私はただ地域密着型ダンジョン冒険者になりたかった...。

有弥なしや

第1話






私の名前は瀬良せら 美香みか。なんの変哲もない、中の下くらいの見た目の女子中学生...だった。なぜ過去形なのかって? 過去の話に違いないから。実際の私は既に高校三年生。


なぜ高校三年の今になって"中の下くらいの見た目の女子中学生だった時代"についてわざわざ思い返しているのかというと、やっぱり今の私の状況を語る上で、最も大きな転機になったのがその頃だったからだ。







当時の私は客観的に見て間違いなく陰キャだった。中学時代のクラスメイトだった女の子たちは美容にしっかり力を入れていたし、可愛らしいコスメを小さなポーチにいれて持ってきていたし、ナチュラルなメイクなんかを当然のようにしていた。一方で、家の都合でそんな可愛らしさとは無縁だった私とは当然話なんて合うはずもなく、同性はおろか、異性からもそこそこ空気だった。


シングルマザーの母には育ててくれたことにとてつもなく感謝しているけれど、やはり当時、生活が苦しい事に変わりなかった。母が働きに出ている間に洗濯や食器洗いをしていたから手は荒れ放題だったし、頻繁に美容室に行くこともできないから、いつももさっとして痛んだ髪をただ邪魔にならないように一括りに纏めているだけだった。

いつも楽しそうに友達と笑いあうクラスメイトの女の子を傍目で見る私は、誰と話すでもなく、赤くひび割れた絆創膏だらけの自分の手を見ながら一人ぼっちで過ごしていた。


そんな時、私の人生を変えたともいえる、忘れもしない一言が私の耳に届いたんだ。



『――〇△さん、ダンジョンに行くようになってからめっちゃキレイになったよねー』


『ね~、ホント羨まし~! なんかお金もすごい貰えるんだってさ。※◇ちゃんも興味ある感じ?』


『んー、興味はあるけど...でも、やっぱ怖いじゃん。死んじゃうかもしれないんだし』


『やっぱそうだよね~! 私も絶対行きたくな~い。傷とか残ったらヤバイじゃ~ん』


『でもさー、髪の毛の色とか変わったりするんでしょ? ちょっと憧れるよねー』


『それとこれとは話違くな~い? しかもそれってめちゃめちゃ強い人たちでも珍しい現象って話だしさ』


『確かにー! そういや話変わるけどさ、昨日テレビで――』



彼女たちにとってはほんの世間話のネタの一つだったんだろうけど、私はそれを聞いて目から鱗が落ちた気分だった。少しでも稼げるようになれば母も少しは楽できるようになるし、痛い思いなんてちょくちょくしていた。あぁ、人に叩かれるとかそういうのではなく、赤くひび割れた手で洗濯や洗い物をするとめっちゃ染みて痛いとかそういう程度だったけれど。

傷が残るも何も、私の手なんて傷だらけだし、中学生らしく肌は荒れ気味だし、髪の毛もこれでもかというくらいに痛んでいた。つまり、失うものがなかったともいえる。


ふんすと気合を入れて、覆ることのない覚悟をしっかり決めて家に帰ると、母にこれでもかと熱意を込めたプレゼンを行った。私がダンジョンで稼げるようになればどれだけ生活が豊かになるのかを滾々こんこんと語って聞かせたのだ。なぜって、未成年がダンジョンに入るには親の一筆が必ず必要になるからだ。


ダンジョンが現実に生まれてもう百年以上も経っている...らしい。社会の教科はすぐ眠くなるからあんまり覚えてないけど、百年も経っている以上、それをとりまく制度は充実しているし、未成年でも許可があれば入れると断言できる程度には安全性なんかもしっかり担保されていた。それでも毎年少なくない死者が出るけど。


母は母らしく、中学生になって間もない娘に危険な事はしてほしくないと突っぱねていた。が、一週間にも及ぶ説得の末に一つの譲歩を引き出せた。



『ダンジョンに初めて入ると、何かのスキルを覚えられるんだけどね。もし美香ちゃんが覚えたスキルが戦闘用のものじゃなかったときは、ダンジョンの事はきっぱり諦めてほしいの。

 それでもいいなら、日曜日にママと一緒に近くの...ところは臭くてアレだから、ちょっと遠いけれど隣町のダンジョンに行きましょう、ね?』


『分かったよ、母』


『母じゃなくてママよ、美香ちゃん。いつもいってるでしょ?』


『うん、分かったよ。母』







日曜日。そうして私は母と共にそこそこの時間を電車に揺られて、隣町のダンジョンにやってきた。母と係員の人の書類のやり取りを所在なさげにぼーっと見ながら待っていると、やり取りが終わったのか係員の人が私たちを先導し始めた。


