火薬臭い職場見学

 マーティネス支社にある司令部。

 同社が管理する街の全域を監視できるその部屋の中で、騒がしい職員たちの話声をバックグラウンドに、桂木シズクは呆然と、メインモニタの情報を見ていた。


 突如現れた、極超音速の飛翔体。

 シズクはその速度を出せる有人戦闘機に心当たりがあった。

 当然だ。

 彼女こそが、その生みの親なのだから。


「ニッパー……」


 思わず彼女は、小さくそう呟いた。

 なぜフェアリィと一緒に行動しているの?

 どうしてここに来たの? 

 メッセージは届かなかったの?


 彼に対して、聞きたいことや言いたいことは山のようにある。

 だがそれでも、今この場で、その姿をモニタ越しに確認した途端、全てが頭から飛んで行ってしまった。


 彼は生きていた。

 ライカと供に、あのブラックフットを抜け、悠然とこの空を飛んでいる。

 先ほどの高速が嘘のように、泳ぐような、優雅な飛び方で、ランバーを屠っている。

 それを目に焼き付けたが最後、シズクは自身の考えを、改めるほかなかった。


 シズクはその光景を見て、無自覚ながら震えていた。

 ライカのその圧倒的な制空性能、そして踊るような飛び方を見て、全身が寒気だつのを感じた。

 

 彼女は思う。

 私はなんて浅慮だったんだ。

 企業に立ち向かうなんて、馬鹿な考えはやめろ、ですって?


 バカはどっちだ?

 あれは、大多数のランバーに対して、たった一機で制圧できるように設計した、最強の戦闘機なんだ。

 そして、ニッパーはその戦闘機に適合する、現状唯一のパイロット。

 ブラックフット程度で、堕とせるわけがない。


 いや、違う。

 あの戦闘機は、離陸さえしたらもう、誰にも堕とせない。

 少なくとも、今確認済みの兵器にも、ランバーにも。


 そして、フェアリィにすら。


 シズクは身震いした。

 ニッパーが生きていたことによる嬉しさからか。

 それは、最強の兵器を自らの手で創り出したことによる興奮か。


 それとも、人の手に負えない兵器を生み出してしまったことへの恐怖か。

 彼女自身も、それはわからない。



 そして、そんなシズクの心情など知る由もなく、キール・セルゲイは焦りと恐怖によって、震えていた。

 その原因は言うまでもなく、ブラックフットを極超音速で無理やり突破し、今なお平然とこの街の空を飛んでいる、『あの戦闘機』のせいだ。


 その戦闘機は今、フェアリィ達と共に街を飛び回っている。

 月のない夜空に、時折、閃光のような光が眩く現れる。

 それは、彼らがランバーを撃破したことによって発生するものだ。

 爆発の直後、ランバーの反応がレーダーから消えることが、それを何よりも証明していた。


 こんなはずではなかった。そうキースは思う。

 予定では、あの戦闘機はブラックフットにより撃墜されるはずだった。

 あとは撃墜された残骸を回収し、マーティネス本社に譲渡すればいい。

 それだけの簡単な仕事のはずだった。

 明日の今頃には、自分は全ての仕事を終えて、これからくるキャリアアップに思いを馳せ、とっておきのウォッカでも開けようという算段だった。


 だが、そんな未来は来ない。

 レーダーに映っていた、最後のランバーの反応が消失したのを見届けたことで、キールはそれを確信した。


「……ランバー、イーグルズ、全滅」


 キールと一緒にレーダーを見ていた職員が、言いにくそうに、しかし報告した。

 そんなことは言われなくてもわかっている――キールは職員にそう怒鳴り散らしたかったが、しかしできなかった。

 それができない程、彼はこの事態を受け入れられず、八つ当たりの言葉すら、とっさに言語化できなかったのだ。

 結果、キールの憤りは手近な机を力いっぱいに殴りつけるという、簡素かつ原始的な方法で発散された。


 職員が先に言った『イーグルズ』とは、ランバーのタイプのひとつ、イーグル型十数機で構成された部隊のことだ。

 イーグル型は、空対空への対応力と、上昇力、速度に特化した拠点防衛型の機体で、俗に言うところの要撃機インターセプターに分類される機体だ。

 このタイプは粘り強く、こと拠点防衛を軸とした連携は見事なもので、複数機相手ならば、フェアリィでさえ手こずる難敵だ。


 それが、ものの十分も経たずに全滅した。

 あの戦闘機はなんだ?

