第5話 両親との話し合い
「ただいま戻りました」
夕暮れ時、部屋の扉がノックされてメアリーが入ってきた。
「お帰りなさい、メアリー。どうだった?」
「ああ……その」
いつもは口が悪いくらいハッキリと物を言うメアリーが、視線を泳がせて言いよどむ。
うん、見ちゃったんだよね。アンとミカエルのR18シーン。小説でも、最後まではしていなかったけれど、かなり濃厚なラブシーンが描かれていたもの。
まぁ、アンネローズの侍女がそれを目撃したなんて記述はなかったけど。
「クロ……だったんでしょ?」
「……マックロでした」
「やっぱりね。ハハ、初めて人が恋に堕ちる瞬間を目撃したんだけどさ、ミカってあんなに草食系みたいな顔して、ガッツリ肉食系だったんだね。その日のうちに手を出すとか、がっつき過ぎて引くわ」
「お嬢様の婚約者様ですよ。あんな行為、許されません」
いつもは飄々としているメアリーが、珍しく悔しそうに顔を歪める。
「うん。お父様に報告するつもり」
「厳罰を与えるのですか?」
この場合、平民であるアン・ガッシが貴族である私を侮辱した……ということになって、なんらかの罰を与えることができる。婚約者がいるって知らなければギリセーフだけれど、私は最初にミカエルの婚約者だってあの場所で公言したからね。私の存在を知りつつ関係を持つと、私に対する侮辱罪が成立してしまうのだ。これは、相手が平民の時のみ有効だ。ただし、娼婦には当てはまらない。
でも、アン・ガッシが本当に平民だったならば……という話で、私はアンに厳罰を与えようとは思っていない。
「まさか。ミカエルと婚約破棄するの。もちろん、彼の有責で」
「よろしいのですか?!」
今までアンネローズの淡い恋心を見守ってきたメアリーからしたら、私がミカエルと婚約破棄するなんて考えられないのかもしれない。
「浮気男と一生添い遂げるなんてごめんだもの」
「そうですよ!全くその通りです。私が間違っておりました。あんな浮気男、色々毟り取ってやりましょう」
私はメアリーを引き連れて、お父様の書斎を訪れた。
扉をノックすると、穏やかな声で「お入り」という声がして入ると、ちょうど運良くお母様と話し中のお父様がいた。
「アンネ、どうした?」
「アンネ、今日はミカエルとのデートだったのでしょう?早くに帰ってきたようだけれど、ミカエルと喧嘩でもしたの?」
おっとりとして美しいお母様は、私の一番の自慢だった。小さい時は、私も大きくなったらお母様みたいに綺麗になるんだって、馬鹿みたいに信じていた。いつか、ソバカスも消えて、髪の色も明るく金髪になって、グレーの目でさえ綺麗な緑色に変化する筈なんて……、ある筈がなかった。
私は今も、昔と変わらずソバカスだらけで童顔のままだ。身長は少しは伸びたのかもしれないけれど、まんま大きくなった。(年齢のわりには小さいけど)
お母様を見ると、アンネローズの憧れと失望の感情が流れてくる。
この優しい両親が、私が本物の娘じゃないとわかると、埃を落とすように簡単に捨てるのかと思うと、ちょっと人間不信になりそうだ。
「ミカエル様は、噴水に落ちたお嬢様を一人で帰らせ、ある少女の家に行かれ、その少女と不埒な行為をお楽しみになったようです」
「は?」
メアリーの爆弾発言に、私が説明を足す。
「私が噴水に落ちたのは、お客さんにしつこくからまれていた花売りの少女が、逃げた時に私にぶつかったからで、ミカエルも巻き込んで騒ぎになったんです」
「おまえが花売りに噴水に突き落とされたということか?!」
お父様の声に怒りがこもる。
「それは不可抗力だと思いますよ。少女は、男に一晩飲みに付き合うように強要されていて、ミカが間に入って宥めようとしていたんです」
「噴水に落ちたおまえを放置してか」
「まあ、そうですね。その男がバード組のハッピを着ていたので、お父様のお名前を出してしまいました。ごめんなさい。ミカが殴られそうでしたので、私の婚約者だと伝えたんです。男はお父様の名前に手を引いてくれました」
お父様は、こめかみをグリグリと押していた。頭痛がするんだろうか?名前を出さなかった方が良かったんだろうか?
「勝手に家名を使ってごめんなさい」
私がシュンとして言うと、お父様はハッとした顔で立ち上がって、私の側まで来てギューギューに抱きしめた。こんなに抱きしめられたのは子供の時以来か、私の中のアンネローズの部分が喜んでいた。
「そんなものは好きに使えばいい。それで、ミカエルはずぶ濡れのおまえを置いて、その少女と……なんだって?」
「そこから先は、メアリーに見てきてもらうように頼んだので……」
メアリーに両親と私の視線が集中し、メアリーは深呼吸して話しだした。
「アン・ガッシというのがその少女の名前なんですが、彼女は三年前に母親を亡くし、一人で花売りをして生活しているようです。年の頃はお嬢様と同じくらいかいってもミカエル様くらい。美しい金髪の少女で、よく男性客にからまれているようです」
「まぁ、そんな少女とミカエルが?」
お母様が嫌悪感をあらわに眉をひそめる。
「私は長屋の隣の家にお邪魔したんですが、そこの壁がたまたま穴が開いている場所がありまして、そこからミカエル様達の様子を伺ったのですが、お二人はベッドで……お嬢様にはお聞かせできないような不埒な行為をお楽しみになってました」
「まァッ!なんてこと!!」
お母様がよろけるようにソファーに座り、お父様は私の耳を両手で塞いだ。
いや、それでも聞こえますけどね。お父様、お気遣いありがとうございます。別に聞いてもショックは受けないんですけれどね。
「それは、抱き合ったとか……口づけしたとかか」
「いえ、それ以上です。お二人共お洋服はお脱ぎになり、ミカエル様はキスしながら……」
「いや、いい。それ以上は話さなくて良い。なんてことだ。ミカエルが、アンネを裏切ってそんなことを。しかも、平民の少女と」
私は、お父様の手を耳からそっと離した。
「お父様、私はミカと婚約を破棄するつもりです。自分の好きな女性と結婚した方が、彼は幸せになれますもの」
「アンネ、私はおまえがミカエルに恋心を抱いていたのを知っているよ。泣きたいのなら泣いてよいのだ」
私はハンカチを目に押し当てているお母様の側に行き、その肩を抱いた。
「お母様が私の代わりに泣いてくれてますもの。私は大丈夫です。でも、やはり気の多い男性とは結婚できませんから、婚約は破棄でよろしいですよね」
「もちろんだ!今すぐブルーノ子爵の所に抗議に行くぞ!」
「お待ち下さい、旦那様」
コートに手をかけようとしたお父様を、メアリーが引き止める。
「今行っても、事実を隠蔽されてなあなあにされてしまいます。アン・ガッシの隣の奥さんには証言を頼みましたが、お金を積まれればいくらでも証言を覆しそうな方でした。ここは、決定的な現場を押さえて、婚約破棄を突きつけるべきではないでしょうか」
メアリーの言葉に、お父様はグゥッと喉を鳴らすと、壁を拳で叩いた。
「……わかった。とりあえず、証拠を集めさせよう。そして、私が決定的現場に乗り込んで、ブルーノの小倅を断罪してやる!」
いつも優しいお父様が気も荒く叫んでいる様子に、私もお母様も抱き合って震える。
なるほど、こういう一面があるから、自分の子供じゃないってわかったアンネローズを簡単に捨てられるんだな。
悲しいかな、納得できてしまった。
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