建物の中には開きっぱなしの分厚い金属の扉があり、その奥には薄暗く湿った、冷たい風の流れてくるレンガ張りの穴があった。電車が余裕をもって通れそうなくらいの太さの横穴だ。そこに向かって一歩踏み出すと――。



不思議な感覚と共に、私は【光の魔法】を覚えたような気がした。



『【光の魔法】...?』


『お、光魔法だったんだね、おめでとう。お嬢ちゃんは今日から魔法使いだ』


先導してくれた係員の人からそう伝えられると、母はとても喜んでいた。なぜかって、光属性は凡そ戦闘には向かないスキルだと言われているからだ。


ダンジョンが現実に生まれてから、つまりダンジョンが人類にスキルという恩恵を与え始めてから百年以上。日々の研究によりスキルや魔法についてはかなりの部分が解明されている。

確かに未発見のスキルが突然現れる、なんてことは現代でもざらに起きているらしいけれど、少なくとも魔法系のスキルについてはある程度の傾向があると認められている。例えば炎属性は威力が高いけど、ドロップアイテムの品質が下がるとか。例えば水属性は空気中の水分を集めるから、空気中の汚れまで混ざって飲み水には不向きとか。

そんな中で、私が覚えた光属性の傾向は、暗いところを明るく照らせる、汚いものをそこそこ奇麗にできる...といったものだ。


まぁつまり、非常にがっかりだった。



『はぁよかった、美香ちゃんが光魔法を授かってくれて。もし戦闘系のスキルだったらと思うとママは、もう本当に心配で心配で...』


『おや、そういう事情でしたか。ええ、お母さんの気持ちはとても分かります。いざ自分の子供が戦うとなると、前線に出るよりも後方でサポートしてくれていた方が余程安全ですからね』


『ええ、本当に。この子ったらダンジョンに一人で潜るつもりだったみたいで、下手に戦えるようなスキルが与えられたらと思うと、もう本当に...』


『なるほど、それならお母さんも安心ですね。光の魔法で一人で戦うなんて、それこそ死にに行くようなものですから...。光魔法でソロなんて、それこそ特攻で効くアンデッド相手じゃないと。あの不人気ナンバーワンの』


『...? え、【光の魔法】でも一人で戦える、のですか?』


『え? えぇ、アンデッド相手であれば光魔法は特攻ですから。他の魔物に対しては戦う力がなくとも、ことアンデッドに関して言えばソロでも戦えるようですね。まぁ、数時間入るだけで一週間は食欲がなくなるほど臭いですし、見た目もエグいのでやる人なんてまず居ませんけどね』


『......』


『お母さん知ってます? ここからはちょっと遠いですけど、あの隣町のダンジョン。アンデッドしか出ないらしいんですけど、もうダンジョン周辺まで臭いのなんのって。

 私たち冒険者協会の職員の間ではですね、アンデッド系のダンジョンが担当になることを"罰ゲーム"って言ってですね――』



聞いてもないのにペラペラしゃべる係員さんの言葉のおかげで光明が差した。

家からちょっと遠い隣町のダンジョンの係員の言う"ここからちょっと遠い隣町の臭いダンジョン"。つまるところ、隣町の隣町......自宅の近所にあるやたら臭いダンジョンの事である。


どうやらそこでなら私でも一人で戦えるらしいと聞いてしまえば、やることはただ一つだった。



殴り込みである。







次の週の土曜日。めちゃめちゃ母を説得してから近くのダンジョンに向かった。自転車で五分くらいの近場にあるそこは、近所ではものすごく不人気のスポットだ。

なぜかって、みんなが口をそろえて"臭いから"と言うくらいには臭い。まだダンジョンの穴を覆うように作られた冒険者協会の建物が見えているわけでもないのにやや臭くなってきたし、自転車を漕げば漕ぐほど臭くなってくる。

この臭さに耐えてでも住もうとする住民も少ないのか、街並みから音がしない。なんだか街の空気すら淀んでいるような気がする。


誰一人として使用していない冒険者協会の駐車場に自転車を止め、冒険者協会の扉を開ける。建物の中は、鼻が慣れただけかもしれないけれど、思っていたほど臭くなかった。それでも換気扇はガンガン回っているし、六台並んだ空気清浄機がガーガー音を立てて仕事している。


たった一人で暇そうにしていたガリガリのアンデッドみたいな係員の人に、隣町で貰ったキラキラの冒険者IDを見せると、これでもかと驚いていた。冒険者が来たのは半年ぶりらしい。

