気難しいお茶会

 呼び出しから戻った後は、なにやら変に忙しかった。

 病室に帰って間もないころに、峰園という、あの理事長の秘書らしい女が来たのだが、彼女が言うには、俺とライカがここにとどまるための諸々の書類を作成しろ、とのことらしい。

 それだけ言うと、彼女はすぐ出て行った。


 どうせ暇なので、俺は素直にそれに従った。

 在中証明書、分厚い規約の同意書、規約違反した際の誓約書。

 エトセトラ、エトセトラ。

 ライカに関する物は、特に注視して読む。

 くだらない理由で勝手に破棄だの改造だのされてはたまらない。


 そう言った書類の山をさばいていった。

 読んで名前の欄に『ニッパー』と書くだけなのに、量が量なのでかなり時間がかかってしまった。

 窓の外を見てみる。

 高かった日がもう沈みきっていることが、その証明となるだろう。


 しかしこの名前で、果たして効力があるんだろうか?

 そんなことを考えていると、再び峰園がやってきた。

 書類を回収しに来たのだろう。


「まだ終わってない、なんていうことはないでしょうね?」


 峰園は俺を見下ろす。

 警戒の目だ。

 それにただ、束にした書類を渡した。

 彼女はそれを受け取り、素早く一枚ずつ確かめる。


「いいでしょう。これで、貴方は今日からラヴェルの一員です。芹沢理事長の期待を裏切らないよう、励んでください」


 では、とだけ付け加えて、峰園は部屋を出て行った。

 書類の山が重そうだった。


 彼女の目は、妖精たちのそれとはやや違っていた。

 こちらのことを警戒しているが、現段階では敵対まではしかねる――とでも言いたげな目だった。


 役職上、あまり安易に敵か味方かを決め付けられない性質なのだろう。

 彼女にとって俺とライカは、まだ敵対機バンディットではなく、不明機ボギーということだ。

 いや、それもまだ決められなくて、レーダーに映ったエコーじゃないかとすら思っているかもしれない。

 ボギー1、補足できない、確認されたし。なんてな。


「ふむ、さて」


 どうするか。

 輸血は作業中にとっくに終わってる。

 脚以外はすでに健康状態と言っていいだろう。

 医者が回復力に舌を巻いてたっけか。

 改造手術様様だな。


 寝る時間までまだまだあるので、一回、外に出てみようと思った。

 本でもあればそれで事足りるのだが、ここにはそれどころか読めるチラシ一枚すらない。

 暇つぶしになるものを買いに行く必要がある。

 幸い金は、理事長様から仕事の前金ということで、いくらか貰っているのだ。


 この状態なら杖の一個でもあれば、外出できるだろう。

 決まりだ。

 そう思いながら、医者に許可を取るため、ナースコールを押した。


 数分後。

 許可は驚くほどにあっさりと出た。

 ただ、フェアリィ達の占有エリア――すなわち学生寮の区域には絶対に入るなという釘は刺されたが。


 冗談じゃない。

 俺は今、彼女らにとっては敵性体なのだ。

 そんなの、脚を損傷した状態で、何の武装もせず、ハードポイントに杖だけつけて敵基地に向かうということだ。

 そんなのは、ごめんだ。頼まれたって。


 私服に着替える。

 先に建物内の購買で買った、安いシャツとジーンズだ。

 ナース曰く、建物を出て右に曲がると、商業エリアに行くための無料バスがあるらしい。

 脚に負担をかけない程度に速足で、その場所に向かう。


 バス停に着くと、ちょうど来たところのようだった。

 中型くらいのバスが、ウインカーを光らせて待っていることを示している。

 少し急いできたのは良かった。

 バスに乗って、窓際の席に座る。

 俺一人だ。

 ドアが閉まる。

 酷く静かだが、動き出したバスの音に揺られるだけの時間は、決して悪いものではなかった。





 商業エリアに着くと、先ほどまでの静寂が嘘のような喧騒に包まれていた。

 レストランにカフェ、服屋に極めつけは化粧品専門店など、大小さまざまな建物が、せわしなく明かりをともしていた。


 大半はフェアリィ向けのものだろう。

 場所が場所だから当然だが、飲食店はともかく、雑貨や服を取り扱う店は、まず間違いなく若い女性を意識したものが大半だった。

 実際、往来にいる人間の半分ほどはフェアリィだから、この予想は案外間違っていないと思う。


 ここで従事している職員は、どこで酒を飲んで、くだをまいたりしているのだろうか?

