甘噛み

@Nico23

「前より取るようになったな」


 薄暗い高架下はしんと静まり返っていて、目の前の客の声がよく響いた。

 客が言った「取るようになった」とは、いわゆる「情報料」のことだ。


「煙草一箱買うにも躊躇ちゅうちょしたくなるような世の中でしょ。でも私は煙草これが無いと生きていけないんだよ。報酬の値上がりは必然さ」


 私はそう言って新しい煙草に火をつける。ゆっくり深く吸い込んで、そっと長く煙を吐いた。

 ふわりふわりと、白い煙が浮かんでは消えていく。


「そう言えば、この間やり取りしたよ、紹介してくれた例の人」


 微動だにしなかった目の前の客がぴくりと動いた気がした。


「この業界明るいか暗いかどちらかに偏りがちだけれど、あの人はなんていうか…危うげだよね」


 目の前の客が何か言おうと口を開きかけ、結局そのまま黙って閉じる。


「気にかけているんだね、あの人のこと」


 私が探るように問いかけると、あからさまに目線を逸らす。

 わかりやすすぎでしょ。


 ざらりとした自分の中の感覚を消し去るように、私は煙草を深く吸い込んだ。吐き出した煙に混ぜるように、そっと問いかける。


「だからいつも見てるの?ビルの上からあの人を」


 目の前の客が鋭い瞳でこちらを睨み付ける。

 その瞳の中に見えるのは、動揺か、羞恥しゅうちか、憤懣ふんまんか、そのいずれもか。


「こっちは情報屋だよ。色々知ってる」


 手に持った煙草を吸いきって、携帯灰皿に雑に押し込んだ。いつもより潰れた吸殻が、自分の苛立ちをあらわすようで嫌になる。


「…それじゃあこれ」


 上着のポケットからUSBを取り出し目の前に掲げた。

 目の前の客が不満そうな顔のまま手を伸ばしてきたのを見て、素早くその手を取り引き寄せる。

 引いたその手の細く長い中指の先を、躊躇ためらいもなく口に含んで、軽く歯を立てた。











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