そして、その半年ぶりに来た冒険者がまさか女子中学生とは思っていなかったらしく、やたら心配された。


開けっ放しの分厚い金属の扉はどのダンジョンにもあるのか、ここにもあった。そしてその奥には、また見たことあるサイズ感の横穴。隣町の奇麗な方のダンジョンは赤茶けたレンガ張りだったけれど、こっちは"ザ・洞窟"って感じだ。

そんな淀んだ、汚めの、まるで死神が手招きしているような、臭いダンジョンを初めて目の前にして、ほんの少し身震いしたのを今でも覚えている。そして、私はそのダンジョンに突入したんだ。


一歩一歩をしっかりと踏みしめて、ただ洞窟の中を前に進む。前方をしっかりと警戒し、ちらりちらりと後方の退路も確認する。右腕をいつでも素早く差し向けられるように半身を維持して、暗い洞窟を照らすように【光の魔法】を前に灯し続ける。私なりの全方位警戒ムーヴだ。

ちなみに【光の魔法】はこの一週間でめちゃめちゃ練習した。夜中、掛け布団の中に丸くなって練習し続けて、気づいたら朝になってた。おかげで社会の授業はずっと寝てた。おかげさまで、この頃には光で明るく照らすのは得意と言ってもいいほどに上達していた。"一週間努力したにしては"、と枕詞が付くけども。



......カラカラ......カロカロ......



前方で何か乾いた物を打ち鳴らすような音が聞こえた。おそらく骨だ。「スケルトン」という魔物で、アンデッド系のダンジョンで出会う二大巨頭の魔物のうち、比較的奇麗な方らしい。

足を止めて音のなる前方を警戒していると、カツ、カツ、とゆっくりではあるが確実に近づいてきていた。ギリギリ【光の魔法】の明かりが届く範囲に現れたそれは、ぬーっとその姿を現した。まさに歩く人骨標本。大きさ的に多分大人。男か女かは流石に判別できないけれど、王道ホラーの代表格として胸を張っていい存在感だった。


人生で初めて遭遇した魔物、スケルトン。ここに来るまでは「怖いんだろうな」「ホラー苦手なんだよな」「叫び声とかあげちゃうんだろうな」とややネガティブな思考をしていたし、さっきまでやっていた"全方位警戒ムーヴ"なんて、そんなホラー嫌いな私の精一杯の対策だった。が、実際遭遇してみると、なんというか...。使い古されすぎた王道ホラーの代表格に恐怖よりもシュールさが勝って、なんだかちょっと面白かった。鼻でふふんと笑ってしまった。


そんな私に怒りを感じて...などいなかったスケルトンは、これまでと同じようなゆったりとしたカツカツ歩きで近づいてくると、まだ10mは離れているというのにガクリと膝をつき、そのまま倒れて灰になってしまった。

灰の中には、暗い紫色の丸っこい1cm大の石が半ば埋まっていた。これが冒険者たちがダンジョンで求めるものの一つ、魔石だ。とはいえ、これ一個が五円で売れたら上出来なレベルだ。スケルトンはこれしか落とさないらしい。


これこそがアンデッドダンジョンの不人気さの理由の一つともいえる。えげつない臭さを放つダンジョンに潜って魔物を倒しても、一つ当たり数円程度の小石しか落とさない。いや、スケルトンはまだいいらしい。問題はもう片方の――。



......ズル......ズルズル......



また前方から音が聞こえた。何かをゆっくりと引きずるような、そんな音。間違いなくアンデッド系のダンジョンで二大巨頭のもう片方、比較的最悪な方と名高い「ゾンビ」である。


また足を止めて待ち構えていると、特殊メイクも真っ青なリアルな質感を持つゾンビが現れた。ところどころ肉が貫通して穴空いてるし、中から緑、赤、黒で構成された臓器っぽい何かがはみ出している。はちゃめちゃに臭いらしいけれど、【光の魔法】は汚いものを奇麗にする効果もあるようで、思っていたほど臭いを感じなかった。


ウボー、ヌボーと声にならない声をあげながら、またもやゆっくりヒタヒタ歩きで近づいてくると、まだ10mは離れているというのにガクリと膝をつき、そのまま倒れて名状しがたい塊になってしまった。

塊の真ん中付近には、またまた暗い紫色の丸っこい1cm大の石が半ば埋まっていた。一個が五円で売れたら上出来なレベルの例のアレ...魔石である。


ねちょねちょした名状しがたい塊に半分ほど埋まった魔石を摘まみ上げると、ぬちゃあ...っと粘液めいたものが手にめっちゃ付いた。アンデッドダンジョンの不人気さの理由その二。一つ当たり数円程度の小石のくせに、とんでもなく嫌な思いをさせられる。そりゃ人が寄り付かないわけだ。