 ふと、そんなことを考えてみる。

 とはいえ、そんなことを気にしたところで詮無いだろう。

 まずは本屋を探してみようと思い、散策してみることにした。


「あれ? ニッパーじゃん!」


 すると、そんな声が聞こえた。

 今朝聞いた声だ。

 声のした方を振り向いてみる。

 

「やっほー」


 落花がいた。

 いや、後ろを見ると、ウルフ隊が全員揃っている。


「こんばんは、今朝振りね」


 と、天神。


「ああ、よく会うな」

「安静にしてなくていいの? 昨日の今日じゃない」

「走りでもしなきゃ、どうってこともない。医者のお墨付きさ」

「そう、ならいい」


 天神は無表情にそう言った。

 3週間後に作戦が控えてるから、その影響を考えてのことだろうか。


「素直に心配してたっていえばいいじゃん。何恥ずかしがってんのさ?」

「ミサ、そんなんじゃない、やめて」


 落花がからかうように天神の肩を組む。

 研究所で同じような光景を見たっけか。


「リーダーすっごい気にしてたんだよ。私がランバーを倒すのに手間取ったせいでできた怪我なんじゃないかって」

「ミサ!」


 俺に聞いてくる落花に、天神は少し強い声で制止した。


「別に、この傷は天神の行動とは関係ない。仮にそうだとしても、過去は覆らないんだ。気に病む必要性はないと思う」

「それは、そうだけど……」

「それに、アンタが悔やもうが悔やむまいが、俺の傷が癒えるわけじゃない。関係ないのに、デメリットしかないんなら、別にやめてもいいだろう」

「……ええ、そうね、そうだわ」


 彼女は先にもまして無感情なトーンでそう言った。

 少し不機嫌になったような気がする。

 落花の口ぶりから、悔やみたくないのに悔やんでいると予測したので、その必要はないと言いたかったが、どうやら失敗だったらしい。

 悔やんでいたかったのだろうか? 不思議な趣味だ。


「ね、ナナさん! ニッパーさんってすごい変な人じゃないですか!?」


 すると、レイが天神に対して同調を求めてきた。

 なにやら興奮しているようだ。


「そうね、レイ。あなたの言いたかったこと、なんとなくわかった」

「ほら、やっぱりだめですよニッパーさん! その……あの、自分には関係ないみたいな、スタンス?」


 レイは首をかしげながら言った。

 これは指摘されているのか、それとも質問をされているのか、どちらだろうか?


