狼の2番はデートの注文が多い

「で、デートぉ!?」


 あの試合が終わってしばらく後。

 桂木の部屋に行って明日の予定を伝えたところ、彼女はなぜか、いやに驚きながら俺の言ったことを反芻した。


 その驚き様と言ったら持っていたタブレットを落としてしまうほどらしが、同時にその表情が笑顔になっている様にも見える。

 どういう情緒なのかは甚だわからないが、とりあえず俺は、彼女に拾ったタブレットを手渡した。


「ああ。だから、明日は調整が終わったら出かける。そう報告したかった。ほら」

「あ、ありがとう……じゃなくて! ちょ、ちょっと待って待って!」


 そう言いながら、『キャーキャー』と嬉しそうな顔で悶える桂木。

 そんなに面白いことを言ったつもりもないが、どうやら俺の言葉にはしゃいでいるらしい。


「……明日はライカの整備に遅れるから、引き継ぎ事項を伝えたいんだ。落ち着いて話を聞いてくれないか?」


 とはいえ、このままでは埒があかないと思い、彼女にそう聞いてみる。

 が、そうやらその要求は聞いてくれないようで、桂木は依然楽しそうな表情で、俺を見た。


「無理よ! だって、だってよ!?」

「なんだよ」

「あのニッパーが! 女の子と一緒に遊びに行くのよ!? しかもライカより優先して!」

「……そういう約束をしたからだ。優先してるわけじゃない」


 桂木のその言い分は、俺にとっては正直心外と言わざるを得ない。

 俺がデートと呼ばれる落花への追従行動を行うのは、勝負に負けたら彼女の要求を聞くという、契約を履行しているに過ぎない。


 約束――すなわちルールを守るか否かということは、大袈裟に言えば自身の環境の安全性に直結する。

 無闇に反故にすればするほど、こちらの要求も飲まれなくなり、結果的に余計なリスクを背負う羽目になる。

 自分から言い出したことならば、なおさらだ。


 ライカが側にいるこの環境で、ウルフ隊相手にそんなリスクを背負いたくはない、というだけだ。

 逆にそんな理由でもなければ、ライカを差し置いて、こんなよくわからないことしたくはない。

 正直、そう思う。


「で、相手は誰? ひょっとしてレイ!?」


 桂木は目を輝かせながらそう聞いてくる。

 一体何がそんなに楽しいというのか。


「落花」

「え……ミサちゃん?」


 と、落下の名前を出した途端、桂木は不思議そうに目を丸めた。


「なんか、気になることが?」

「いや、ただ意外だなあって。てっきりレイかナナちゃんかと思ったんだけど」

「その二人だと、意外じゃないのか?」

「あ、まぁ……あーいや、そこは重要じゃなくてね」


 と、桂木はなぜか回答をはぐらかし、話を続ける。


「と、とにかく明日が重要な日だということはわかりました! ライカのことは私に任せて、楽しんできなさい」

「いや、なるべく早めに完了させて、合流する。その時に経過報告を聞かせてくれ」


