ダコイカサへ 超能力男、居場所を求めて異世界へ行く

@ppre

第1話 日本から

超能力があったとしても、ファンタジーな世界では一般人なんだろうか?


行ってみなければ分からないけど、世界を越えた時点で一般人ではないような?



超能力を持って生まれた 森 竜人 は、一般人よりも一般人だった。


一冊の本に出会うまでは。


森 竜人は超能力者である。



触れずに物を動かし、自由に空を舞い、素早く動いたり、魔法のように炎や氷を出すことも出来る。



しかし彼は滅多に「力」を使わない。


あまり使おうとも思わないが、使いたくないとまでは思ってはいない。


彼にとってその「力」は、わざわざ使う必要もない、という程度のもの。


そう思っていた。



~~~~~



ピピピッ!ピピピッ!という音が聞こえ、意識が覚醒していく。


いつものように枕元にあるスマホのアラームを止め、いつもと同じ時間であると確認し、いつも通りに朝の支度を開始する。




森 竜人 36歳 会社員 独身




まさに珍しくもない、「普通」の成人男性といえる。


これといった特徴のない容姿と性格で、会社の同僚との関係性も悪くない。


若干感情の起伏が少なく、物事の価値判断基準が独特ではあるが、問題という程ではない、というのが上司の性格評価である。




「ふぁ~ぁ......」と眠い目を擦りながら、シャワーを浴びる。


昨日は夜更かしをしてしまったので、いつも通りの朝の準備が、いつもより少しだけ億劫に感じた。


とはいえ、いつもと変わらずに支度は進んでいく。



午前8時40分、職場に到着した竜人は自分のデスクに鞄を置き、途中で買ったコーヒーをひと啜りして、本日の作業へと取り掛かる。


パソコンとにらめっこをし、電卓をたたき、適度に休憩をはさみながら、時間が過ぎていく。


夕方過ぎに携帯が振動し、一旦作業の手を止める。


画面には、「奥田 幸夫」の文字。


電話に出ると、幸夫からの飲みへの誘いだった。


断る理由もないので、仕事が終わる時間を告げると、「じゃあ、7時にいつものところで。」との事。


「今日は金曜だから、遅れると混むかもなぁ......」などと考えながら、業務のペースを上げる。


適当に仕事を切り上げ、待ち合わせ場所に向かうとしよう。




6時には仕事を終えていたので、電車に乗って待ち合わせ場所へ向かう。


時間は6時40分。


少し早かったかな?と思っていると、そこにはすでに幸夫の姿があった。




「よう、久しぶり、でもないな。とりあえず、店に入っちゃうか。」


そういう幸夫に続き、見慣れた看板の店に入る。


決して友人の多くない竜人ではあるが、この幸夫を含め、数人は友人がいる。


幸夫とは高校の時からの付き合いで、マンガやゲームといったものの趣味が合ったため、なんだかんだと長い友人になっていた。


この日も、特別用事があったわけでもなく、ついにあのマンガが終わっただとか、人気ゲームの新作が出るぞ、といった話をしているだけで時間が過ぎていった。




時計を見ると、すでに10時を回っていた。


そろそろお開きかなぁ、と思っていると、幸夫が「そうだった!」と言って鞄をゴソゴソといじりだした。


「これ、読んでみな。結構面白かったから。」といって渡されたのは、1冊の本。


タイトルは「ダコイカサへ」


「なに系なの、この本?」


幸夫に尋ねつつも、まぁ、こいつが俺にオススメするんだからファンタジーものなんだろうな、とあたりをつける。


「ファンタジーものだよ。剣と魔法の、よくあるファンタジー世界が舞台なんだけど、不思議とリアリティを感じてなぁ。なかなか読ませる文章だから、読んでみ。それに、森に読ませなきゃいけない気がしてさ!好きだろ、ファンタジー?」といって笑う。


(まぁ、嫌いなジャンルでもないし、オススメされたことだし読んでみるか。)


本を受け取り、自分の鞄にしまい、会計を済ませて店を出る。


「いやぁ、ダコイカサみたいなところがあったら、異世界に行ってみたいなぁ。」という幸夫に、他にも大量のファンタジーものを読んでいるだろうに、と思いつつ、家路につく。


ちょっと飲みすぎたかな?と若干覚束ない足元を気にしつつ電車を降り、部屋に帰ると「力」を使う。


身体からアルコールが抜け、一気に思考がクリアになっていく。


シャワーを浴びてから寝支度を済ませるが、ふと鞄が目に入った。


鞄には、1冊の本が入っていた。


幸夫から受け取った時には酔っていたこともあり気になっていなかったが、ハードカバーで古ぼけた感じのその本を鞄から取り出し、表紙をめくる。


不思議なことに、目次がない。


珍しいなぁと思い出版社をチェックするも、出版社名がない。


当然のように出版コードもバーコードもない。


改めて背表紙を確認すると、ただ「ダコイカサへ」とだけ書いてあった。


会社を引退した元上司が、自費出版で本を作った際に1冊買わされたが、その本にもバーコード等がついていたので、ともするとこの「ダコイカサへ」は手作りの一点モノかなにかなのかもしれない。


明日は休みだし、わざわざ普段は使うことのない「力」まで使って酔いも醒ました。


(?なぜ力を使ったんだろう???)


疑問を感じながらも、ページをひらいていった。






