深夜の内緒話
アルド教会の宿泊部屋に通された後、俺はシャワーと簡単な夕食を済ませ、定時報告のためにラヴェルへの通信を試みていた。
教会の連中が食事を持ってきてはくれたが、それには手を付けず、懐にしのばせていたチョコバーを食べた。
毒を盛るようなことはさすがにしてこないだろうが、念のためだ。
「……ダメか」
携帯端末で天神に連絡しようとしたものの、何度コールしても繋がる気配はなかった。
未だ外で吹き荒れる嵐のせいだろうか。
しかし、どうにも不自然だ。
いくら酷い嵐とは言え、この程度で通信すらできなくなるなど、現代の電波通信技術ではまずない。
現状、どこか近くに
というレベルの通信不全具合だ。
「一応、シグナル送信は辛うじていけるか」
俺に装着されているインプラントのひとつに、生体反応のモニターシステムが搭載されている。
ライカとの飛行をリアルタイムで最適化するために備え付けられた、簡易的な通信機器だ。
この装置の情報はライカの他にも、桂木が管理しているPCにも送られる。
胸の辺りをモールス信号の要領で軽く叩けば、応急の連絡くらいはできるはずだ。
無論、向こうからのレスポンスは受け取れないが。
――現在通信障害により通信連絡不能。嵐により教会で足止めを喰らっている。帰還が大幅に遅れる見込み。通信が回復するまで、こちらで適宜状況を報告する。以上。
ひとまずそれだけモールスで伝えた。
とりあえずではあるが、緊急用の連絡手段が生きているのは、不幸中の幸いだろう。
しかしとはいえ、俺はこうなることは予測していた。
というより、大羽から
大羽がなぜ今日のことをここまで予測できるのかは知らないが、どうにしろ今のところ、ほとんど彼女が言った通りの事象が起こっている。
アルド教会まで連行されたこと。
何かしらの理由をこじつけ俺たちを引き留めること。
そして、駆藤は連中に逆らえないだろう、ということ。
「ふむ」
携帯を耳から離し、考えてみる。
それにしても、なぜ大羽はここまで駆藤のことを――ひいては教会のことを知っているのだろうか?
彼女らの関係性がどういったもので、過去に何があったのかなどは知らないし、特段興味もない。
だが、その如何によってライカに影響が出るというのならば、話は別だ。
場合によっては、ここで『ある人物』を殺さないと、ライカに害が及ぶ可能性が有る。
と大羽は言っていた。
であれば、俺がとるべき行動はひとつだけだ。
ライカの障害は排除する。
ライカの敵は墜とす。
それが誰であろうと、変わらない。
シンプルで、故に絶対の、俺の目的だ。
「……ん?」
ふと、ノックの音が聞こえたことに気づく。
「ニッパー、私だ」
するとドアの向こうから、駆藤の声が聞こえた。
お父様とやらとの話は終わったらしい。
「入れよ、鍵なんかかかっちゃいない」
というより、鍵自体がドアについていない、という方が正しい言い方なのだが。
その言葉を受けて、駆藤はゆっくりとドアを開け、その姿を見せた。
表面上は、彼女は平時の仏頂面を幾分か取り戻しているように見えた。
ただ、服装が先ほどと違い、ラフなものになっている。
わずかに髪が湿っているのを見るに、シャワーでも浴びてきたのだろう。
「邪魔するぞ」
「教会の連中は?」
「今頃は無人の部屋を見張っているさ、バカな奴らだ」
そう言って、駆藤は部屋へと入ってきた。
彼女は無言で備え付けのベッドに身を沈め、傍目で俺のほうを見る。
そして、ため息をひとつ。
「……ようやく、一息付けた」
駆藤は小さく呟いた。
随分と疲労がたまっていたようで、その瞳はまどろんでいる。
今にもベッドで眠ってしまいそうなほどだった。
「それで、さっき言ってた話ってのは何だ?」
このまま寝られては進む話も進まない。
そう思って、俺の方から駆藤に切り出した。
「わざわざ、俺の部屋で寝るために来たわけでもないだろう?」
「わからんぞ、『不安だから一緒に寝てくれ』って私が言ったら、ニッパーはどうする?」
からかうように、駆藤は言ってきた。
「そうしてくれって言うんなら、一緒に寝るが」
別に特に困ることもない。
俺と同じ寝床で寝ることがなぜ不安の解消になるのかは皆目わからないが、そんな簡単なことで不安解消の効果が見込めるのならば、やってもいいだろう。
などと考えてそう返事したわけだが、何故かそれに対し、駆藤はキョトンとした顔つきで俺に顔を向けた。
時間にして数秒くらいか。
すると何か気に入らなかったのか、駆藤はバツの悪そうな顔でそっぽを向いた。
「……冗談だ、バカ。真に受けるな」
少し拗ねたように、駆藤はそう言った。
「不安なのか?」
「どうだろうな、自分でわからなくなってきた」
駆藤はそう言って目を細める。
どこか遠くを見ているような、そんな感じがした。
いかん、話が脱線してきている気がする。
「結局、話ってのはなんなんだ?」
「お前は本当に情緒ってものがない奴だな。レイと隊長が苦労するのもわかる」
「そうかい」
なぜそこでレイと天神が出てくるのかわからないが、何やら苦労しているらしい。
なぜなのかを聞きたい気持ちもあるが、それは別の機会でいいだろう。あればの話だが。
「……まあ、そうだな、話ってのは簡単で、単純に聞きたいことがあったんだ」
駆藤は続ける。
「お前、リリアに何を聞いた?」
彼女は俺を真っすぐと見据えて、そう言い放った。
それは確信を持った目だった。
「……何の話だ?」