 デートというのはやったことがないが、二人組エレメントで事前に計画した箇所を訪問するタスクだと聞く。

 攻撃や防衛であればともかく、訪問するだけであれば、そこまで時間はかからないはずだ。

 ライカの整備には十分に間に合う。


「ダメです」

「なんで……?」


 バッサリと桂木に拒否され、思わずそんな言葉が出てしまう。

 どういうことかと思っていると、桂木は続けた。


「せっかくの初デートなんだから、一日フルに使って楽しんでらっしゃい。その日だけは私がライカの面倒を見ます」

「しかし――」

「ニッパー、アナタは少しライカ離れが必要よ。それに自分からした約束だからっていうなら、そんな雑に片付けるのはダメなんじゃない?」

「む……」


 そんなことを言われ、思わず閉口してしまう。

 ライカ離れ云々は微塵も同意できないが、約束に関しては全くもって桂木の言う通りだ。


 自分から言っておいて、気が乗らないからぞんざいに処理するなど、矛盾している。

 言動に矛盾を生じさせるのは、今後の俺とライカの活動に不要なデメリットを生じさせる恐れがある。

 それは避けねばならない。


「……そうだな、わかった。明日一日は、デートのタスクに集中する」

「タスク呼ばわりはどうかと思うけど……まあ、わかってくれたんならいいわ」


 嘆息しながらも、どうやら納得してくれたようだ。

 よし、紆余曲折はあったが伝えるべきことは伝えた。

 今日他にやることは、もうないはずだ。

 シャワーを浴びて、寝床で買った本でも読もう。


「じゃあ、俺はそろそろ部屋に戻るよ」

「ええ、おやすみニッパー。明日は気合い入れておめかしするのよ?」

「おめかし? なんでだ?」


 素直に疑問に思ったことを聞いた。

 しかし、何か気に入らなかったのだろうか。

 桂木は俺の言葉を聞いた途端、柔和な笑顔から一気に無表情に変わった。

 ……なにか失言したかもしれない。


「……ニッパー」

「ふむ」

「まさかとは思うけど、いつものヨレヨレシャツとジーンズで行くつもりじゃないでしょうね?」

「ああ、その予定だ」

「ッはぁ〜……」


 と、彼女は俺の返答に対し、酷く大きな溜め息で応えた。

 なぜかはわからないが、本当にどうしようもないものを見る目を、俺に向けている。

 なんだろう、いつもの服って、何か問題があるのだろうか?

 一応、清潔な服を選んでいるつもりなのだが。


「……まあ、もう服屋さんも閉まっちゃってるし。あの子達ならわかってるか」


 と、なにやら納得したようで、もはや諦め切ったように肩をすくめた。


「ごめんなさい、なんでもないわニッパー。改めて、おやすみなさい」


 そう言って桂木は手を振る。

 なにがなんだか理解できないが、とりあえずは問題ないらしい。

 とりあえず俺は手を振り直して、部屋を後にした。


 ……おめかし、したほうがいいのだろうか?

