「姉弟揃って将来は社畜だな」


「かもね~」


そんな洒落にならないような会話しながらも仕事を進めていった。



午後の部が終了したのは時刻が過ぎたころだった。

それぞれのクラス最後のお客さんを見送り、自分のクラスの片づけを始めていた。


怜のクラスも大盛況の後にやっとのことで最後までやり切り片付けに入ろうとしていた。ただ、あまりの客の数にかなりの疲労していた。葵や渚も周りと同様に疲弊しており、残りの元気を振り絞ってクラスの片づけを手伝っていた。


「白崎君、これどうすればいい?」


「あーっと、それはたたんで生徒会室に運んでもらえばいいよ」


「わかった」


「なぎさーこれはどうすんだー?」


「それは一か所にまとめておいて。あとでまとめて破棄するから」


「りょー」


渚が中心になり片付けは着々と進んでいった。


クラスの責任者の和泉は今日の会計報告で席を外しているため、今の責任者は渚が担っている。そして、備品の管理をしているのは生徒会なので、生徒会役員である渚に皆しつもんしてくるのだ。


もちろん葵も役員なのだが、葵は新人なため備品関係には疎い。そのため、どうしても渚を頼ってしまう。


それから40分近くかかってから教室内の片付けと掃除が終了した。


この後は特に何も無いため下校する人や、最後に残っているキャンプファイヤーに参加する人が多い。というか基本的にほとんどの人がキャンプファイヤーに参加している。


「姫野さんはどうする? キャンプファイヤー参加する?」


「うん。ちょっとだけ見に行こうかな」


「そっか。僕は帰ろうかな。さすがに疲れちゃって」


「わかった。夜狼くんにはボクの方から伝えとくよ」


「ありがとう、助かるよ」


あまりにも疲れがたまっていた渚は家で睡眠をとるために帰宅することになった。


一方の葵は生徒会室に戻り、今日の振り返りをすることになった。全員参加というわけではなかったので、残っていたのは怜と玲奈だけなのだが。それ以外のメンバーはそれぞれ友達から誘われてキャンプファイヤーを楽しんでいる。


「お疲れ様です」


「お疲れ」


「お疲れさま~」


「今なにしてたんですか?」


「えっとね、今日の各クラスの売り上げをまとめていたところよ」


「あ、手伝います」


「ううん、大丈夫よ~もう終わるから。ゆっくりしてて」


玲奈に言われた通り、葵は近くにあったソファに腰をかけた。


怜と玲奈が黙々と資料整理をしているのを横目に葵は改めて怜に疑問を持っていた。

何事もないかのように玲奈を手伝い、手慣れたような手つきでパソコンへとデータを打ち込んでいく様子はまるで会社員のようで、もともと何かをやっていたのではないかと疑ってしまうほどだった。


ただ、ゲーム好きである怜は普段からパソコンをいじっていて、その結果生徒会の雑務も出来るようになっていたと考えるとなんとなくだがつじつまが合うため、納得した。


「終わったぞ」


「ありがとう怜くん。助かった~」


二人の作業が終わったのはそれから数分後のことだった。


「二人とも頑張ってくれたし、キャンプファイヤー行ってきなよ」


「まぁ……そうだな」


「夜狼くんがいいなら僕はいいんだけど……」


「決まりね。行ってらっしゃい」


半ば強引に参加させられたかのように二人はキャンプファイヤーをやっている中庭に向かった。

向かっている途中怜は黙っていたが、それは葵も同じだった。


仲にはに着き、怜は中庭の玄関前の階段に座った。葵もそれにつられるように怜の横に座ることにした。


そして、先に口を開いたのは怜だった。


「よかったな、薫先輩と和解出来て」


「うん。なんかあっさりと和解? できて、今まで僕がしてきたことってなんなんだろうって思っちゃった」


あまりにも自分のやっていたことがくだらなさ過ぎて思わず苦笑してしまう。


「まぁ、確かにやってることはくだらないよな。姉に素直になれないから避けてるとか。思春期の中学生がよくやることと同じだ」


「僕はまだ思春期ってことだね」


「そうだな。立派な思春期だ」


「そこは庇ってよ」


「ふっ」


「ふふ」


何気なく話したことなのに面白く感じてしまうのは、怜と葵が今まで以上に仲良くなった証拠なのだろう。


「眠そうだな」


「うん……ちょっとだけ」


「寝るか?」


「いいの?」


「まぁ、お前がいいなら」


「じゃあちょっとだけ……」


そういうと葵は怜の腿に頭を乗せてゆっくりと瞼を閉じた。


怜はキャンプファイヤーを眺めながらゆっくりと葵の頭を撫でた。葵は気持ちよさそうに寝息を立てて眠りについた。


――お疲れさま。おやすみ、葵。


ふと呟いたその言葉は葵の耳には届くことはなかった。

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