少女たちが戦う世界で戦闘機に愛を叫べるか?

生カス

ご主人様は戦闘機

<ギルバート・ロッソ著『戦争と妖精』より以下を抜粋>



 10年ほど前のことだ。

 南緯48度52分、西経123度23分。

 俗にポイント・ネモと呼ばれる地点から高度5千メートルほどの場所に、直径3Kmほどの黒い球体が、突如として現れた。

 もしその地点に行くことが出来るのであれば、そして天候が晴れてさえいれば、球体の全容を見ることは恐らく容易であろう。


 もちろん、その球体がただ静かに浮いているだけであったならば、私はこの本を書かなかったであろうことは言うまでもない。

 今読んでくれている貴方も、恐らくそれは知っているだろう。


 そう、球体の発見から1年後。

 ただそこに在るだけだったはずの球体から、突如、正体不明の飛行物体が飛び出してきたのだ。


 その巨大で金属質な見た目の飛行物体は、『ランバー』と名付けられた。

 最初に口頭で聞いたとき、金属なのに木材Lumberとはどういうことかと思ったものだ。

 それが発見者であるランベルトLambertから取った名前だということに気づいたころには、近辺の国が2、3個壊滅していた。


 ランバーの攻撃性とその規模を脅威とみなした人類は団結し、ランバーの撃破というその一点において、一丸となって奮闘したといっていいだろう。 表向きは、という言葉さえ頭に入っていれば、これに嘘はないはずである。

 その結果、必然か偶然か、人類はある一つの兵器を開発することに成功した。


 特殊飛行装置『シルフィード・ユニット』。


 通称『SU』と呼ばれるそれは、主に脚部に装着するユニットと、背中、あるいは腰部分に装着するスラスターから構成されている。

 これを装着した者は、成層圏以下の高度でなら、ワルツでも踊れるくらいの圧倒的な機動性を会得できるほか、体力と自己再生能力を飛躍的に上げることもできる。


 この高級なユニットと専用の武器を持ち、ランバーを打ち破る力を得た少女達。

 それこそが、ここ近年で目覚ましい活躍をしている『フェアリィ』である。


 フェアリィは、人類の切り札であるSUを装着することができる、唯一の存在と呼べるものだ。

 不可解なことに、これを満たすことが出来る者は、皆が皆10代の、少女と言って差し支えない年齢の女性なのである。


 その強大な力と、そして美しさを持ったフェアリィはこの世界において、当然のように救世主となった。良くも悪くも。

 世界を席巻する大企業たちが、フェアリィ達から生み出されるであろう利益を見出し、故にその性質からくる不安定さを払拭したいと思い至ることは、ある種の必然であろう。


 フェアリィが世間に認知され始めたころには、既に各企業は、それぞれが『ラヴェル』という名前の養成機関を各所に創設し、フェアリィのサポートと保護というお題目を掲げたうえで、彼女たちの配属を義務付け、育成、管理を行っていた。


