第14話 証拠

「……それで?アンさんが、この取り違えられた赤ん坊ってこと?」

「そう!そうなんだ!」


 ミカエルが興奮して立ち上がり、椅子がガタンと後ろに倒れた。


「この日記を読むと、アンは貴族の娘なんだよ」

「どちらの赤ん坊も、貴族の娘みたいだな。少なくとも半分は」


 エドが口を挟むが、ミカエルは完全に無視する。


「アンは誕生日はわからないけど、今年で十八になるんだ。春生まれとだけはわかっている」


 私は、四月十八日で十八になった。


「アンネは……四月生まれだったな」

「そうね、この間十八になりました」

「以前、伯爵夫人に聞いたんだが……夫人は出先で突然産気づき出産したとか」

「あんた、何が言いたいんだ?!」


 エドがテーブルをドンッと叩くと、テーブルがミシッと音を立てた。


「伯爵は綺麗なブロンドに緑色の瞳だよな、アンとそっくりの」

「だからなんだよ!この日記には、どこの病院で産んだとか、日にちすら書かれてないじゃないか」

「ああ、ただ、孤児院と産院が同じ敷地にあるのは、王都ではサンクトガル孤児院だけだ。そして、伯爵夫人が出産したのも、サンクトガル孤児院併設のサンクトガル病院だった。これは、病院に行って、当時いた看護婦に話を聞いたから間違いない。そして、同じ日に出産した妊婦の中に、未婚の女性がいたこと。その女性はどうやら貴族の落とし胤を出産したらしいということも彼女は覚えていたよ。出産費用も払えず逃げ出したから、記憶に残っていたらしい」


 なるほど……。


 日記の内容、お母様の出産した状況、看護婦の証言、そして何よりもお母様とアンが似ているということが、私とアン・ガッシが取り違えられた証拠だと言うのね。そして、小説の中の両親は、この話を鵜呑みにして私を捨てた。多分私の記憶にあるアンネローズの記憶の中でも。


「確かにアンネはその病院で生まれたんだろう。しかし、その貴族の落とし胤を産んだ女性が、そっちの人の母親だって証拠は?病院の記録に名前があったのかよ。それとも日記のどこかに病院の名前が出てきたとか?」


 うん、私もそこが気になったんだよね。小説ではさ、誕生日も生まれた病院も同じで、アン・ガッシの母親の日記や病院の看護婦の証言から、私と彼女が取り違えられたって、それが真実なんだみたいにミカエルが話して、みんながそれを信じたみたいだけれど……。

 でも、今の話だと、誕生日は春ってだけしか合ってないし、第一アン・ガッシの生まれた病院が不明だ。アン・ガッシの母親と似たような状況の女性が、お母様が出産した病院にいたというだけ。


 この世界にDNA鑑定はないから、見た目が似ているという、アバウトな理由で断定されてもね。

 まぁ、この取り違えの前提が間違っていると、話が成り立たないから、きっとそれで正しいんだろうけど、決定的な証拠があるか……って言えばないよね。


 というか、私を娘じゃないって断定した両親は、こんな眉唾っぽい情報を信じるくらい、常日頃から私が自分達の娘じゃないって思っていたんだろうか?

 チンチクリンだから?そばかすだらけで、美貌のお母様に似ても似つかないから?


 なんか、腹が立ってきたな。


「で、このことを私に伝えて、あなたはなにをしたいの、ミカエル・ブルーノ」

「なにって……。アンはこんなところにいる女性じゃないんだ。貴族の令嬢で、自分のいるべき場所に戻るべきだ」

「それが、私が今いる場所だと?」

「こんなに推測される証拠があるだろう。君はアンに全てを返すべかなんだよ」


 推測とか言っちゃってるよ。推測で人のことを死に追いやらないでほしいな。今の私なら、衰弱死する未来は全力で回避できると思うけど。


「なるほどな。もしも、あんたらの言うことが間違いなら、伯爵家を謀ることになるけど、それでもその主張をするつもりかよ」


 きつめのエドの言葉に、ミカエルは黙り込み、アンは両手でスカートをギュッと握り締め、涙を一筋流した。その計算されたかのように流れた涙に、主演女優賞をあげたくなる。この儚げな姿を見たら、男性ならば誰だってアンを守ってあげたいと思うことだろう。


「私は……伯爵家の娘かどうかはわからないわ。でも、前に伯爵ご夫妻を見た時に、凄く懐かしい気持ちになったの。ただ、それだけよ。後は、この話を聞いた伯爵様に判断いただければって思うわ。私が本当の娘じゃないとおっしゃられるなら、きっと別に本当の両親がいる筈だから、本当の両親を探したいと思うだけで……」