ちなみにぬちゃあ...っとした手に付いた粘液は【光の魔法】の灯りで空気中に溶けるように消えてくれた。でもなんかちょっと嫌だったから、ほんの少しの間だけ息を止めた。


そして、隣町のダンジョンの係員が言っていた「光魔法でもアンデッド相手ならソロで戦える」というのも理解できた。今日私はまだ【光の魔法】で攻撃らしい攻撃なんてしていないのだ。つまるところ、「アンデッドは【光の魔法】の灯りを近づけるだけで勝手に倒れる」ということだ。


ただ明かりを灯しただけの状態でダンジョンを練り歩いた私はその日、稼ぎの千円札を握りしめてドヤ顔で家に帰った。家で心配してくれていた母に日頃の感謝を込めてそれを渡し、いつもよりちょっとだけ贅沢な晩御飯を二人で食べた。


誰も来ないアンデッドダンジョンを練り歩くだけでそこそこ稼げたのだ。これからも暇を見つけてはダンジョンに通い、少しでも稼いで生活をちょっとずつ良くしていこう。

調べた感じ、ダンジョン冒険者たちは色々な場所を転々としながら経験を積むそうだ。戦いやすいダンジョンで下積みして、ちょっとだけ戦いにくいダンジョンに挑戦を繰り返す。そうして少しずつ出来ることを増やして、少しずつ稼ぎを良くしていくとかなんとか。

でも私はそれができない。なぜなら【光の魔法】を使うソロ冒険者だから、アンデッド相手じゃないとまともに戦えない。だからこそ私は地域密着型のダンジョン冒険者になろう。

私の目的は強くなる事じゃない。あの近場のアンデッドダンジョンを練り歩いて、ちょっとでも日々の暮らしで贅沢が出来ればそれでいいのだから。







翌、日曜日もまたダンジョンを一日中、今度は音が聞こえる方に向かって歩き続けた。ニヤニヤしながら千五百円を母に渡した。



次の週には歩くことをやめてダンジョン内を走ることにした。二千円だった。



平日でも放課後はダンジョンに寄り道して帰るようになった。大体一日に三百円くらいだったけれど、それでも最高の気分だった。



二か月後、初めて使ったときよりも【光の魔法】の灯りが遠くまで届いていることに気が付いた。成長を感じてうれしかった。



夏休みは毎日ダンジョンに通った。今でも毎日洗濯物や食器洗いはしているけれど、今まであったはずのあかぎれや傷が気づけばなくなり、家事をしない人並みの傷のない手になっていた。若さゆえの顔の肌荒れもキレイになっていた。



夏休みの途中からは二階層に降りてみた。一階層に比べてアンデッドがすぐに倒れず効率が良くなかったけれど、それも徐々に改善していった。



半年後、クラスメイトに話しかけられた。使っている化粧品を聞かれたけれど、使ってないと答えたら嘘をついていると思われた。



一年後、先生に呼び出され、カラコンや髪を染めるのは禁止だと告げられた。だけど、髪なんて染めてないしカラコンも使ってないと弁明した。家に帰って鏡を見ると、真っ黒だったはずの髪に金色が混ざっていたし、真っ黒だったはずの瞳もやや茶色に変化していた。

私の与り知らぬところで、いつのまにか私はグレていたらしい。その日から、なんだか周囲の私を見る目が変わった気がした。



二年後、髪も瞳もきんきらきんになり、骨格から変わったんじゃないかっていうくらいすっきりとした少女になっていた。前までは鏡を見るのが億劫だったけれど、最近はそこまで拒否感がなくなった。というか、鏡に映る自分が未だに自分であると心の底から思えていない。



近場の高校に入学したが、毎日のダンジョン通いはまだ続いている。新しいクラスメイトからは「天使」とあだ名をつけられ、そこそこ注目を浴びるようになった。

先生には母からダンジョン通いで瞳と髪の色が変わったと説明があったらしい。高校では中学と違い、半グレの烙印を押されずに済みそうだ。



三年後、五階層に初めて足を踏み入れる頃、【光の魔法】が勝手に形をとるようになっていた事に気づいた。単純に頭上から周囲を照らすだけの光の玉が、いつの間にか輪っかになっていたのだ。遅れてきた中二病患者の私は、安直に【ヘイロー】と名付けた。

ちなみに、この頃には一日に数万円を稼げるようになっていた。母も仕事を辞めて全ての家事を引き受けてくれるようになり、私はより一層ダンジョンに挑めるようになった。



四年後、【ヘイロー】を使うと、勝手に光が背中で翼を象るようになった。安直に【白翼】と名付けたが、ヘイローと白翼を持つ金髪金眼の儚げな美少女、さらには高校の制服で、周囲にはうごめくアンデッド。白魚のような美しい指で冒涜的な塊から魔石を摘まみ上げ、ねっちょりとした臭い粘液にも最早慣れた様子で気にも留めないその姿は、まさに天使と言えるのではないだろうか...と得体もなく考えていた。

ちなみに【白翼】では飛べなかった。なんのために存在してんの?