 フェアリィ達すら凌ぐ攻撃性能と速度。

 あれは、本当に有人戦闘機なのか?


「セルゲイ本部長!」


 そんな恐怖と怒りと焦りがないまぜになっている中、キールはもう一人の職員に名を呼ばれた。


「なんだ! まだ何かあるというのか!?」


 もはや怒号とすら言える大声を出し、キールは職員に目を向ける。

 すると職員は、青ざめた顔をしながら、言った。


「ブラックフットの発信源が、フェアリィのAWACSに逆探知されました」

「……なん、だと?」

「フェアリィ達がこちらに向かっています。我々が彼女らに攻撃を行ったことが、判明してしまったかと――」

「バカな!」


 職員が言いきる前に、キールはその言葉を否定する。

 それには少なからず、彼自身の願望も入っていた。


「そんなはずはない、ブラックフットのセキュリティにどれだけのコストをかけてると思っている! たかだかフェアリィ一人がハッキングしたところで、どうにかなるものではない!」


 キールのその言葉は、しかし事実だったろう。

 ブラックフットは本来ランバーではなく、ランバーが現れる以前、敵対企業やテロリストなどの攻撃を想定した。いわゆる人が作った兵器を想定したものだ。

 そのため、ハッキングを避けるためのセキュリティは十重二十重に設置されており、少なくとも、この短時間で突破できるようなものではない。


 キールがそう考えていると、まるで彼の思考を否定するかのように、部屋のスピーカーからノイズが発生した。

 その場にいた全員が、部屋の天井に設置された大型のスピーカーに目を向ける。


「確かに、結構骨が折れましたよ」


 すると、突如スピーカーから、そんな声が響いた。

 気怠そうではあるものの、まだあどけなさが残っている、少女の声。


 逆探知してきた、フェアリィのAWACSだ。

 キールは声を聴いた瞬間、それを確信した。

 今この瞬間、ここに一方的に通信をかけれるものなど、それ以外にいないだろうから。


「急なご連絡失礼します。こちらはアジア第3ラヴェル所属、ウルフ隊4番、大羽リリアです」


 形式ばった挨拶をリリアは一通り行った。

 キールはそれに対しどう返答しようかを悩んだが、それを待つ間もなく、リリアが続けた。


「さて、こちらに連絡させていただいた理由は、お分かりですね?」


 是非を問わぬその口調は、丁寧ながらも怒気を含んだものだった。

 か細い、鈴のような少女の声が、どうしてこのような圧力を生じさせるのか。

 桂木シズクは雰囲気にのまれ、そんなことを考えていた。


「い、いや、誤解しないでいただきたい。我々もランバー相手に苦労しててね。ダメもとで起動したブラックフットが、どうやら、間違えて君たちを補足してしまったみたいで……」