 今や、我々が住む街が焦土に変わるか否かを決めるのは、ランバーとフェアリィの戦争であるのは言うまでもない。

 しかし、どうだろう? 結局それを決めるのは、フェアリィを管理し、討伐するランバーの優先順位を選べる企業である気がしてならない。

 結局のところ、ランバーが出現する前と変わらず、一部の大企業が形骸化した国家の代わりに、世界を動かしているという図式はそのまま続いているのだ。


 私は思う。人類はランバーの出現で手を取り合ったにも関わらず、その有様は一層醜くなったと。いや、今回の戦争でより顕著になっただけというべきか。

 年端もいかぬ少女達を戦場に出し、広告塔に仕立て上げ、その利益を大人たちが貪っているその様を、凄惨と言わずなんと言えるのか。


 そう考えると、ランバーという存在が、私には天使にも見えた。

 かつてソドムの町を焼き払った。

 人の業を洗い流すために遣われた。

 巨大な天使に。





 *





「28番、時間よ」


 ドア越しに、もはやすっかり聞き慣れた職員の声が聞こえると、俺は読んでいた本を閉じ、けれど持ったまま立ち上がった。

 ドアを開ける。

 やはり見慣れた顔。この研究所では幾分か柔和な表情の職員だった。


「おはよう」

「ああ」

「ほらもう、しゃきっとして。今日は待ちに待った、アクチュエータのテストなのよ?」


 職員のその言葉に、ただ頷いた。確かに待ってはいたが、大げさだと思う。

 けれどそんな、頭で思ってるだけの所感に気づかれるはずもなく、彼女は急かすように廊下へと、踵を返した。

 それに追従して、廊下に出る。

 相変わらず無機質な、映画で見た精神病院みたいな廊下だ。


「その本」


 彼女は歩きながら、傍目で俺が持っている本を見た。


「意外ね、貴方がそういう本を読むなんて」

「そういう?」

「だってその本、ロッソでしょ? 終末主義者って噂の」

「ああ」


 言われて、そう言えばこの本の著者がそんな風に言われているのを、TVで見たのを思い出した。


「共感するの?」

「いや」

「あら、じゃあなんで?」

「暇つぶしだよ」


 嘘ではない。この場所は実際、娯楽が少ないのだから。

 ほとんどのチャンネルを制限されたTVかラジオ、10年以上前の型落ちの映画が十数本程度。

 本だけはごく稀に新書が入ってくる。逆に言うと、ここでは本以外に更新される娯楽はない。

 だからこの本を読んでた。それだけだ。


「残念ね」


 彼女は笑いながら言った。


「なぜ?」

「ニッパーが他人に共感するなんて、珍しかったから。新しいデータが取れるかも、なんて」


 『ニッパー』というのは、彼女がつけた俺のあだ名だ。いつの間にか、研究所中に広まっていた。

 管理番号28番だから、ニッパー。安直だが、それはつまりわかりやすいということで、個人的には気に入っていた。


 本当の名前はない。

 いや、実際にはあるし、覚えてもいるのだが、意味がないといったほうが正確か。


 借金がかさんだのか、それとも事業がこけたのか。

 理由は覚えていないが、確か俺は両親に、実験体としてこの研究所に売られた。

 言い渡されたのは、学校から家に帰ってきたときだった。その時に、今目の前にいる彼女と出会った記憶がある。

 その時に戸籍も丸々消去されたという話を聞いた。だから前の名前は、もう名乗る意味がない。


 当時、彼女に『親御さんにこんなことをされるのは、辛いかもしれないけど』と言われた。


 『別に』と答えた。


 その時は、彼女に強がりだと思われたらしいが、実際の話、これと言って辛いとは考えてもみなかった。

 家族にどう思われているか、正直なところ、それほど興味はなかったから。


 しばらく無言で歩いた。

 そのうちに第5実験場にたどり着く。大型の戦闘機でも丸々一機は入る大きさで、ガレージに使っても不足なく機能する場所だ。


「桂木さん」


 大仰な門の前にいる受付の人が、職員の名前を呼んだ。

 桂木かつらぎシズクというのが、俺が今まで話していた職員の名前だ。


「28番を呼んできたわ、通してちょうだい」

「それが、その……」


 何やら受付の人が、バツが悪そうに桂木に話しかけていた。

 内容は少し離れていたから聞き取れない。


「はあ?」


 少なくとも、桂木にとってはあまり良い内容ではないみたいだ。

 言い合っているのが、こちらにも聞こえてくる。


「ちょっと待って、こっちの予約が先よ?」

「それはそうなのですが、如何せん、相手が相手でして……」

「ああもう、わかったわ」


 話が終わったらしい。

 桂木は不機嫌極まりないといった表情で、俺のところに戻ってきた。


「横入りよ。スプートニク本社のお偉いさんが、新製品のテストを先にやりたいんですって」

「いつものことだ」

「そうだけど……もう!」


 『スプートニク』というのはこの研究所が所属してる企業だ。

 正確な会社名は『スプートニク・インダストリアル・テクノロジ』。

 先ほどのロッソの本では、『開発部のセンスはいいが、上層部がそれを理解できないため、斜陽企業となりつつある』なんて書かれていたっけか。

 このことを桂木に言えば、その通りだとロッソのことを褒め称えるんじゃないだろうか。

 ふと、そんなことを考えた。


「それで、出来た待ち時間は?」


 愚痴を言っても仕方ない。

 今一番欲しい情報を、端的に桂木に聞いた。


「一時間」

「なんだ」

「なんだ、はないでしょう? 大損よ」


 彼女にとってはそうかもしれない。

 実験とそのレポートの作成さえしてればいい俺と違い、桂木は多忙な身らしいから、無駄な時間は極力減らしたいのだろう。

 一応、慰めてみようと思った。


「大変だな。いつもありがとう」

「思ってもいないくせに」

「桂木が苦労してるのも、俺の世話をしているのも事実だ。そこに俺の思想は関係ない」

「はあ」


 桂木はため息を吐いて、片手で顔を覆った。

 対応を間違えただろうか?


