第12話 嘘は吐かなきゃいけないときもある

 渚と別れた怜は帰り道の途中にあるコンビニに寄った。流れるようにカフェオレを手にとり、レジへ向かった。何も考えることなくそそくさと会計を済ませ、帰路についた。


「はぁ……疲れた」

 家につきやっとの一息がつけた。


 部屋着に着替える気力がなく、そのままいつものベランダに向かう。ベランダに行けば何かと落ち着くのは怜にとってもわからないことである。買ってきたカフェオレを飲みつつ、外の景色を堪能する。と、思っていたがそうもいかないわけで。


「お疲れのようですね」


「ああ、今日は一段とな」


「ふふ、お疲れ様です」


 隣から顔を出したのは今日の悩みのタネである美少女。学校では相変わらずのクール系でいるが、誰も見ていないところでは清楚系に変貌する。


「夜狼さん毎回ベランダに出ては溜息ついてませんか?」


「それ以前になんでお前は俺がベランダに出ると一緒に出てくるんだ?」


 質問に質問返しをするが、怜のほうが最も質問性が高い。


「それは、夜狼くんと話すのが楽しいからですよ」


 このお姫様は何言ってるんだ、と怜は純粋に思ってしまった。失礼なのはわかっているのだが、明らかに一般男性が聞いてたら勘違いするランキング堂々の一位になっていそうな言葉を平気で言えるのは怜からしてもどうかと思ってしまう。しかも、美女の笑顔付きで。


 とはいえ怜にはそのようなオタク趣味はないため、こいつはまたザラにもないことをと、思うくらいだった。


「俺と話すのが楽しいって、ありえないだろ」


「夜郎くんは少し自分を卑下し過ぎですよ」


「事実だろ」


 何より怜は自画自賛を嫌う。昔から何でもできた怜が自慢をしたことがないのもここに通づる物があるからだ。


 これに限ってはどうしようもない。


「あ、それよりお前、怒ってないのかよ?」


「怒るとは?」


「いや、怒ってないならいいんだけど」


 てっきり、怜は自分が葵を裏切るようなことをしたことを多少なりは怒っていると思っていた。だか、結果はその逆。怒るどころか怜が何を言っているのかわからないというような表情をしていた。


「私は別に怒るなんてことはしませんよ? まあ、いきなりあんなことになれば驚きはしますけど、夜狼くんにもそれなりの理由があるのは分かりましたし」


「玲奈から聞いたのか……」


「ええ、まあ」


 数日前に玲奈が葵のアドレスを知ることができて浮かれていたのを思い出す。あの場には葵もいたため、玲奈から事の事情などは詳しく聞いている。


「夜郎さん、一つ聞いてもいいですか?」


「それが俺にとってもお前にとっても得になることなら応える」


 卑怯だとわかっていながらもそう返答するのには理由がある。怜自身葵の質問に見当がついているからだ。それを踏まえたうえでどちらか一人ではなく、2人に得がある質問に怜は答えようと判断した。


「得になるかは夜狼くん次第ですね」


「わかった。聞くだけ聞く」


 自分次第で結果が大きく変わる質問とは? と、思ったが今は気にしないことにした。


「夜狼くん、青薔薇校首席で入学してますよね?」


「……なんでそれを」


 怜の考えていた斜め上の質問で思わず拍子抜けをした。


 怜の通う青薔薇高校は国内数有の難門校である。偏差値が他校よりも異様に高く、中学時代を全て勉強に注ぎ込むくらいはしない限り入ることが難しいとされる高校で、怜と玲奈は一年首席で入学していた。


「入学式の時に姉から言われたんですよ。私より点数が高くて首席の生徒がひとりいるって」


「薫先輩余計なことを……」


 この高校に入るために仕方なく首席が狙えるくらいの点数で入学したが、入学する頃にはとっくに怜は学年一位を取ることを辞めていたため、首席で入学したことを学校側に隠してもらっていた。