 キールは矢継ぎ早にそう捲し立てる。

 よくもまあ、この場面でこうまで舌が回るものだとシズクは少し感心した。


「……はあ、なるほど。ダメもとで、ですか」


 それを聞いたリリアは、呆れたような口調でそう返した。

 それも当然だろう、とシズクは思う。

 ダメもとで起動してランバー下で動くのなら、誰も苦労しない。

 自分だって、ライカをランバーのEMPを喰らっても動けるようにするために、どれだけの心血を注いだことか。


 ただ、この場でキールはそう言うしかないだろう、というのは彼女も理解できた。

 ここで意図的に彼女らを狙ったことを公言してしまえば、それはすなわち、人類に対し宣戦布告したことと同義だ。

 マーティネス本社の知らないところでそんなことをしてしまえば、彼の願うキャリアアップは水泡に帰すだろう。

 いや、それどころか、マーティネスの信用を失墜したとされ、トカゲの尻尾きりの挙句、口封じに暗殺される可能性もある。というより、間違いなくそうなるだろう

 となると、彼は過失だと言い張るしかないのだ。

 たとえそれが一縷の望みも無いとしても、そう言うしかない。

 そういう状況なのだ。


「あ、ああ! すまないね、何だったらログを後日送信しよう。私の言ったことが本当だとわか――」

「ああ、それには及びませんよ」


 と、リリアはキールの声を遮り、そう言った。

 どういうことだ、とキールは疑問に思ったが、その回答は、彼女がすぐに答えた。


「今、回収いたしますので」


 すると、どこかから音がした。

 コンコン、と、ノックでもするような音。

 キールがその音の方向を、ゆっくりと向いた。


 窓の外に、少女がいた。

 腰まである長い黒髪を携えた、小柄な少女が、空中に浮いている。

 身に着けているのは、フェアリィの象徴であるSUと、大きい鉄塊のような、銃ではない何か。

 駆藤ヨーコだ。


「怪我しますよ、離れて」


 リリアが淡々とそういった瞬間、ヨーコはその鉄塊を変形させ、高出力の光学エネルギーを、剣のように形作る。

 レーザーブレードだ。


 それを見た、周りの職員たちが悲鳴を上げながらその場から離れる。

 直後、分厚いガラスがレーザーブレードによって、甲高い轟音と共に、乱雑に切り裂かれた。


「ふん」


 ヨーコはそんな風に鼻息をして、大雑把に切ったガラスを蹴り割った。

 蹴り割った場所は当然ながら大きな風穴が出来て、上層階故にそこから風の音が大きく聞こえる。

 ヨーコはそこから悠々と中に入った。


「ちょいちょいちょい! あんま無茶しないでよ」


 すると、続いてもう一人、フェアリィが入ってくる。

 落花ミサだ。


「文句なら、こんな入りやすいところにに司令部を作ったやつに言え、ミサ」

「だからって割るこたーないでしょ」

「バカと煙は何とやらだな。企業ってのはみんなこんな場所に重要拠点を置くのか? おかげでこっちは仕事がしやすいが」

「まあ、それに関しては同意見かな」


 ヨーコとミサは言い合いながら、それぞれ別々の場所へと移動する。

 部屋の両端、そこにそれぞれ備わっているドアの横へと。

 それはすなわち、ここから出る出口の全てを、彼女らは塞いだ、ということだ。


「キール・セルゲイ本部長殿、でお間違いないかしら?」


 と、また、割られた窓の方から、新しい声が聞こえた。

 キールらが、その方向に注目を集める。

 そこには新たに2人のフェアリィが現れていた。


 一人は小柄で、絹のような白く長い髪を持つ少女。

 もう一人は、藍色の髪をショートボブにした、ごく普通の印象を持つ少女。

 天神ナナと、桂木レイである。


「聞こえませんでしたか? ここの責任者である、キール本部長殿はアナタ?」


 と、ナナは再び、眼を鋭くさせてそう聞いた。

 この小柄で端正な顔から発せられているとはとても思えない、悪魔のような、有無を言わさぬ圧力。


「……ああ、私だ」


 それにこれ以上耐えられないとばかりに、キールはそう言って、ナナの前に出た。


「……お姉ちゃん?」


 すると、レイが不意にそんな声を出した。

 その目線の先は、彼女の、たった一人の家族。


「レイ……」


 シズクは、レイを見た瞬間、様々な感情に襲われた。

 数年ぶりにあった嬉しさと、自分の行ってきたことに対する恥ずかしさと、罪悪感。

 それらが全てないまぜになり、彼女は思わずレイから目をそらしてしまった。


「レイ」