 ウワッ、アンの方がミカエルよりもしたたかかもしれない。

 アンの言い方だと、責任は全てうちの両親に丸投げで、しかも同情心が掻き立てられるというおまけ付き。


「じゃあ、今の内容をゴールドバーグ伯爵夫妻に伝えて欲しいっつうのが、アンネを呼び出した理由だな」

「それもあるけれど、少しでもアンネが気持ちの整理がつけばと思ったんだ。いきなり今の場所を追い出されたら戸惑うだろうから」


 婚約破棄しなければ、私に内緒で話を進め、いきなり私を追い出した癖になにを言っているんだか。


「じゃあ、今すぐに行きましょ」

「アンネならば、可哀想なアンの為にそう言ってくれると思ったよ!」


 ミカエルの表情がパッと明るくなり、アンの元へ走り寄り抱きしめた。


 ヤケになっている訳ではないけれど、いつか追い出されるのならば、私の口から両親に話せる今の状況は、知らないで突き放されるよりもまだマシかもしれない。


「アン、この間買ってあげたドレスに着替えてきたらどうだ?せっかく両親に会うんだから」


 そう言えば、前はなかった洋服箪笥があったりドレッサーがあったり、家具も増えている気がする。全てミカエルが貢いだのだろうか?ドレッサーには、小さいけれど宝石のついたアクセサリーも置いてあった。


「そんな、私はこのままでいいの。平民の私がドレスなんか着て出歩いたら、近所の人達になにを言われるかわからないもの」


 綺麗なドレスがあるのに、わざわざ着古して擦り切れたワンピースを着て行くと言うアンに、ミカエルは不満そうに唇を尖らせる。


「準備に時間をかけるよりも、お父さんとお母さんに早く会いたいの。ミカ様ならばわかってくれるでしょう?私がどんなに両親に会いたがっていたか」

「そうだな。君が貴族だて認められれば、僕達はすぐにでも婚約できるんだものな」


 ミカエルは、私の両親に話さえすれば、アンはゴールドバーグ家に迎え入れられると思っているようだった。


 ミカエルに急かされるままにアンの家を出て、表通りまで行って辻馬車を拾う。小さな辻馬車は四人乗ることができず、二人づつに別れて乗った。


「エド、帰らなくていいの?」

「ああ、サムに伝言を頼んだから大丈夫だ」


 サムとはエドの護衛騎士の一人なのだが、いつの間にそんなやりとりをしたのか?少なくとも、近くで会話などしていなかったから、家を出た時に何かしらの合図をしたのだろう。


「エドは私が平民になっても、きっと友達でいてくれるよね」


 小説では、私は一人で置き去りにされて、誰も味方はいなかった。

 でも、今回はエドがいる。たとえその場で捨てられたとしても、誰も私のことをアンネローズ・ゴールドバーグだって思わなくなっても、エドだけはただのアンネとして接してくれるよね?


 エドはそっぽを向いたまま、私の頭を抱き寄せると、頭をワシャワシャと撫でた。


「馬鹿な心配すんな」

「でも、私……本当にお母様に似ていないの。お母様はあんなに綺麗なのに、私はそばかすだらけのチンチクリンだわ。髪の色も目の色も、お父様ともお母様とも違うし」

「うちだって、みんなバラバラだ」


 それでも、髪の色と目の色が同じっていう王家の特徴は継いでいるじゃない……とは言わなかった。

 卑屈な発言をしているとわかっていたからだ。


「お父様とお母様は、きっと彼女を見たら自分の子供だって受け入れるんじゃないかな」

「だからって、おまえに向ける愛情は変わらないだろ。おまえが何者でも、俺は変わらない。絶対に」

「うん……」

「それに、あんな証拠とも言えないただの日記で、おまえを自分達の子供じゃないって言うような親なら、おまえの方から捨ててやれ。おまえの居場所くらい、俺が作ってやるから」


 ウーッ……、本当に人は見かけによらないよね。エドってば、口も態度も悪いのに、友達思いのいい奴。アンにときめいちゃってる筈なのに、彼女の味方じゃなくて私のこと気遣ってくれるとか、義に厚い人ってエドみたいな人のことを言うんだね。

 任侠映画は見たことなかったけど、こういうのを義理人情に厚いって言うんでしょ?知らんけど。


「エド……」


 涙が出そうになり、私は奥歯を噛み締めて耐えた。へんてこりんな顔になっているだろうけれど、エドの前では今更だしね。


「ありがとう!」


 私はエドの手を両手で包むように握った。


「いや……まぁ……うん」

「いざとなったら、私に職業斡旋してくれるんだよね」

「は?」

「でも、今のところ大丈夫。特待生取れば学園に残れるし、学園を卒業するくらいなら生活できるだけの貯蓄もあるから!」

「は?」

「いざ、職探しに困った時はよろしくね!」

「はァッ?!」


 エドは三白眼の目をこれでもかってくらい見開いて私を見ていたけれど、私はとりあえず将来の保険ができたってことで、心に余裕を持ってこれからの出来事に立ち向かえる勇気が出てきたと、気持ちが浮上したのだった。


 私はエドが私に婚約の話をしたことも、それを一旦保留にしたこともすっかり忘れて、アンと出会った今、エドの気持ちはアンに向かっているものだと思いこんでいた。


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