「あのさ、ちょっといい?」


 すると、AWACSの子が、小さく挙手をして全体に話しかける。

 全員がそちらを見ると、しかし彼女はそれを慣れたもののように、続けた。


「場所を変えない? ここはちょっと、目立っちゃう」


 そう言って、彼女は目線で回りを見るようジェスチャーした。

 いざ見渡してみると、周りのフェアリィたちがこちらを見て、何やらざわついていた。

 基本的には、ウルフ隊に関する黄色い声と、一緒にいるあの男はなんなんだ、という、少なくともポジティブな感情は持っていないであろう視線だった。


「……そうね、ゆっくり話せる場所に行きましょう」


 天神はため息を吐いた。


「ちょうどいい、ニッパー。これからみんなで3週間後の話をする予定だったの」


 3週間後。

 当然それが示すのは、今朝言われたコロニー破壊作戦のことだろう。


「アナタも来てほしい。そのほうが、伝える手間が省ける」


 ふむ。

 味方の装備なり動きなりを把握するためにも、参加した方がいいだろう。

 少なくとも、本屋で適当に過ごすよりかは、興味深い。


「わかった」


 俺がそういうと、ウルフ隊は歩きだした。

 迷いなく方向を決めたあたり、行きつけの店でもあるのだろう。

 そう思いながら、俺は彼女らについていった。





 商業地区の中でもやや閑静な場所にあったそこは、小さな喫茶店だった。


「いいとこでしょ?」


 と、落花はこちらに振り向いた。

 『いいとこ』というのは、この喫茶店が発する情緒的な雰囲気を感じ取って、そう表現しているのだろう。


「入りましょ」


 天神がさっさとドアを開け、中に入る。


「もう」


 そう嘆息した落花も、他のウルフも同様に続いた。

 俺もそれに倣う。


 中は薄暗く、テーブル席が2つだけあった。

 どちらも、入り口から席の人が見えず、面している窓も、奥の方の席だけカーテンを閉めていた。

 なるほど、ここはウルフ隊御用達の、お忍びスペースということか。

 恐らく、天神達が口外できないような話をするときに、しばしば使うのだろう。

 少なくとも、ここならフェアリィに見つかって、あれこれ言われることもないだろう。


「いらっしゃい」


 エプロンを付けた男性が現れた。

 おそらくここの店主だろう。

 彼は俺を見て、目を丸くしていた。


「ラヴェルで男連れとは珍しい。ナナちゃん、どこで引っ掛けたんだい?」

「……そ、そういう冗談は好きじゃない」

「ダメだよマスター、リーダー、こういうのはてんでお子様なんだから」


 そういう落花を、天神は不本意極まりないといった顔で睨みつける。

 店主は笑っていた。


「まあ、冗談はさておき、席は空いてるよ。ご注文は?」

「私たちはいつも通りで、ええと」


 と、天神はレイのほうを見た。


「レイも初めてよね。何か飲みたいものある?」

「え? ええっと……じゃあ、オレンジジュースあります?」

「ええ」

「じゃあそれを」


 レイの答えを聞くと、天神は俺のほうを見た。

 俺も注文しろということだろう。


「俺もオレンジジュース」


 何があるか聞くのも面倒だったので、レイと同じものを頼んだ。

 奥のテーブルへ移動し、全員が座る。

 俺の隣は、AWACSの子だった。

 それで、彼女の隣が、ランバーを斬った子

 AWACSがふと、俺を見る。


「……そういえば、私たち自己紹介がまだだったね」


 AWACSが自分を指さす。


「私は大羽リリア。もう知ってると思うけど、ウルフ4でAWACS。それで――」


 言いながら彼女――大羽は、ランバーを斬った子を指さした。


「こっちが、駆藤ヨーコ。ウルフ3、うちの切り込み担当」

「ん」


 大羽の紹介に、ヨーコはただ会釈で返した。

 これで、一応は全員の名を聞いたことになるだろうか。


 店主が、注文していたものを全員分持ってきた。

 全員飲み物かと思ったが、ケーキが5,6個ほどあった。

 天神がお礼を言い、それらを受け取る。


「ヨーコ、いっつも思うけどそれで太らない?」

「太らん。動いてる」


 落花の言葉に、ヨーコはそれだけ伝えた。


「はいはい」


 拗ねるような口調で落花は返答した。


「じゃあ、いい? 3週間後についてだけど」


 天神は今回の本命話を切り出した。

 3週間後のコロニー破壊作戦の、プリ・ブリーフィングをしたいのだろう。


「て、言ってもさあ」


 と、落花。

 飲み物のマドラーを回しながら、俺のほうを傍目で見た。


「聞くことなんて決まってるんでしょ? ニッパーくんのあの戦闘機を知りたいってだけ」

「……どういうことだ?」


 落花の言葉の意図が測り兼ねた。

 すると、大羽が俺に対して、口を開く。


「要は、今回やるコロニー破壊作戦って、定期的にやる大規模作戦でさ――普段はこんな話し合いしなくていいんだけど、今回はとびきりのイレギュラーが来たから」

「俺たちか」

