第87話 練習
「これが樹君の執事姿っすか………樹君の初めては私って事すか、これは私が責任をとって樹君のお嫁さんにーー」
「なんでもかんでもお嫁さんに直結させようとすな」
俺はジャンケンの末練習相手になった優葉とゲーム部屋で向かいあっていた。
「でも樹君、私の初パイタッチと処女と初キス奪ってるんっすからね?責任は絶対とってもらうっすよ」
「それを言われるとなんも言えねぇ……」
キスに関しては揺りのネタにされた記憶あるし、初パイタッチも優葉に命令されての事だった気がするが、言及したら事実を塗り替えるために変な事をしてきそうなので、言及しないでおこう。
「それは置いといてさ、服似合ってる?」
「似合ってない訳がないっす」
「なら良かった、じゃあ練習するか」
とは言ったものの、何をどう練習すれば良いのか分からない。
セリフは特に決められてないらしく、自分で自由に設定してと委員長からLINEで連絡されていた。
挨拶をしたあとにお辞儀をすると動画で見たので、「いらっしゃいませ、席にご案内します」みたいな感じの事を言ったあとお辞儀をすれば良いのだろう。
注文も呼ばれたら、必要最低限の事だけ会話して立ち去ればいいらしい。
「じゃあ、ドアから入ってきて、入ってきたら椅子座って」
「分かったっす」
俺が考えている間、優葉が顔を赤らめたまま俺の身体を舐め回す様に見てきて怖いので1回練習してみる事にした。
練習で恥ずかしがってしまってはどうしようもないので堂々と立ち振る舞ってやろう。
「ガチャ」
ドアが開いた直後、俺は習った通りのお辞儀をして、笑顔を作った。
今まで作り笑顔をほとんどした事がないので笑えているか定かではないが。
「いらっしゃいませ、席にご案内したします」
「は、はぃぃ…」
優葉が蚊の鳴くような声でそう答えた。
見ると、身体を少し縮こまらせて顔を赤くして、可愛いを擬人化したかの様な生命体になっている。
「こちらへ」
そう言うと、しおらしくなってしまった優葉がおずおずと席に座った。
「注文が決まり次第お呼びください、失礼します、こんな感じで良いのか?」
お辞儀をして立ち去る素振りをしあと、俺は振り返って優葉にそう聞いた。
「い、良いと思うっすよ」
「じゃあ次は注文来た時の練習するわ」
「わ、分かったっす」
「ご注文、お伺いします」
「い、樹君の心と唇っす!」
「ん!?」
そう言った直後、膝をついて座っていた俺の顔を鷲掴みにして無理やり優葉の唇に押し付けてきた。
しかも中々離してくれない、5秒ほど経ってようやく離してくれた。
顔を離し、優葉を見ると顔を真っ赤にして俺の目をじーっと見ている。
「何してんの!?」
「前よりかっこよくなった好きな人がこんな事してきたんっすから、樹君が悪いっす」
そう言って優葉はプイッとそっぽを向いてしまった。
「かっこよくなったって言ったって誤差の範囲内だろうに……」
優葉たちから何度も気持ちを告げられたことはあるが、これだけは何度言われても慣れないな。
ふざけてる感じで言ってくるならまだしも、いつも気持ちを伝えてくる時は目がマジなので余計にだ。
「樹君、私は今ちょっと怒ったっす、何に怒ったか分かるっすか?」
「さっぱり分からん」
申し訳ないが、怒ってる事にすら気付けなかった。
「樹君が自分の魅力に気づいてない事っすよ!!自分に少しは自信持って欲しいっす!」
ゲームの腕前には自信があると茶化そうかと思ったが、優葉の様子を見るにそんな事をすればビンタが飛んできそうだったのでやめておいた。
「前よりは自信ついたよ?」
「今までが過小評価すぎたんっす!樹君が自分をどんなふうに認識してるか分からないっすけど、優しくて、気遣い出来て、悩んだり困ったりしてる時はいつも助けてくれる男子なんてそいういないっすからね!しかも前より一段とイケメンになって帰ってきたんっすから!多分冬樹ちゃんも矢吹ちゃんも同じ事思ってると思うっすよ」
「そうなのか……」
「樹君は自分の魅力を自覚してください!」
「分かりました……」
ちょっと前まで甘かったはずの雰囲気が、いつの間にか説教へと早変わりしていた。
「分かったら夕飯食べるっすよ!矢吹ちゃんと冬樹ちゃんが待ってるっす!」
「え、俺の練習は……」
「練習であんな風に出来るなら大丈夫っすよ!」
「大丈夫な気がしない………」
不安を呟く俺をそっちの気で優葉が俺の腕を掴んで、ゲーム部屋を退出させた。
ちなみに、リビングに着いて矢吹と冬樹が俺の姿を見たあと、顔をヤカンの様に赤くして
「樹君の初めての執事姿だから目に焼き付けておかないと」
と言って凝視してきた。
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