 だが、名前を出されなかったものの情報が葵に伝わってしまった。


「なんで隠してたんです?」


「……黙秘」


 葵だけではなく、他の誰にもかつてのことを知られたくはなかった。それが怜の傲慢だとしても、絶対に答えることはしない。


 玲奈や薫、渚はすでに知っているが、この三人以外に話したことは今まで一度もない。怜にとってこれまでの結果は黒歴史にならざる負えない出来事だからであり、この先も知られたくないことだった。どれだけ詰め寄られても怜は黙秘を講じる。


「答えてください。これは大切なことです」


「言っただろ、俺にとってもお前にとっても得になることなら応えるって。これはフェアじゃない」


「……怜くんはなぜそこまで過去から逃げるんですか」


「逃げることを選んだのに理由なんてない。ただ過去の昔のことはもう終わったことだ」


 そう言い残すと怜は半ば逃げるようにして部屋に入った。


 結局のところ怜もフェアじゃないことをしているのは自覚している。今は得にならないかもしれないが、今後先に得なるかもしれないということを今の怜は考えることができなかった。それは過去の呪縛から開放されない限りは不可能なのだろう。


 部屋に入る時、葵の口から「嘘つき、卑怯者」という言葉が漏れた。


 葵はどんな顔をして怜を見ていたのか怜は見ることをしなかった。それが最善の方法だと思ったから。


 卑怯だろうがなんだろうが怜は答えない。


「いずれ姫野にもわかる日が来る……」


 一人つぶやき、眠りについた。


 怜のスマホには葵からの着信が来ていた。それを無視して無理やり眠りについた怜の感情は複雑なものだった。


 これにより葵と怜の溝が更に深まることになる。それでも仕方ないことなのだろう。世の中には知ることで失うものもある。今の葵にはそれを理解してほしいという怜からの優しさでもあった。


 かつて玲奈から教わったこと。今でも忘れていない。何でもできたからこそ分からなかったことを玲奈は教えてくれた。怜にとって玲奈は自分の偉大な先生でもある。葵にもいずれそのような人ができることを怜は密かに祈っていた。


 翌日、学校に行ったはいいものの……


「おいおい、夜狼くん? 君は何をしたかわかっているのかね?」


「知らねえよ。てか何だその喋り方」


 クラスの男子から審問を受けていた。朝からこの状態が続いている。逃げようにも周りをガッチリ固められているため四方八方逃げ道なし。


「我らが愛しの玲奈様を怒らせるとは恥を知れ恥を!!」


「お前ら一旦病院行って来い。その間に退学届書いておいてやる」


「ひどい!! 一番の罪を受けるべきは貴様だ!!」


 わーわー、と騒ぐクラスの男子をうざがりながら対応していく。その様子を苦笑しながら見ている渚と葵。あと一部の女子も含めて。


 静かな空間が好きな怜にとっては迷惑この上ないが、クラスの人とあまり関わりを持とうとしない怜にとっては色々な意味でいいことなのかもしれない。とはいえ騒がしいのは変わりない。


「大体夜狼と玲奈先輩があそこまで仲いいなんて俺たちは信じられんぞ!? そこにプラスしてあの孤高の薫先輩までも関係が深いなんて、初耳だぞ!?」


「仕方ないだろ、俺と玲奈は姉弟なんだから。それに薫先輩は孤高でもなんでもないぞ」


「あ、出ました。俺だけが知ってるマウントー、ないわーないわー」


 周りの男子が嫉妬の目を向けるのと同時に口を揃えて愚痴を言うので流石の怜も限界が近かった。


「いいだろう。ならお前ら全員玲奈と薫先輩に色目を使ったということで退学届プラス反省文24時間耐久な」


「それだけはやめて!! 退学食らったら二度と玲奈様をおg……すみませんでした……」


 怜が鋭い眼光で睨むとひゅん、と肩を縮めて怖気づいてしまった。怜は特に玲奈にこれと言った感情を持っていないが、玲奈が女神のように扱われるのはいい気はしない。どんな人だって実力あれど普通の人間であり、関わりたいと思えば割と簡単にできる。


