君の指には赤い花を。

桜吹雪

第1話 男は悪人だ

いつの時代のどこの町かもわからない路地裏に四十代くらいの男がいた。男は生まれたときから一人だった。家もなく気がついたら路地裏にいた。

男は生きるためならどんなことでもした。盗みもしたし人殺しだって数えきれないほどしてきた。男には友と呼べる人も家族もいなかった。たった一人の恋人でさえ気づけばいなくなっていた。

男には今が何月何日なのかもわからない。時がどれほど過ぎようとも男にとっては意味がなかった。自分は死ぬまで悪人なのだと自覚していたからだ。 


ある日、男が住む路地裏の隅に小さな女の子が倒れていた。変わらない日々を過ごす男にとっては少し驚く出来事だった。しかし女の子の服は粗末なもので金目のものは一切持っていなかった。盗むものもないとすれば殺す必要もない。売り飛ばすこともできるが…。どうしたものか…。


「おじさん……誰?」

しばらく考え込んでいる間に女の子が目を覚ましたようだ。何と答えるべきか、男は悩む。男は悪人だが、小さな女の子を売り飛ばすほど生活に困っているわけではない。もちろんお金は少ししか持ってないが盗みを働くことで最低限度の生活は送ることができているのだ。

「オレはここで暮らしている。ここは危ないから帰りな」

男は少し声を低くして怖がらせようとした。しかし女の子は逃げることも怖がることもせずにただ真っすぐに男の顔を見つめた。そしてハキハキとした声で男に向かって話し始めた。

「帰る場所なんてないわ……おじさんは危ないと言うけれどそれはおじさんのことでしょ!おじさんの目は今までたくさん悪いことをしてきた人の目よ」

「だったら何故今すぐ逃げ出さないのかね?」 

「だっておじさんは私が倒れている間に殺すことも売り飛ばすこともできたはずよ!でも何もしなかったわ!それどころか危ないからと忠告までしてくれたのよ……そんなおじさんに頼みがあるの!」

おかしな女の子だと男は思った。悪人が目の前にいるのに怖がりもせず頼み事をしてくる。普通なら面倒くさいので無視をするが、男は女の子に興味を持った。こんなに小さな女の子が帰る場所もなく悪人に頼み事をするほど追い詰められている。一体どんな頼み事をするのだろうか。男は聞くだけならただだと思い女の子に聞いた。

「頼み事とは何だね?」


女の子は少しびっくりした顔をしたが、男が話を聞いてくれるとわかり、嬉しそうな顔をしながら話し始めた。

「私にはお母さんがいたの……少し前に亡くなってしまったけれど……そのお母さんが死ぬ直前に父を探すよう私に頼んだの!手がかりなのは赤い指輪、お母さんの父、つまり私のおじいちゃんからもらった大切な指輪だそうよ、それを父が持っているから見つけて欲しいと言っていたわ……その後も何かを伝えようとしていたけれど聞き取れなかったからどうして私に父を探すように頼んだのかはわからないのよ!私は、母の弟であるおじさんにあずけられることになっていたから今さら父を探す必要もないのに……だから父に会えばきっとわかると思うの。でも一人じゃどうしようもなくて……」

「君のおじさんはどこにいるんだい?一緒に探してもらえばいいんじゃないかい?」

「私のおじさんは父のことをとても嫌っていたから頼れないわ……」

だからといって悪人である男を頼るのはとても不思議な話である。男は納得のいかない様子で女の子を見つめる。しかし変わらない日々を過ごしている男にとっては女の子に協力するのは楽しいのかもしれないという考えが面倒くさい気持ちにまさった。

「わかった、協力するよ!丁度暇だからな」

男の言葉に女の子は瞳を輝かせた。その顔を見て無意識に男は微笑んでいた。



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