魔王と私の絶対結婚宣言

三日月深和

第1話


「私、魔王様と結婚したいんです!」

 全てはこの一言から始まった。

 彼と私が結ばれるために。



 ********



 暗い暗い庭を駆ける。

 今日こそ、今日こそはこの敷地から出てみせると決めた。

 城の裏門はもうすぐそこ、あと少しなのに。

 鳥の羽ばたく音がした。

「!」

 反射的に足を止める。今日もダメだったかと両手をあげて降参しながら。

「ナターシャ…」

 私の足元に停まったカラスは私の名前を呟くとその姿を変え、背格好の良い男が一人現れる。私はその男を睨みつけながら挙げた手を下ろした。

「ナターシャ、僕を困らせないでよ」

「いやよ」

 私を抱きしめる男に私はキッパリと答える。でも私はその行動に応えるように抱きしめる背中に手を回した。

「悪い子には罰を与えないといけなくなる…」

「もう地下牢なんだから同じようなものだわ」

 私を抱きしめる腕が一層強くなる。この人を寂しくさせているのは、わかっているつもりだ。でもこれだけは譲れない。

 男は私を姫だきにするとその背に大きなカラスの羽を生み出して空に舞った。羽ばたきながら城にある彼の部屋を目指して飛んでいく。

 備え付けられたテラスから二人で部屋に入る。連れ込まれた先で私はソファに腰掛けた彼の膝に乗せられた。

「ナターシャ、今日で三十六回目だよ。脱走はダメだって言ったでしょ?」

「知らない。貴方が——アスタロトが話をわかってくれないのが悪いわ」

「そんな、僕たちは気持ちが通じ合ってるじゃないか!」

「だから話をわかってないのよ」

 心外だと眉を顰めるアスタロトを横目に私の顔はそっぽを向いている。今その顔を見てやるものか。

 はぁ、どうしてこうなってしまったのかしら…とどうしても考えてしまう。

 私はオリファと言う国の姫だ。名をナターシャ・オリファと言う。一応王位継承権を持っている。

 私を膝に乗せて半泣きでいる男はアスタロト・シファー、魔域ルシファを治める正真正銘の魔王様。

 私は一年ほど前の夜、この男に攫われた。向こうの要望としては魔族に差別的な視線を持ち続けている人間たちへの待遇の改善と、この魔域を法的統治のされた地域であると認めさせること。一応彼は私の命を天秤にかけてでも魔物の地位向上を目指している、はず。

 それなのに、なぜこんなことになっているかと言うと。

「私、アスタロトと"結婚"したいって言ったわ」

「勿論僕だって同じ気持ちだよ? でも世界には僕たちだけでいいじゃないか」

「そう言うところがダメだって言ってるの!」

 私とアスタロトが結婚となれば、人間側も魔物に無闇には手を出しづらくなる。そうなれば正真正銘和平の道も開けてくるのに、この男ときたら真逆のことを…魔物も人間も排除して二人だけの世界を作ろうとしていた。

 その段階で話が矛盾している。

 私だっていかに実家は貴族王族の嫌味合戦だとしても家族を失いたいほどではない。個人的には一度実家に帰って結婚の意思だけでも伝えに行きたいのだけど、それを話したら彼の心の傷がさらに加速してしまい今に至る。

「私たちが認められて結婚できたら和平の道に繋がる。誰もなにも、これ以上失わないで済む! 人間も魔族も無闇な血が流れなくて良くなるのに!」

「だから結婚したら全部消そうって話なんじゃないか。みんな生きてるから辛いんだよ」

「辛いだけじゃないって教えてくれたのは貴方でしょうに!」

 怒りを露わにする私に対して彼は不服そう。すっかり困った顔をしてるけど、困ってるのはこっちだ。

 どうして彼の思いはこうちぐはぐなのかしら。

 むくれた顔で互いに睨み合っていると、ノックの音が聞こえる。そちらに顔を向けると、困った様子のミノタウルスが二体入ってきた。

「魔王様すみません〜。姫様が…あっ!」

「見つかったんですか!」

 二体は私を見るなり慌てたように挙動を乱した。

「お前らが無能なせいでまた僕が迎えにいくことになった」

「すみません魔王様〜! あっしらがトロいばかりに…」

「さ、姫様! お部屋に帰りましょ!」

 私が諦めて膝の上から立とうとするとぐ、と抱き寄せられる。アスタロトの方を見ると不貞腐れたまま私の腹に自身の顔を押し付けていた。

「…あと十秒」

「…」

 不貞腐れながら甘えるとはどういう了見なのかしら。しかし種族はともかく男性の力強い腕に抱かれてこちらの身動きが取れるはずもなく、私は諦めた。

「はいはい…」

 そう言いつつ頭を撫でると彼は満足そうにみえる。こういうとき愛おしいと思うから一緒にいるのにな。

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