「……ま、貴方のそういうところ、嫌いじゃないわよ」

「そういうところ?」

「別にいいわ」


 桂木は何か諦めたような表情で、俺を見た。少し笑っていた。


「ニッパー、食堂にでも行きましょうか」


 そう言って彼女は俺を手招いて、食堂に連れて行こうとする。

 断る理由もないので、俺はそれを成すがままに受け入れた。





 食堂について、俺たちは適当な席に座った。

 桂木がテーブルにあるタブレット端末でコーヒーを頼んだ。アメリカンを2つ。

 注文が送信されたのを確認すると、彼女は2回目のため息をついた。


「上の連中の新製品の話、聞いた?」

「いや」


 答えると、桂木は乱雑に頭を掻いた。


「フェアリィ向けの小銃らしいわ。じゃあ第5じゃなくたっていいじゃない!」


 桂木の聞いたところによると、横入りしてきた連中は、フェアリィが新たに使う予定の、対ランバー用の新世代型バトルライフルの性能実験をするようだった。

 少なくとも、俺と桂木が担当しているテストよりは重要だろう。

 ここにいる研究員全員に聞いたって、同じことを言うに決まっている。

 俺と同じ実験体の連中は何というだろうか?

 『知ったことか』と言うだけだ。間違いなく。


「フェアリィの名前を出されちゃ、仕方ないさ」


 すると、ウェイター・ロボットがコーヒーを運んできた。ボディに移動用のタイヤとアームだけを付けた、そのためだけに生まれてきたような見た目だ。

 ボディにフリル付きのエプロンなんか巻いてる。

 役割を強調するためだろうか。アームと干渉してて少し鬱陶しそうだ。


 コーヒーを口に運ぶ。まだ熱い。

 桂木は実に納得いかないといった表情で、砂糖とミルクをありったけ入れていた。


「ランバーを殺さなきゃいけない。フェアリィじゃなきゃランバーを殺せない。そう言いたいんでしょう、ニッパー?」

「違うのか?」

「違うと言いたいためのテストよ。今までのも、これからのも」


 真剣な彼女を見ながら、そう言えば以前もそんなことを言っていたなと思い出した。

 桂木は、フェアリィに変わる新たな対ランバー用兵器の開発を、スプートニク本社から請け負っていた。

 理由はいろいろ建前を取っ払って、桂木が端的に説明してくれた。


 要はスプートニクのお偉いさんの娘がフェアリィだから。

 自分の娘を戦場に出したくないから、代わりになるやつを造れ、というお達しだ。


 でもそれは、今の情勢が根本的に覆されるほどの発明だろう。なぜって、それができないから、今日もフェアリィが戦っているんだ。

 そんな利益の見込めない開発が優先されるはずもなく、企画を持ち出したお偉いさん以外から冷遇されるのは目に見えていた。

 無理難題かつ、非効率的と言っていい兵器開発をやりたいものなど、誰もいない――桂木と、彼女のチームを除いて。


 桂木もまた、妹が数年前にフェアリィになっていた。妹を守りたくて、このプロジェクトにいの一番に志願したのだと言う。

 ほかのチームメンバも同じような理由だった。

 まだ幼い彼女たちを危険な目にあわせたくないというのが、桂木チームのおおまかなモチベーションらしかった。


 桂木にその話をされたとき、俺はただ『そうなんだ』とだけ返した。それに共感も否定もできなかった。

 正直なところ、俺は桂木たちの動機にはさして興味はなかった。どうでもいいとさえ思う。

 でもその動機のおかげで、桂木たちは<彼女>を造り上げ、そして俺は<彼女>に会えた。

 それは、とても感謝している。


「ほら、ニッパー」


 桂木は俺を呼ぶと、食堂のTVを指さした。

 見ると、ニュースをやっている。

 フェアリィが映っていた。場所はラヴェルだろうか。インタビューのようだった。


『――セラフ章の受章おめでとうございます! フェアリィとして史上3人目の受章となりましたが、今のお気持ちはいかがですか?』


 勲章かなにかの授章式のようだ。

 軽薄そうなインタビュアーが、受章者であろうフェアリィに話しかけている。

 絹のような、ウェーブのかかった白い髪を携えた、少し小柄な少女だ。