 だが、玲奈があまりにもハイスッペックの人間過ぎて恐れ多くなることは怜にとっても分からなくはない。


 授業のチャイムが鳴り、各々席に着き始めたところで渚が戻ってきた。テストが終わり、席替えした際に渚が隣の席になったのだ。今までは葵が隣だったためいつも騒がしかったが、渚が隣の席になったため安心してしまう。


「良くも悪くも今日に限っては話の中心だったね」


「お陰様で休み時間が潰れた」


「難儀なもんだね。玲奈さんが姉だと」


「そんなにいいもんか? 玲奈のどこがいいのか俺にはわからん」


 周りからすれば玲奈はハイスペックに美人であり、人生の中で一度会うか会わないかぐらいの人なため憧れたり、見とれたりすることはあるが怜はそんなことを気にしたことはない。ただブラコンをどうにかしてほしいということだけ。


「玲奈さんはハイスペックだからね。怜と違って別の意味での一般男子は見惚れるわけですよ」


「お前もか?」


「まあ、なくはないね。でも、怜の視界に入ったら何されるかわからないから手は出さないけど」


「よくわかってるな」


 玲奈に好きな人がいてもいいと思っている反面、玲奈に色目を使う人には容赦しない。それが例え親友だとしても。


 怜も案外シスコンなのかもしれないが、弟として姉が嫌な目に合わないすることも重要な役目だと思って接している。だからこそ玲奈の過度なスキンシップにも対応している。玲奈は優しすぎるがゆ故にその母性をずっと感じていていたいといういわば信者が日々増加している。


 とはいえ玲奈はそういう人たちに全く興味がなく、怜がいれば異性との交流は滅多にしない。先輩からの告白も好きな人がいると理由付けをして断っている。その好きな人が怜だということは怜を含めた友人の中では共通認識になっている。


「怜はさ、玲奈さんに彼氏ができたらどうするとかあるの?」


「まあ、玲奈がブラコンを何とかしない限り彼氏ができるとかないだろうけど、もしできたとしても何もしない。恋愛に関してはあいつの勝手だろ」


「クラスの男子を睨みつけておいてそれを言うかい?怜さんや」


 言っていることとやっていることは矛盾しているが、実際怜からすれば玲奈の恋愛に口出しするつもりはさらさらない。これは怜が恋愛に関して全く興味がない事があるからである。玲奈が誰と付き合おうと、誰かのことを好きになろうと怜にとって無関係であり、玲奈が決めたことに異言を唱えるつもりもない。


 玲奈が心の底から信用して接することのできる異性を見つけるのにはまだ時間がかかるのかもしれない。兄弟そろって理想は高いのである。


「でもさ、玲奈さんの理想って確かまんま怜そのものだよね?」


「どこまで行ってもブラコンだな」


 玲奈の理想はそのまま怜に当てはまる。


 天才気質、クール、いつも冷静、姉想い(?)、優しい人、などなどその理想全てが怜をそのまま体現したかのようなもので、姉から見た怜を理想としている。つまり、玲奈の周りにそのような人は現れることはまずありえない。


「どうする? 玲奈さんが告白してきたら」


「小さいころから何度もされた」


「はは、難儀だね」


 怜が机に突っ伏したことでいったん話を打ち切ったが、怜のもとに一通のメールが届く。送ってきたのはいつのまにか交換されていた葵のアドレスだった。


『葵:授業中によく話せる』


『怜:逆に授業中によくメール送れるな』


『葵:ひまなんだよ』


『怜:それはわかる』


 この時間は日本史の授業だったため、先生の話が呪文みたいになっていた。ただ聞いているだけだと退屈でしかない。


『怜:いったん寝るからまた後で話せよ』


『葵:わかった』


 このように机の下でやりとりをするのは高校生の定番だと玲奈から聞いたことがあり、怜は今日初めてそれを体験した。割と楽しかったりもする。


 お互い話をそこで打ち切り、怜は寝て、葵は授業に戻った。

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