捨てられ(予定?)令嬢奮闘記
由友ひろ
第1章 婚約破棄編
第1話 転生?からのまた転生?
「ああ……アンネローズ」
涙をボロボロと流しながら伸ばされる手は、私を素通りして私の後ろにいる少女に伸ばされる。
髪の毛を優しくといてくれた指も、優しく呼んでくれた声も、愛しげに見つめてくれた眼差しも、今まで向けられていた全ての愛情が、まるで存在しなかったようだ。
涙を流した女性は、私を突き飛ばすように私の後ろにいた少女に駆け寄ると、二人は涙を流して抱き合った。
「お母さん!」
「ええ、アンネローズ!私があなたのお母様よ」
その名前は、さっきまで私の名前ではなかっただろうか?
アンネローズ・ゴールドバーグ、ゴールドバーグ伯爵家の一人娘。十八年間、疑うことなかった私の肩書きだ。
目の前では、金髪に緑色の瞳をした中年の女性と、彼女にそっくりな美しい少女が抱き合っていた。少女はみすぼらしく汚れた衣服を身に着けていたが、中年女性はそんなことは気にならないらしく、少女の金髪を撫で、頬を擦り寄せている。その後ろから、中年男性が女性の肩を宥めるように擦っていた。
中年男性はカイン・ゴールドバーグ、ゴールドバーグ現伯爵で、さっきまで私の父親だった人で、女性はマリア・ゴールドバーグ、私の母親だった人だ。
少女はアン・ガッシ、貧しい平民の生まれで、昨日までは花売りをしながら街角に立っていた、美し過ぎる花売り娘で有名だった娘だ。
「ああ、本当に良かった」
「……ミカ」
私はボンヤリと声のした方へ顔を向ける。
ミカエル・ブルーノ、ブルーノ子爵家の次男で、二歳年上の私の婚約者だった人。母親同士が親友で、小さい時から交流があり、当たり前のように三年前に婚約した。頭が良くて剣術にも優れ、整った顔立ちをしていた彼は、私の自慢の幼馴染で婚約者だった。私が二十歳になったら結婚して、子供は二人、老後は領地で二人でゆったりと過ごすんだろうと、幸せな結婚生活を疑わなかった。
それなのに、いきなり告げられた婚約破棄。その理由が、私がゴールドバーグ家の本当の令嬢じゃないから。
ゴールドバーグ家もブルーノ家も、ミカエルの頭がおかしくなってしまったんじゃないかと、大騒ぎになった。でも、次から次へ明かされる真実は残酷で、ただ見た目がお母様に似ているということだけでなく、私達が生まれた産院が同じで、誕生日も同じこと、生まれた病院での看護婦の証言、最終的にはアンの母親の日記が証拠にあげられた。日記には、貴族子弟に騙されて妊娠したアンの母親が、自分達の将来に絶望し、せめて娘だけでも貴族の娘として育って欲しいと、たまたま同じ日に生まれた貴族の娘と自分の娘アンを交換したという衝撃の事実が書いてあり……。
これらの証拠を持って、花売りのアンを連れてきたのが、ミカエルだった。
「アンネ……いや、君は今日からただのアン。アン・ガッシか。いつまでそこにそうしているつもりだい?ここは君がいる場所じゃないだろ」
「ミカ……」
「馴れ馴れしく呼ぶな。君は伯爵令嬢ではなく平民なんだから」
ミカエルは私が差し伸べた手を払い除けると、「積もる話もあるでしょう」と、アンネローズとゴールドバーグ伯爵夫妻を連れて私に背中を向けた。
★★★
「はあ?!」
大学への通学途中、ウェブ小説を読んでいた私は、思わず電車の中でしゃがみこんでいた。いきなり体がズンと重くなり、頭がズキズキと傷んで、悪寒が半端なくて吐き気までしてくる。
私が読んでいたウェブ小説は、『平民ですがなにか?!』というベタなサクセスストーリーで、貧しい生まれの平民の美少女が、実は赤ん坊の時に取り違えられた貴族令嬢だったというもの。そんな彼女が、平民臭さを残したまま、貴族の本物の両親と親子の絆を深め、学園で「平民育ちのくせに」と馬鹿にされながらも取り違えられた相手の婚約者と愛を育んでいく話だ。
今、序盤の場面、感動の親子の再会を果たしたところを読んでいたのだが、あまりの吐き気に目をつぶると今読んでいる小説の情景が、感情が、まざまざと頭に浮かんでくるのだ。
アンネローズ・ゴールドバーグ伯爵令嬢、本物の方ではなく、取り違えられた方の二十年の記憶が私の頭の中に流れ込んできたのだった。
アンネローズ・ゴールドバーグ。十八年間貴族令嬢としてなんの不自由もなく育ち、いきなりその全てを取り上げられた娘。優しかった両親も、頼りがいがあり誰よりも信頼していた婚約者も、彼女がアンネローズ・ゴールドバーグではないと、赤ん坊の時に取り違えられた平民の娘だとわかると、彼女の全てを切り捨てて街に放り出した。アン・ガッシという平民の娘として。
貴族令嬢だった娘が、いきなり平民の生活に馴染める訳もなく、花売りの仕事も自炊も出来ず、ただ泣きながら痩せ細っていった。伯爵家から渡された手切れ金で二年はなんとか暮らせたが、元婚約者のミカエルと本物のアンネローズが婚姻したことを知り、絶望から心身が弱り果てて、隙間風の入るアパートで一人寂しく二十歳の誕生日を迎えたその日に衰弱死した……って、なんなのよ、この記憶?!