 まさに絵本の中の妖精が、そのまま出てきたような。


『これと言って、特に』


 その少女は答えた。

 言葉とは裏腹に、少し照れくさそうだ。


『ただ、私たちはみんな、大切なものを守るためにランバーと闘っています。この勲章で、私だけじゃない、みんなの頑張りを証明できているのであれば、誇らしいです』

『ガチガチじゃん、リーダー。いい加減メディア慣れしなよ』

『ミサ、うるさい』


 別の子が横から出てきて、からかうように白い髪の子と話し始める。同じ部隊のフェアリィなのだろう。


「あんなあどけない子たちが、明日死ぬかもしれない仕事に就いてる」


 不意に桂木がそう言った。

 言わんとすることは理解できたと思う。

 彼女は基本的に善人だ。あのフェアリィも言っていた『大切なものを守るため』。彼女は以前、同じような信念を持っていることを俺に話した。

 誰も死なない世界にしたいと言っていた。


 それは、俺には関係のないことだ。

 彼女がどんな動機で動こうが、俺がそれについて干渉する必要はない。

 あるとしても、テストに影響が出る場合のみだ。


 けれど桂木は、俺にその心情を理解してほしがっている節があった。


『なぜ? そうしたほうが、テストの有用性が上がるのか?』


 前にそう聞いたら、彼女はその時、悲しそうな表情で俺を見たのだ。


「桂木」

「……わかってる、ニッパー。貴方に理解してもらおうとは、もう思ってない」

「<彼女>に影響があるなら、進言してくれ。理解できるよう努力するよ」

「そういうことじゃなくて! ――いえ、いいわ。……時間ね、戻りましょう」


 備え付けの時計を見ると、確かにもう横入りした実験が終わるころだ。

 行こう。

 コーヒーを飲み干して、席を立つ。

 やや遅れて、桂木も席を立った。

 カップに少しだけ残っていたコーヒーは、砂糖とミルクが沈殿していた。





 第5実験場に戻ると、すでに空いているようだった。

 桂木は再び受付に向かう。


「さっきはすいません」

「いいのよ、貴方に怒ってもしょうがないわ」


 そんなやり取りをした後、彼女は差し出された書類に、日付、名前、利用目的、利用時間、そして随伴する実験体の管理ナンバーなどの、諸々を記載していた。


「ニッパー」


 彼女はペンを置いて、俺の名を呼んだ。

 準備が終わったという、いつもの合図だ。

 実験場の大仰なゲートが、警告音と共に、ゆっくりと開きだした。


 実験場に入ると、少し冷えた空気を感じた。

 鉄と、電子機器のにおいがする。

 まるで、生物を排除したがっているような、そんな場所だ。


 そんな部屋の隅に、<彼女>は今日も鎮座していた。

 人間のことなど、まるで歯牙にもかけていないような、その佇まいで。


「新しい強化骨格の調子はどう? ニッパー」


 <彼女>の目の前まで来ると、桂木はそう聞いてきた。

 そういえば最近一部の骨を、耐G用の強化合金に変えられたな、と思い出した。

 ここにきてから、身体のかなりの部分が、実験に耐えるために作り替えられた。

 もはや外見以外は、機械のほうが割合が大きいかもしれない。

 これじゃ実験体じゃなくて、改造人間だな。なんて


「違和感はないよ」

「よかった、じゃあ、始めましょうか」


 それから桂木が準備を進める中、俺は終わるまで、<彼女>のことをずっと見ていた。


 何十回と繰り返す実験も。

 生身の部分が消えそうなほど改造されたこの身体も。

 すべて彼女にかしずくためのものだ。


 カナード翼を携えた、大型の戦闘機。


 シリアルナンバー 9EA13

 開発ナンバー AFX-78

 呼称名 トラスニク



 個体識別名『ライカ』



 ライカの機首から、ラダーが降りてくる。

 さっさとコクピットに入れ、と促されているようだった。


 俺は自分の『主』の命に、ただ従った。

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