~~~~~






竜人は超能力者である。


しかし、その力を使うことはほぼない。


なぜか、と聞かれても、明確な理由があるわけではないが、「使う必要もないから」が最も近い答えかもしれない。


空を飛ばなくても、電車で移動はできる。


100メートルを5秒で走ることが出来ても、何処かに行くなら高速道路を車で移動したほうが速いし楽だろう。


手を触れずに動かさなければいけないものなんてまずないし、炎を操らなくても、つまみを捻ればコンロに火は点く。


他の人が使わずに(使えずに?)いる力は、自分にとっても使わずに済むものだと認識していた。


もちろん若いころは、自分に備わっている超能力の万能感に酔いしれたこともあったが、今現在は能力をほとんど使わなくなっていた。


なのになぜ、高々酒の酔いを醒ますだけのために能力を使ったのか、自分でも理解できなかったし、無意識での出来事だったのだろう。


実に数年ぶりに力を使ったことで、竜人の頭の中には「あぁ、やっぱりなくなってないのか......」という思いがあったが、ショックだったわけでもないので、そのまま本を読み始めた。



「ダコイカサへ」は異世界であるダコイカサの歴史や生態系、様々なスキルや魔法などについてを、著者の私見にて分析し、解説しているような内容だった。


日記に近い内容で、著者はダコイカサの世界を色々と旅して回ったようだ。


どうやらダコイカサでは物質的な文明はそこまで発展していないらしい。


移動手段として、馬車やら船が出てくる上に、日暮れとともに住人たちの行動が終わるといった記載もあることからそれは分かった。


人間以外にも、獣人や亜人、果ては天人や魔人などもいるらしい。


途中まで読み進めると、著者の性格などが少しずつ理解でき、気が付くと感情移入しながら読んでいる自分に少し驚いた。


ジョバンニという人間族の小さな村から始まった旅は、グロール王国の首都グローリーを目指して進み、途中で魔物に襲われている子供を助けようとして逆に魔物に襲われたこと。


そこに通りかかった聖騎士に助けられ、その騎士に弟子入りしたこと。


修行をした結果、才能があったようで、みるみる成果をだし出世したこと。


聖騎士としての任務で王国中を回ったこと。


その任務の途中で突如現れたドラゴンと戦い、師匠である団長が倒れたこと。


無様に生き延びてしまった自分を恥じ、騎士団を去ったこと。


そして、敵を討つためにさらなる修行のため世界中を回ったこと。


東の国で剣術を学び、西の国で魔法を学んだこと。


そして、再びドラゴンと戦うべく、その住処へ向かうところで文章は終わっていた。



物語としても楽しめたが、竜人にとっては著者による事象の分析、解説の方が興味深かった。


まるで本当に存在するような描かれ方をした生物たち。


理論付け、より高い効果を目指した魔法技術分析。


力強く、素早く、的確に身体を動かすための身体操作解説。


ただひたすらに強くなるための、怨念にも似た感情と、万が一自分が成し遂げられなかった際に、後を引き継いでドラゴンを倒してほしいがための様々な世界の知識。


文体は、どこかの誰かへ向けて、まるで自分ではドラゴンに勝てないとわかっているからかのように、徐々に教本のように変わっていた。



一気に読み終え、時計を見ると午前6時になっていた。


心地良くも若干の痺れを感じる頭を振り、コーヒーを入れてダコイカサの世界に思いを馳せる。


「いい歳して、こんなファンタジーな世界に心が躍るなんてなぁ。」と自嘲気味に自分のファンタジー趣味を思い返しながら、本を見る。


読み終えたと思っていたが、最後のページの先にもまだ数枚のページが残っていた。


気になって見てみると、そこにはこんなことが書いてあった。




「この本は、強き者の手元へと向かう。


そのものが善きものでも悪しきものでも、力あるもので間違いはない。


どうかダコイカサへ。


この世界で力を付けるためのすべは記しておいた。


ここへ赴き、ドラゴンを討ってくれ。


微力ながら、私も力を尽くす。


本に手を置き、ダコイカサへ、と。」






コーヒーを飲み干し、興味本位で本に手を置く。


そしてつぶやく。




「ダコイカサへ」

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