 レイがシズクに対して何か言おうとしていたところを、ナナは制止した。


「今は、他に優先すべきことがある、いいわね?」

「……はい!」


 ナナのその言葉で、レイは今やるべきことを思い出す。

 彼女は速足で移動し、何個かある端末の、その一つの前に立った。


「キール・セルゲイ本部長殿」


 すると、ナナは冷たい口調で、その名を呼ぶ。

 死刑執行の判決を言い渡すかのように、淡々と。


「アナタには、対空防衛兵器ブラックフットで、こちらを意図的に攻撃した疑惑が上がっています。これは、企業連合条約第21条に抵触する行為です」


 ナナが言った企業連合条約とは、マーティネスなどの大企業が参加している、企業同士での争いを禁止する条約だ。

 その第21条とは、ざっくばらんに言うと、ある企業が他企業の所属者に対して、意図的に攻撃してはいけないというもの。


 無論、これの対象には、企業から支援を受けてるラヴェルも含まれる。

 これを破った者は、人類に盾突くことと同義と見なされ、社会的に抹殺されるほか、詳細不明の『事故死』をすることで知られている。

 所謂、鉄の掟という類のものだ。


「だ、だから言ってるだろう! あれは事故だ。記録は後日渡すから、それではっきりする!」

「いいえ、改ざんの可能性を考え、今受け取ります」

「なに――」


 キールが言いかけたところで、レイがナナの下に戻ってきた。

 手には、何やら小さなカードのようなものを持っている。


「ナナさん、このビルと、ブラックフットの3日前までの稼働ログ、コピーしました」

「ご苦労様」


 レイの報告に、何でもないようにそう答えるナナ。

 しかし、それを見たキールは逆に、より焦りが顕著になった。


「な……それは企業秘密だ! 越権行為ではないのかね!?」

「条約違反の疑惑があった者に対しては、その場で情報開示を求める権限が、フェアリィには付与されています」


 その言葉を聞いて、キールは押し黙るしかなかった。

 唇を強く噛みながら、彼は思う。

 クソ、クソ。どうしてこんなことになった。

 本当なら、今頃はあの忌々しい戦闘機の撃破報告を聞いて、気分良く床に就けているはずだったのに。


 まずい、あのログを見られてしまったら、こちらが意図的に攻撃したことが、記録として判明する。

 そうなればもう、キャリアアップどころではない。

 社会的な死――いやそれどころか、マーティネスに殺される。

 足切りをされるには、私は知りすぎた。

 必ず、誰かが私を暗殺に来る。


 いやだ、死にたくはない。

 死にたく――。


「ボギー1、インバウンド! 近い、いつの間に……!」


 唐突だったその言葉は、リリアから発せられた。

 新たな敵機。増援。


「くそ、こんな時に!」


 その場にいる誰もが、予測外のその事態に動揺した。

 それは、フェアリィ達も同じだ。

 その一瞬の隙を、キールは見逃さなかった。

 キールは懐に隠し持っていた、小型の拳銃を、レイのメモリ・カードに向けた。


「ッ! レイ!」

「え?」


 それに真っ先に気づいたのは、シズクだった。

 とっさにシズクはレイを押しのける。


 そして、乾いた発砲音が響いた。


「うぐッ!」

「お姉ちゃん!?」


 キールが放った弾丸は、肩をかすめた。

 致命傷にこそならなかったが、そこから血が赤黒く、彼女の服を侵してゆく。


「クソ、クソ! どいつもこいつも邪魔ばかりしやがって!」


 メモリの破壊に失敗したことに悪態をつきながら、キールは急に駆け出す。

 その先は、先ほどヨーコが割った、ガラスのない場所だ。


「しまったッ……待ちなさい!」

「やけになって飛び降りるつもり!?」


 ナナとミサがそう言いながら、キールに銃口を向ける。

 しかし、その姿から殺気は感じられなかった。


 それも当然かもしれない。

 彼女らはあくまで、ランバーを倒すための存在だ。

 人と闘う訓練も、人を殺す訓練もしていない十代の少女たちにとって、その引き金はあまりに重い。


「終われない……こんなところで、私はまだ終われないんだ!」


 キールがそう言った直後、ビル風の轟音の中に、別の音が、その場にいる全員に聞こえた。

 ローター音だ。

 なんだ、と思う間もなく、それはキールのすぐ後ろに現れた。

 その瞬間、そこから眩い光が全員の目を指す。


「へ、ヘリィ!?」


 ミサは呆れかえるように、そう驚愕した。

 そう、そこに現れたのは、脱出用なのであろう、小型のドローン・ヘリコプターだった。