「しらばっくれなくていい。聞いたところでどうこうしようってわけじゃない」
「なら、なんでそんなことを聞くんだ。何もしないなら、聞いても聞かなくても一緒だろう」
「別に……ただ、気になったんだ。それじゃダメか?」
駆藤はどこか言いにくそうに、そんな理由を話す。
おそらく嘘だろう。
どこか物憂げなその表情が、それを物語っている。
……これ以上は、隠しても無駄か。
ここから無理にしらばっくれるのも無理があるだろう。
であれば、ある程度は情報を開示したほうがマシか。
『仕事』の部分だけは、流石に誤魔化す必要があるが。
「……アンタとの輸送任務が決まったあの夜、大羽に頼まれたんだ。アンタはアルド教会と浅からぬ因縁があるから、早まったことしないように見張っててくれってな」
「はん、早まったことってなんだ?」
「知るかよ。とにかく、その依頼を受けるにあたって、アンタの素性をある程度聞かせてもらったんだ。ここの連中とどんな曰くがあるのか」
「例えば、私も出生とかもか?」
駆藤は、被せるように俺に問いかけてきた。
「ああ」
俺は、ただそう答えた。
「……聞いた時、さしものお前もさぞ驚いたんじゃないか?」
すると駆藤は乾いた笑いを見せ、続けた。
「まさか私が、ホムンクルスだなんてさ」
どこか自嘲が入り混じったような表情で、駆藤は自分を指さした。
その顔は先ほどよりも余裕がなさそうで、あの広間で見た時と同じような雰囲気を醸している。
「で、どこまで聞いたんだ?」
「……アンタが、プロトタイプのホムンクルスだってことを」
俺は大羽から得た情報を思い出しながら、続けた。
「ホムンクルスが隆盛期のとき、ある試みがされていたのを聞いた。曰く、『永遠の命』を可能にするとか」
「そうだ、それがプロトタイプ。人の皮を被った、失敗作どもだ」
俺の言葉に、駆藤はそう被せた。
『プロトタイプ・ホムンクルス』の話を聞いた時は、どこか都市伝説めいてると思った。
身体の一部を電子化、及びインプラントの移植をすることが一般的になった世の中だが、それでも寿命というものは、生物である以上避けて通れるものではない。
法外な価格で行われるアンチエイジング手術などもあるらしいが、それにしたって限界はある。
代替不可能なひとつの肉体である以上、必ず老朽化による壊死は免れないのだ。
だが、そこである一人の科学者が考えつく。
『では、全てを交換できれば可能ではないか』と。
そこで、ホムンクルスの技術を応用しようということになったらしい。
生前に脳の情報を完全デジタルでコピーしたうえで、その信号パターンも完全再現させる――つまるところ、デジタル化した脳のコピーを作り、それをホムンクルスに移植する、というものだ。
要するに、ホムンクルスに人格をコピーするということだ。
死ぬ直前に脳をコピーし、真っ新な身体であるホムンクルスに移植すれば、実質的に新しい身体に交換したのと変わらない、という考え方らしい。
一時期このプロトタイプは話題になって、一般に技術も流通されたらしいが、現在は全く見ることもない。
理由は簡単で、欠陥があったのだ。
当然のことながら、この方法で生まれるホムンクルスは、死人の記憶を受け継いでいるに過ぎない。
いわゆるスワンプマンだ。元の記憶の持ち主はそこで死んで、それでおしまいなのだから。
そしてなにより記憶を受けついだホムンクルスは元気に人間として生きていたのかというと、そんなことはなかったのだ。
脳という膨大なデータを移植するのはさすがに現代でも難しかったらしく、あらゆるバグや不具合が発覚した。
上手くいったホムンクルスもいたらしいが……その全てが『発狂』して、ほとんどが自殺、残りは処分されたらしい。
結局のところ、多くの犠牲を出して、プロトタイプ・ホムンクルスは販売を停止。
『永遠の命』は、人類の甘美な見果てぬ夢で終わった。という認識だった。
大羽から、駆藤の話を聞くまでは。
「……プロトタイプは全部発狂して消されたって話だったが、実はイカレてない奴がいて――」
「そう、死に損なったやつがいるんだ。それが私だ」
「で、アンタを造ったのが、この教会ってことか」
「そうさ、笑える話だろ? それにな――」
そう言って、駆藤は自分のこめかみを指でぐりぐりと押しながら続けた。
「イカレてないってのは、語弊があるぞ」
「なに?」
「発狂してるんだよ、私は。最初っからな」
彼女は再度、乾いた笑いをしてみせる。
それは一種、大げさな言い方をすると、自傷行為のようにも思えた。
「……その辺の話、もう少し詳しく聞かせてもらえないか?」
こうなった以上、せっかくだし『仕事』をするうえでも、駆藤から情報を仕入れた方が得策だろう。
そう思って聞くと、彼女はため息を吐いて、口を開く。
「なんだよ、お前が他人に興味を持つなんて珍しい。惚れたか?」
「好きに解釈してくれ」
「はん、いけ好かない奴だ……ただまあ、ちょうどいいか」
駆藤はベッドに、より身を深く沈める。
それはまるで、話すための準備をしているかのようだった。
「私も、明日が億劫だったんだ。少し夜更かししよう」
駆藤は手を俺に差し伸べる。
「こっち座れよ、ニッパー」
促されるまま、俺は駆藤の隣に座った。
それを確認すると、彼女はぽつりぽつりと、自分のことを話し始めた。
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