そして現在。高校三年生の夏休みも半ばというところで、ダンジョン内にあるやたら広々とした部屋の中央で過去に思いを馳せていた。大学受験を控え勉強に大量の時間を使うわけもなく、高校最後の思い出作りにあちらこちらに遊びに行ったりと忙しい青春を送るわけでもなく、高校中から天使天使と注目され続けたものの友達らしい友達も作らずに毎日ダンジョンに通い詰めた日々。それに突然終止符を打ってしまったかもしれなかったからだ。


どうやらこのアンデッドダンジョンは最下層が十階層だったらしく、さっきまでそこにいたボスらしき巨大な骸骨を灰にしてしまったところだ。

そりゃ、現実逃避もしたくなる。過去に思いを馳せたくもなる。最下層のボス、はっきり言って倒すつもりなんて欠片もなかったのだ。



「便利だったのにな...。家の近所だったし、アンデッドしか出なかったし...。はぁ...」



ダンジョンには明確な"終わり"がある。それこそが「そのダンジョンの最下層に存在するボスを討伐する事」であり、それ以外に手段はない...らしい。最下層のボスを討伐すると、そのダンジョンは数時間後から徐々に消滅をはじめ、時間をかけて何もなかった状態に戻るそうだ。なぜ疑問形かというと、最下層ボスを倒した例なんて世界的に見てもほとんどないからだ。

逆に言えば、最下層のボスさえそこで生き続けていれば、そのダンジョンは消えることがないともいえる。



「不意打ちが過ぎると思うんだよね。階段(?)を下りたらそこがいきなりボス部屋で? 初見殺しみたいにボスがいきなり突っ込んできて? 私の【後光】でさっくり消滅? 無理だって、不可避だよこんなのぉ...」



この数年間ダンジョンで一人ぼっちだったからこそ癖になってしまった独り言が、つらつらと口から流れ出てきた。

確かにボス部屋の初見殺しは有効だったと思う。私相手でなければ、と注意書きが付くけど。


そりゃ普通のダンジョン冒険者であれば、階段を降りてすぐに最下層のボスがいきなり突っ込んで来ようものなら大ダメージ必至だ。すぐに降りてきた階段を駆け上がる事が出来れば死にはしないだろうが、ここのは階段というよりも直下型の穴のようなものだ。頑張れば登れる段差があるから一応は階段なのだろうが、咄嗟に上るのは難しい。確かに、殺しに来ていたといえる。


でもそこにいたのは私だった。ただの【光の魔法】の灯りでしかなかった【ヘイロー】ならいざ知らず、その時使っていたのは【光の魔法】の中でもより広範囲のアンデッド殺戮に重きを置いた効率重視型ヘイローである【後光】だった。まさか突っ込んできた大きな骸骨が、そのままスライディング土下座をするように灰になっていくとは思いもよらなかった。あの噂に聞く最強と名高い最下層ボスが? 出会い頭に突っ込んできて? 触れる距離に届くに至らずそのまま消滅? 想定なんてできるはずがない...。



「あー、明日からどうしよっかな...」



ちょっとした判断ミスで稼ぎ場所を失った、アンデッド処理に特化した能力を持つに至った天使のような美少女、美香。

母と二人暮らしのまま大学受験をしても、とりあえず卒業まではなんとか生活できるくらいの貯蓄はある、はず。多分。でもその先は? その問答に明確な答えはなく、ただの堂々巡りに時間だけが過ぎていく。



「んー、どこかに都合のいいアンデッドダンジョンさえあれば...いや、もっと恒久的な稼ぎ、仕事...? 例えば、配信活動? でも話すことないし、うーん...」



将来を思い悩む美香の美しく金色に輝くその眼の先には、最下層ボスを討伐した精鋭に与えられる恩恵、この地球上で手に入れたものは両の手で数えられる程度しかいないといわれる、金色に縁どられた黒い大きな宝箱が鎮座していた。









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私はただ地域密着型ダンジョン冒険者になりたかった...。 有弥なしや @ariyanashiya

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