「なるほど、ここは入りやすいが逃げやすくもあるのか。だからこんなところに司令部を――」

「感心してる場合じゃないでしょうが!」


 ヨーコの冷静な分析に、ミサはそう突っ込みを入れる。


「……バカね、ヘリでフェアリィから逃げれるはずないでしょ」


 ナナのそんな言葉も聞かず、キールは垂れたタラップをよじ登り、ヘリに乗った。


「そうだ、まだ終われないんだ、終われない……」


 もはや呪文のように、キールは繰り返しそう唱える。

 その顔はもはや平時の鋭さはなく、ひどく怯えた、弱弱しい印象を持った表情だ。

 ヘリはキールが乗り込むのをセンサで確認し、ビルから離れ始める。


 すると、リリアから無線が入った。


「ナナ、ボギーからミサイル! そっちに行った!」

「ッ……全員DIRCM起動!」


 彼女のその叫びに、ナナは即座に対応し、全員に指示を出す。


「リーダー、高出力のこのDIRCMだと、ここの人に被害が――」

「ミサイルで死ぬよりマシ! やりなさい!」

「ッ……了解!」


 ナナの有無を言わせぬ命令に、ミサはすぐに懸念を引っ込め、DIRCMを起動した。

 ミサイルが迫ってくる。


「まだだ、まだこれから、私は伸し上がっていくんだ……」


 ビルから少しずつ離れながら、キールは尚もうわごとを続けていた。


「やっとここまで来たんだ。貧乏に耐えて、いじめに耐えて、酔っ払いの親父の暴力に耐えて……やっと、やっと勝ち組への道が見えてきたんだ」


 ヘリに揺られながら、彼は何か思い出したように、声を震わせながら独り言を続ける。


「生まなきゃよかっただなんて言うなよ、母さん……俺立派になったよ。金も地位も、アンタらじゃ足元にも及ばないくらいのが手に入ったんだ。これで婆ちゃんだって、もっといい介護施設に入れてやれるんだ」


 すると、ヘリの前から、高速で飛翔体が迫ってきている。

 ヘリのAIは回避行動を取るが、振り切れない。

 キールは、それに気づかない。


「ああ、でも、婆ちゃんはもう死んだんだ! 俺のこと恨めしそうに見てた! 違うんだ婆ちゃん、俺は嘘なんかついてない! 間に合わなかった、金が間に合わなかったんだッ……」

「そこのヘリ、ミサイルが迫ってきてる、脱出して!」

「チクショウ、チクショウ! 今に見てろよ、親父も母さんも、俺をバカにしたやつらも、帰ったら俺の権力で……」


 リリアが標的がヘリであることに気づき、警告をする。

 だが、やはり、キールには聞こえない。

 ミサイルが、ヘリの目の前に来た。



「……あれ? 帰るって、どこに――」



 瞬間。

 爆発音。

 花火のような、眩い閃光。

 ヘリは木っ端みじんに砕けた。





「……くそ」


 街から遥か高高度。

 遠くにおぼろげに見える光を見つめながら、リリアはそんな悪態をついた。

 彼女だけは、追跡のために行なっていたハッキングによって、ヘリに乗ったキールの独白を聞いていた。


「どこに帰る……か」


 キールが最後に言った言葉を、彼女は反芻した。

 なぜそうしたかは、彼女自身も説明できない。


 少し街の光を見つめた後、しかしリリアは頭を振り、思考を切り替える。

 まだ敵は残っている。センチメンタルに浸っている暇は無い。

 そう判断したからだ。


「ウルフ4、現在エンジェル18、ボギー・ドープ」


 彼女のその思いに呼応するように、ある男から、無線が入る。

 自分は今高度1万8千フィートにいる。

 敵機の位置を知らせろ、といっているのだ。


「……敵機の位置を共有。ヘディング150、プレゼント・エンジェル」


 それだけ報告すればいいのだが、だがリリアは、彼にこの言葉を言うことを、我慢できなかった。


「ナナ達は、周囲の一般人の安全確保で、迎撃までに少し時間を要する。君が一番槍だ」


 この言葉に、彼はどんな意味を見出すだろうか。

 期待を込められていると取るだろうか、それとも、それ以外の別の感情を抱くだろうか。

 リリアはふとそんなことを考え、そしてやめた。


 だって、彼はただ言葉通りに受け取るだけだ。

 私の言葉に揺れ動くことなどなく、だから重荷にもならない。

 ただ任務として、私の言葉を聞くだけだ。

 だからこそ、私は彼にこう言えるのだ。


「頼んだよ、ニッパー」



了解ラジャー



 男はただ一言、そう言った。

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