【連載打ち切り】気づかないうちにマドンナから好意をもたれていた件

八雲玲夜

第0章 青春の0ページ目

第1話 この出会いは幸か不幸か

 ある日の帰り道でその出会いはあった。


 見慣れた公園にふと目を向けるとそこには一人の少女がベンチに座っている。

 虚ろな目をどことなく空に向けて雨に打たれながら、ただぼーっと座っている。


 夜狼怜はその様子を見て一人にした方がいいと考え、その場を立ち去ろうとしたが、どうにも前に進めない。


 少し後ろ向きで下がりもう一度彼女を見るとやはり一切動くことなくそのまま座ったままだった。いつまでいるのだろうかと思いよく見てみると、耳が少し赤く染まっているのに気づいた。


 帰ろうとしない時点で本人がそうしたいからそうしているのであろう。他人が口出しするのは間違っているかもしれない。だが、ここで見て見ぬふりするのは何かと自分の良心に傷がつくと思い、そのまま公園に入り彼女のもとに向かった。

 

 別に関わりたいからとかではなく、ただ単にこんなところ雨にあたりっぱなしになり、風邪をひかれるとなんだかいたたまれなくなるからだ。


 彼女に話しかけに行くことに躊躇はなかった。なぜなら、怜は彼女のことを知っている。


 彼女__姫野葵は怜の隣の家に住んでいる。とはいえ交友関係は一切ない。


 高一の初めのころから隣人だが、わざわざ関わりを持つのも面倒なため今まで話したことすらない。

 だからこそ、雨の中だろうがなんだろうが彼女の顔や髪の色が特徴的だったのもありすぐに葵だということには気づけた。


「……何やってるんだ」


 手持ちの傘を葵の上に被せながら声に掛けた。

 彼女は傘が目の前に見えるまで近づいてくるのに気づかなかったのか、ゆっくりと虚ろな目を下におろして怜のことを見た。


 雨のしずくが彼女の頬やら伝っていくが、それですら彼女の綺麗さを際立たたせる小道具とかしていた。


 水も滴るいい女とはまさにこのことだろうと。美女とはなんとも恐ろしい……


 葵は瞬時に状況を判断すると、水色の瞳に警戒心をにじませた。


「夜狼さん。放っておいてくれますか?」


 まさかの苗字を知っていたくれていた。まあ、隣人なのだから当然なのかとも思ったがそんなこと考えてる場合ではないと思いなおした。


 それと同時に彼女の顔からも一切の警戒心が緩まないことも悟り、彼女が異性との関わり持ちたくないというのも察した。


 それもそうだろう。名前を知っておきながら見ず知らずとは言わないものの、赤の他人に声をかけられたら警戒するのも頷ける。それにこんな美人ならなおさらだ。


「そうしたいんだけどな。こんな雨の中で一人ベンチで座ってる女子がいれば気になるだろ」


「そう、ですか……お気遣いどうも。 ですが、私がしたくてしてることなので放ってくれると助かります」


 冷たく尖って声ではなく、あくまで心配してくれることに感謝をするような、柔らかな声だった。


 それでいても、警戒心を緩める気が更々ないのは見て取れる。


(まあ、そうなるか……)


 関係のない事に首を突っ込んでしまったことに関しては多少なりとも罪悪感はあるもののその場で何もせずに立ち去るのはいかがなものかと思う。


 とはいえ、気まぐれ話しかけに行ってみたもの彼女からは関わってくるなという拒絶するような目を向けられている。訳ありなのが明白というのもあって、深追いすれば痛い目を見るのは怜自身なため特に公園で一人でいることに関しては何も言わない。


 彼女がここに居たいからそうしているのであれば別に構わない。


 これ以上の散策は無粋だと思った怜は「まあ、いいや」と言いカバンの中からなぜか知らないが入っていた折り畳み傘を取り出した。


 断じて他意はない。ただ、ここで何もせずに立ち去り、雨の中、少女をずぶ濡れていさせるというのは良心が痛んでしょうがない。


「ほら、これさしてろ。 さして帰るも良しだし、置いていくのもありだ」


「え……? いえ、別にお構いなく……」

 素直に断れると多少なりともいたたまれなくなるが怜はお構いなしに、半ば押し付ける形で手渡した。


「風邪ひかれても困るからな。まあ、俺には関係ないけど」


「ではなぜ傘を?」


「俺の自己満足。黙って受け取っとけ」


「……勝手に話しかけてきたくせに」


「はいはい、そうだったな」


 ここでいろいろ言っても後々面倒になるのもあって、適当に返事を返しそのまま踵を返して公園から立ち去ろうとした。


 葵にどう思われようと怜には関係のない事であり、明日からはどうせ関わりはなくなる。今の時点で悪く思われようが怜の知ったことではない。

 

 だからこそ、その場に放って帰るという決断ができた。下心のある男ならおそらく彼女をそのまま家に持ち帰ろうとするだろう。つまり、怜は下心なんて一切ないのだ。というかそういうことに全くの興味がない。


 怜はそのまま振り返ることなく帰路についた。

 その後ろで小さく儚い声で葵が何かを発していた。


 けれど、その声は雨の音によってかき消されるのであった。


 葵が会話を拒んだのもあり、今後関わりはいつものように無くなるのであろうと思いつつ多少公園の方を振り返るもすぐに改めて帰路についた怜は心の中でこう呟いた。



 明日から顔見知りの同級生だと。


――――――――――――――――――――――


とはいえ、普通なら怜は人にむやみに干渉するような性格ではない。見ず知らずの人などはもってのほかだし、特定の相手以外と関わりを持とうとしたことすらない。


ただ、あの場で葵に傘を貸したことが自分としても不思議だった。

人に興味を示さず、人との距離に触れようともしない自分が何故あの時、自分の指していた傘を貸そうと思ったのか、きっと何かしら理由があったのかもしれないし、それともただ見て見ぬふりをすることが居たたまれなくなっただけなのかもしれない。


人の心情とは分からないものだ。


自分のことは自分が1番わかっているということをよく言うが、衝動的に動いた時の自分のことを誰が分かるというのだろうか。


自分のことが自分にも分からないことは、生きている中でよくある事だ。きっと自分が思っている以上に、自分自身というのは複雑な何かがあるのだろう。


顔見知りの他人。


その言葉がこれからの関係性にどのように繋がるのかは怜にも分からない。そうでありたいと望むのは、きっと自らの意思なのだろう。


人間不干渉として生きるのか怜の望む生き方だ。


人と関わるのが苦手という訳では無い。話すことは出来る。ただ、元々の性格が無口で無愛想なため、なかなか人と会話をすることが難しかったりもする。


結局のところ、葵が怜との会話を拒んだことであまり話すことなく、傘を半ば強引に押し付けただけで終わったのは怜としては有難いことだった。


葵の学園内での人気は留まることを知らない。


今の状況を誰かが見たら噂になることは間違いないため、その場を速攻で立ち去る方が目立たず、知られずの高校生活を送りたい怜はその行動が健全である。


いわば、ただの面倒くさがりだ。




――夜狼怜、高校1年生。平凡陰キャで一匹狼の男子高校生が、その日、1人の美少女に傘を貸した。


その出会いは幸か不幸か、どちらに傾くのかはまだ誰も知らない。いや、既に決まっているのかもしれない。


『怜:折りたたみ傘、なんか役に立った』


『渚:どゆこと?』

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