双子の天使は雨を紡ぐ

銀乃 たま

序章 【10歳の贈り物】

ディーナの図書館

 私の名前はミア・レイン。雨の一族当主の長女で、真っ直ぐな金色の髪と紫色の瞳を持っている。小さい時から双子のノアとセットで『レイン家の天使』と呼ばれて来たので、きっと可愛い顔をしているのだろう。性格に関してはノアに単純で馬鹿正直と言われているが、納得はしていない。そんな私には兄弟が2 人いる。

 まずは兄のカイ。2つ年上で金色の髪に紫色の瞳と色合いは私と同じだが、まだ12歳ながら理知的な印象を与える美貌の持ち主だ。ほとんど笑わないので冷たい印象を受けるが、不器用で優しい自慢の兄だ。

 次に双子の弟のノア。柔らかな金色の巻き毛と金色の瞳を持っている。顔立ちは私とそっくりで、小さい時はよく入れ替わって悪戯をしていた。性格はとしか言いようがない。


 レイン家はここモナ王国の中でも希なる力を持つ希族きぞくであり、高位希族の子どもたちは10歳の誕生日当日に、国王ローナから直接プレゼントを貰う。これを【10歳の贈り物】と呼ぶ。

 今日は私とノアの【10歳の贈り物】のために、砂漠にそびえ立つレイン城から遥かに遠い王都の宮殿に来ていた。


 私たちは王宮側で用意された衣装に着替えて、別室で待機していた母サヤのもとに戻る。サヤは春の華やかな花が咲き乱れる中庭を眺めながら、コンソメスープを飲んでいた。

「まあ! うちの子は何を着ても可愛いわ! 本当に天使!」

 機嫌良さげにサヤが言うと、私はニコニコと笑顔を向け、隣のノアは深い溜め息を吐いた。

「母さん、親馬鹿過ぎだよ。ミアが調子に乗ると面倒なんだけど」

 ノアはいつも、単純な私が浮かれ過ぎないように釘を刺して来る。でもサヤは事実を言っただけなので、ここは譲れない。

「可愛いのは間違ってないよね? ノアは何が気に入らないの?」

 ノアは私に冷めた視線を向けた後、サヤの向かいの席に座った。私も頰を膨らませながら後に続く。


 しばらく3人でくつろいでいると、中庭から白い蝶がひらりひらりと飛んで来た。ゆっくりと部屋を一周した後、ローテーブルの上に止まる。

『国王様は〜、お仕事が忙しいんだって〜。もうちょっと時間が掛かりそうだから〜、ディーと遊んでていいって〜』

 蝶から間延びした幼女の声が聞こえ、気が抜けそうになる。

「分かりました」

 サヤが答えると蝶はすうっと消えた。同時に部屋の扉から、軽やかなノックの音が響く。

「ミア! ……とノア、今日は図書館に案内してあげるわ!」

 扉が開くなり私に駆け寄り、ぎゅっと抱きしめているのは、この国の第一王女で幼馴染のディーナだ。緩やかにうねる銀色の髪と、緑の瞳の美少女だが、背が高く少し大人びていて、いつもお姉さん風を吹かせている。

「ええ!? 外で遊ぼうよ。薔薇の花がいっぱい咲いてるって聞いたの。見たいなあ」

 私が抗議しても、ディーナは腕を組んで首を横に振った。

「ミアは外に行くと、絶対に走り回るでしょ? 大事なイベントの前に、疲れてしまったら意味がないでしょ」

 私は痛い所を衝かれてぐぬぬと黙り込んだ。

「僕は宮殿の図書館、見てみたいな」

 ノアが珍しく弾んだ声を上げる。目もキラキラとしていて、今なら正統派の美少年に見える。

「そうと決まれば行くわよ!」

 ディーナは私の手をしっかりと掴んで歩き出した。どうやら拒否権はないらしい。ちらりとサヤを見ると、行ってらっしゃいと小さく手を振っていた。


 到着したのは窓以外の三方の壁に、天井まで隙間なく本棚が並べられた部屋だった。もちろん本もぎっしり、というよりぎゅうぎゅうに詰められている。それなりに広い部屋ではあるが、本棚からの圧迫感が普通ではない。部屋の中央に置かれたソファーセットだけが、ここがリビングであることを示している。

「ここってディーの部屋だよね?」

 私が訊くと、ディーナは重々しく頷いた。

「ミアはどんな図書館が好きかしら?」

 続いた唐突な質問に首を捻りながらも、勢いよく手を上げて答える。

「はい、面白い図書館!」

 私の返事が不満だったらしく、ディーナは眉間にしわを寄せて変な顔になった。

「どうして図書館に面白さを求めるのよ? でもまあいいわ。ミアの願いは叶えてあげないとね」

 ディーナはいつの間にか手に持っていた古ぼけた本の表紙を開き、呪文を唱えるようにはっきりとした発音で言った。

「ミロス図書館」


 軽い魔法の揺らぎを感じた後、気付くと見知らぬ古い建物の前にいた。入口の両脇には一対の天使像があり、ここが神殿であることを示している。

「ほら、ロクト共和国のミロス図書館よ。ここは内装がすごく面白いのよ!」

 ディーナは腰に手を当て、胸を張って言う。どうやら昔神殿だっ建物を、図書館に改装したらしい。

 それにしても……。

「……」

 私は黙り込む。正直に言って、今何が起こっているのか分からない。そしてロクト共和国がどこにあるのかも知らない。

「正確には、だよね?」

 しばらく黙っていたノアが口を開いた。大きく周りを見回してから、舞台俳優のように大袈裟に腕を広げる。

「さっきディーが持っていた古い本は、魔道具だよね? 転移魔法で異国まで飛べるわけがないから、たぶん僕たちがいるのはさっきの本の中。というか本と繋がった異空間、合ってる?」

 ノアはじっとディーナを見る。

 ディーナはフンと鼻で笑うと、わざとらしく拍手をした。

「その通りよ。そしてこれが私が先月お母様から頂いた【10歳の贈り物】よ」

 私はぽかんと口を開けた。具体的に【10歳の贈り物】で何が貰えるのか、全く知らなかったのだ。2歳年上の兄カイはまだ何を貰ったのか教えてくれていない。

「へえ……本の表紙に嵌ってた魔石が割と高価そうに見えたんだけど、もしかして国宝級の魔道具とか?」

 ノアの言葉を聞いて私の驚きは大きくなる。

「こ、こ、こ、国宝級!?」

 あわあわしている私をよそに、2人の会話は続く。

「国宝級じゃなくて、国宝そのものよ!」

 ノアの目が爛々と輝き出した。

「僕たちも魔道具がもらえるのかな?」

 ディーナは小首をかしげる。

「私が聞いた話だと、普通に花束や置き物なんていうのもあるらしいけど、あなた達はお母様に気に入られているし、相当良いものがもらえると思うわ」

 ディーナが言葉を切ったタイミングで、控えていた侍女がずっと前に出た。

「国王陛下は強引に執務を打ち切られたようです。ここで遊ぶのは次の機会にして、ミア様とノア様は陛下のもとに向かってください。迎えの者が来ております」

 

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