私は偽物のアンネローズ・ゴールドバーグ?!
有り得ない思考に、目眩までしてくる。
まだ大学の最寄り駅ではなかったが、停まった駅で下りて、ホームにあったベンチに崩れるように座り込んだ。しばらくすると悪寒も少しづつおさまり、私は鞄に入れていたお茶を出して一口飲んだ。
握りしめていたスマホに目を向けた。画面はすでに真っ黒で、電源ボタンを押すとさっきまで見ていた画面が表れた。
文章を斜め読みしながら、『平民ですがなにか?!』を読み進めて行く。私が登場する場面はなく、逆にツッコみたくなる。
私が絶望の中、いつかお父様とお母様が迎えに来てくれるのではと泣き暮れていた時、本物の娘であるアンネローズと親子の絆を深めるのに必死で、私のことなど思い出されてもいなかった。
私が通っていた学園で、「平民育ち」と馬鹿にされながらも、決してへこたれることなく、自国の王子や隣国の王子に求婚されたりしつつも、私の婚約者だったミカエルと愛情を育んでいったアンネローズ。その過程で、ミカエルは私と過ごした時間を、アンネローズと過ごせていたらと後悔することはあっても、私を心配する様子は、行間からすら伺えなかった。
最終的には王子達をふって(王子だよ?!)、自分を見つけてくれたミカエルと結婚してハッピーエンド。
私は小説の最初、アンネローズとミカエルの出会いの場面に戻って読み返してみた。
今、偽物のアンネローズの記憶がある上で読み返すと、怒りしか沸き起こらない。
ミカエルとは幼少の頃から親しくしていて、私は淡い恋心を彼に抱いていた。情熱的な燃えるような恋心ではなかったが、穏やかな木漏れ日のような愛情を育んでいると思っていた。それが、ミカエルは彼女に一目惚れをし、私という婚約者がいるというのに、彼女に執着したのだ。ただ、彼女のことが好きで気になるということを、マリア・ゴールドバーグに似過ぎているのはおかしいから調べている……と、言い訳のような理由付けをし、さらには偶然知り得た情報を、真実を隠すのは罪だからと、彼女に告げたのだ。
ヒロインはアンネローズだし、ヒーローはミカエルだから、彼らに都合が良いように書いてあるけれど、私からしたら、ミカエルはただの浮気者だ。しかも、その結果私は全てを失った。両親の愛情も、豊かな生活も。アンネローズから奪ったものだから、私がアンネローズに全てを返すのが当たり前だと、あの浮気者は、アンネローズの手を握り締めてぬかしやがった!
「ふざけんな!」
私と過ごした時間はなんだったのか?
しかも、しかも!私の登場場面はアンネローズが本当の両親と会って、私を置き去りにするその時だけ。
モブ中のモブ。
もう少しモブに優しいお話は書けなかったんですかね?いや、小説には私のその後なんて書いてないから、作者の人も私が捨てられた結果、二十歳の若さで死んじゃうなんて、思いもしなかったのかもしれないけど、ちょっと想像すればわからないかな?
怒りのせいか、頭をハンマーで
叩かれ続けているような痛みを感じ、私はベンチに座っていることもままならなくなった。
いや、ちょっと待って。
私の蘇った記憶では、モブキャラアンネローズは二十歳で死んだんだよね。しかも、十八歳で家を追い出されて最終的に衰弱死?病院にもかかれなかったみたいだから、病名とかはわからないけど、最後は痩せ細って、自力で起き上がることもできなかったって……。
私は、自分の身体に起こっていた不調について思い当たる。
受験のストレスのせいだと思っていたけれど、高三の時から不眠に摂食障害の症状が出始めた。でも、みんなが受験勉強している中、自分だけそのストレスに負けたなんて言いたくなくて、家族には黙ってとにかく勉強した。
受験が終われば治る筈!
けれど結果は不合格。そりゃそうだよね。受験日当日、寝不足で朦朧とする頭じゃ、わかる問題も解けなかったから。一年浪人をして、市販の睡眠薬を飲んで、吐いても食べて、なんとか日本で三本の指に入ると言われる○大に合格。
この二年間で体重は十五キロ落ちたけどね。今では見事な鶏皮骨子だ。
最近は怠さと頭痛が半端なくて……。
そして、今日は私の二十歳の誕生日で……。
ベンチからドサリと落ちる私の耳に、周りのザワメキだけが入ってくる。もう、視界は暗くなってなにも見えないし、地面に打ち付けただろう身体は痛みを感じない。
「あなた、大丈夫?!誰か、駅員さん呼んでください!」
「もしもし、聞こえてますか?意識はありますか?大変だ!息をしていないぞ」
「救急車!救急車の手配お願いします」
私……モブキャラアンネローズみたいに……死ぬの?
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