「そう」


 大羽は一息。

 一旦、頼んだココアを口につける。


「ふう……それで、確かに君の戦闘機はすごいけど、未知数で、言い換えると、不安要素が多いんだ」

「ふむ」

「だから、君に直接聞こうと最初は思ったんだけど――大人数で病室に押し掛けるのもどうかと思ってさ。ここでみんなの疑問点をまとめようとしてたってわけ」


 彼女の説明で、ようやく合点が言った。

 味方が得体のしれないUFOでは、他の味方のメンタルに、かなりネガティブな影響が出ることは、想像に難くない。 

 もし急に暴走して、自分にAAMを撃ってきたら……などと考えて手は、ろくに編隊も組めないだろう。


「でも、運よくアナタと鉢合わせた」


 と、天神は大羽の言葉に続く。


「この際だからはっきりと聞きたい。あの戦闘機は、なに?」

「随分と抽象的な聞き方だ」

「武装やカタログスペックは後で聞く。重要なのは、貴方があの戦闘機をどう捉えているか、ということ」


 天神のその問いに、難しいと感じ、同時に感心した。

 自分の命を預ける装置を、お前はどう思っているのか、という、見ようによってはかなりスピリチュアルな質問。

 だが、そうではない。

 彼女が意図すること。恐らくそれは、戦場での在り方を問うているのだ。


 頼れる相棒か、ただの道具か、自分を守る砦か。

 個々人で意見は分かれるが、一貫してそれは、それを使ってどう戦うのかを示す言葉となるだろう。

 それはカタログスペックなどよりも、よほど正確に戦い方を予測できるものだ。

 彼女のような強者は、特に。


「それで、どう?」


 天神は短く、そう聞いた。

 彼女のコーヒーは、一口分も減っていない。


「主だよ、俺の」


 臆面もなく、俺はそういった。

 天神は、意味がわからない、と言った顔だった。

 他の面々も同様だ。


「……どういう意味?」

「俺は、彼女のパーツだ。彼女を動かすためにいる。だから彼女を飛ばして、戦う。それ以上のことはないよ」

「なるほど、変だね」


 天神との会話に割ってくるように、落花は俺に向けてそんなことを言った。


「あんまり兵器を擬人視しないほうがいいよ? 結局機械は人間と違って、意思なんかないんだから」


 少し困ったような目で、彼女は俺を見る。

 狂人でも見るような目だ。

 狂人を、諭す口調だ。


「意思の有無は関係ない」

「え?」

「言っただろう? そうあるだけだ。俺も、あの戦闘機も。飛んで、戦って、いつか堕ちる。それを遂行する。ほかに必要なことなんかない」


 それでいいはずだ。ほかに言いようもない。


「で、でもニッパーさん、そんなの――」

「そんなの、人間じゃないよ」


 レイの言葉を遮って、落花はそう言った。

 人間じゃない、ときたか。


 スプートニク研究所で、23番に言われたことを思い出す。

 仮に俺が人間じゃないとして。

 俺が実際に生体部品で造られた機械だとして。

 そこにどういう問題が発生するのか。

 人間だった場合とどういう差分が生じるのか。

 俺には理解できない。


 なぜみんな、人間に意思というものがあると決めつけてるのだろうか。

 意思の有無で、何が変わるというのか。

 それが有ろうと無かろうと、やることは何も変わらない。

 ならば、何も困ることはないはずだ。

 それとも、意思というものの存在意義を理解できれば、桂木の気持ちも少しはわかったのだろうか。


「いいじゃないか、別に」


 そう言ったのは、駆藤だった。

 口周りが真っ黒になっている。

 大羽はそれを見て、ため息をした。


「……チョコケーキ食べながら言っても締まらないよ、ヨーコ」

「こいつほどイカレてはいないが、私も似た考えだ。斬って、食って、寝る。それをしたいから戦ってる。シンプルでいい。意志云々の話は、よくわからんが」


 そう言いながら、ヨーコは再び目をケーキに向けた。


「とりあえず、ニッパーの意見はわかった。少なくとも、こちらに敵対行動をとる傾向にはないと見ていい」

「で、でもさ、ナナ――」

「ミサ、気持ちはわかる。けれど、思想と利害は分けて考えて」

「……わかったよ、リーダー」


 少し拗ねたように、落花は言った。


「ニッパー」


 天神が、俺の名を呼ぶ。


「貴方の考えはわかった、そのメンタルだったら、戦闘時に問題はないと思う――けれど」


 彼女は少し言いよどんで、続けた。


「あまり良い考え方とは、言えないと思う。うまく言えないし、差し出がましいようだけど、その……それはすごく、寂しいことに思える」


 彼女の表情は、複雑だった。

 ネガティブな感情が、いろいろミックスされたような。


 天神からの質問は、どうにもうまく答えられない。

 なぜ彼女の問いは、毎回こうも難しいのか。

 そんなふうに思った。


 お茶会は、まだ少し続く。

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