 理由は皆目わからないが、とりあえず明日は、一等シワの少ない服で挑むことにした。





 *





 ――翌日、日課の身体調整が終わった後。

 俺は落花に指定された場所に、指定された時間に到着するように向かっていた。


「この辺りのはずだが」


 指定された場所は、ラヴェル内のとある繁華街エリアだった。

 カフェやレストラン、ブティックが集合している商業的な場所らしい。

 ウルフ隊が常連のカフェも、確かこの辺だったっか。

 平日とはいえ放課後だからか、人やフェアリィでそこそこ賑わっていた。


 さて、待ち合わせの周辺に到着したはいいものの、肝心の落花の姿が見当たらない。

 まだ時間前だから来ていないのだろうか。

 まあ、それなら待てばいいだろう。

 気になること・・・・・・はあるが、それは来たときに聞けばいい。


「おりゃ!」


 ――すると、突然そんな声がした。


「うっ……!?」


 その矢先、頭に衝撃が走る。

 何事かと思って、後ろを振り返ってみる。


「へへ〜、ボケっとしてるからだよ。ランバーだったら死んでたね」


 ……そこには知らない女性がいた。

 誰だろうか? 声は落花とほぼ同じだが、髪型や服装が違う。

 顔もかなり近いはずだが、少し雰囲気が違うような気がする。


「……え、なに? その不思議そうな顔」


 女性は黙っている俺を不審に思ったのか、顔を覗き込んでくる。

 ふむ、このまま黙ってても埒があかないか。


「失礼ですが、どちら様で?」

「ミサだよ! え、嘘でしょ!?」

「顔が違う」

「化粧だよ! 今日はちょっと変えたの!」


 どうやら落花だったらしく、自分の顔を指差しながら怒っていた。


「すまない、失礼した」

「……本当にわからなかったの?」

「ああ、顔と服が普段と違っていたからな」


 落花とわかった上で彼女を見ても、やはり普段の様子とは異なっている。

 服はいつもの制服ではなく、丈の短いホルターネックのシャツに、スリムなジーンズを履いていた。

 化粧も相まって、普段の彼女より大人びて見える。


「……それで、ニッパーくんは普段のラフなカッコのまんま?」

「ああ、まずかったか?」

「マズイかマズくないかでいうと、マズイねえ」


 ――こりゃ苦労するよ、ナナ。

 なんてことを、落花は小声で呟いた。

 なぜここで天神の名前が出てくるのだろうか。


 わからない。わからないことだらけだが、とりあえず今わかっていることは、落花は今の俺を見て嘆息していると言うことだけだ。

 昨晩の桂木とまるで同じ表情をしていた。


「……さてと、じゃあ気を取り直して」


 こほん、と一回咳払いをして、落花は俺を見つめた。


「……で?」


 と、彼女は聞いてきた。


「は?」


 なんのことかわからず、俺は思わずそう返事する。

 するとそれが良くなかったようで、彼女は再度呆れたようなため息をした。


「もう、服の感想だよ、感想! デートっていうのは、まずおめかしした女の子を褒めるところから始まるの!」

「む……ふむ、そういうものか」


 どうやらデートというタスクには手順があるらしく、落花はそれを心得ているらしい。

 俺もある程度インターネットなどで、爪先程度には調べはしたが、やはりそれでは付け焼き刃にもならないようだ。


 デートの成功率を上げるためにも、知識の豊富な落花に従ったほうがいいだろう。

 少なくともそのほうが、スムーズに遂行できるはずだ。


「そうだな……大人びていて、すごく綺麗だ。正直驚いた」


 と、思っていることをそのまま言った。

 フェアリィの例に漏れず、落花もやはり端正な見目をしている。

 褒めるとすれば、服装や化粧と相まって、こういう感想が思いつくわけだが。

 どうだろう、これでいいのだろうか?


「……むー」


 しかし、なにやら落花は難しい顔でうんうんと唸っていた。

 これではダメだ、ということだろうか?


「……これ私がチョロいだけ? いやでも、あんな真剣な感じに言われちゃさぁ……」

「なんか言ったか?」

「あーいや、なんでもない――うん、まあ及第点かな」


 落花はなぜか目を逸らしてそう答える。

 とりあえずはこれでいいようだ。

 ひとまずは安心、というところか。


「さてと……それじゃ、スタートダッシュも済んだところで、行こうか」


 そう言って、落花は俺を手招きした。

 歩行速度を彼女に合わせて、横に並んで歩く。

 ようやく本格的なスタート、ということだろう。


「ふーん」

「どうした?」

「別に……まず服屋に行こっか」

「服を買うのか?」

「ニッパーくんのね」

「俺の?」

「そんなダサい服で、一緒に歩くのヤなの」


 よくわからないが、嫌らしい。


「でも」


 と、落花はこちらを見て、笑いながら続けた。


「そのあとは、ニッパーくんの行きたいとこ行こうよ」

「そんなもの、ないぞ」

「じゃあ考えて。いろいろ教えてよ、君のこと」


 いきなりそんなことを言われた。

 つまり服を買ったあとは、俺がデートのプランを作成しなければならない、ということだ。


 ……わからない。なにをすればいいのか、皆目見当もつかない。

 ひょっとしてデートというのは、下手な作戦より高度なものが求められるのだろうか?


 どうにしろ、後戻りはできない。

 約束をしてしまったのだ。敢行する以外の選択肢はないだろう。

 理解のできないことばかりだが、やるしかないのだ。



「い、行きました!」

「追うわよ」



 ……理解ができないといえば、そういえば落花に聞き忘れていた。

 なんで天神とレイがこちらを尾行しているのだろうか?


 不可解なことに混乱しきった脳で、改めて考える。

 やはり、デートというのは俺が思っていたよりも、よほど難しいミッションらしい。

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