覚悟あってのデスゲーム

宿木 柊花

第1話

 裏切った紙切れを天に投げつける。

 それは皮肉にも桜吹雪のように舞い上がった。

 季節外れの花筏はないかだ


 ――『桜』はいないんだな。


 桜はギャンブル好きの佐藤サツマの女神ミューズだった。

 彼女が言ったことはことごとく実現し、佐藤の生活も桜と出会う前後では雲泥の差があった。

 現に桜と暮らした数ヶ月、佐藤はギャンブルをしなかった。

 親の葬式でも競馬に行き、親族から入院治療を勧められていた佐藤がしなかった。

 それほど桜との日常は刺激的だった。


「全然、全然だ」


 氷のような欄干を叩く拳は震えていた。

 ガンガンと鈍く冷たい音が燃えるような夕日に響く。

 からっぽの心は常に刺激を求める。心臓を動かしつづけるにも刺激がいる。

 そんな佐藤の後ろを足早に住民たちが通りすぎていく。目を伏せ避けていくさまは悪しき亡霊を避けるかのようだった。






 数瞬間後、佐藤は黒いワゴンの荷台に揺られていた。

 頭には触り心地の悪い麻袋が被せられている。

 毎度のことながら『お迎え』が急なうえに雑すぎる。佐藤は唇を引き結んだ。

 麻袋の粗い目から見える景色は赤や黄色の紅葉とそれを生かす青と淡い白。

 日が明けている。


『ご気分はいかがでしょうか?』


 運転席の方から男性のつとめて紳士的な声が聞こえてくる。

 答えようとして声が出ないことに気づき、小さくため息をついた。

 ――束の間だったな。

 佐藤の一週間にわたる休息日は満たされることなく昨日で終わりを告げた。

 先のチャレンジで失った声などは余計な詮索を生まないため休息日の間だけレンタルという形になっていた。


 だが、失っていないはずの手足が動かない。縛られているという感覚ではなく、力が入らないもしくは感覚がなくなっていると言った方が正しいかもしれない。


『それはこれから行われる最後のチャレンジへの事前準備です。今回のチャレンジ部位は、脳です』


 脳。

 そう聞いて佐藤はチャレンジ内容を思案する。

 運のない佐藤にとって時間は武器だ。開始までの間にあらゆる可能性を想定して最適解を導いておく必要があった。

 この演算能力にかけては秀でている自負がある。


『ちなみに佐藤様は成功したあかつきにはどのような賞品を……』


 ――もちろん桜だ。

 被せるように強く思う。


『初志貫徹ですね。素晴らしい。とても佐藤様らしいお答えです』


 運転席の男はハハハと爽やかに笑う。

 思考を読まれるというのは慣れてきても気分の良いものではない。


『多くの方は最後ともなると最初に願った賞品よりも元の生活、もといをご所望するのです』


 着きましたよ、の一言の後に佐藤は車椅子とも台車ともとれないものに乗せられた。

 無造作に、まるで物扱いだった。




 無機質なコンクリートの威圧を受けながら迷いなく通路を進む。

 ひんやりと冷えた空気が頬を撫で、濃厚な鉄臭さが鼻腔にこびりつく。何度来てもぞくりと気持ち悪い場所だ。


『お疲れ■■■』

『■■■さんお疲れさまです。今日の担当の方はチャレンジ失敗のようですね?』


 そうなんだ、と首に回していた片腕でバイバイをするかのように振ってみせる。

 その腕は

 ――新人か。

 まだ休息日が残っている者は義手や義足が着けやすいように配慮されることがあるという。

 佐藤は感覚のない手足が少し心配になった。


『そちらはS……佐藤様ですね。素晴らしい! とうとう最終チャレンジですか。期待してますよ』


 腕を肩に乗せた男性は鼻唄混じりに去っていった。

 道すがら人が倒れている。『Y』と書かれた麻袋が被せられ、佐藤と同じ白い服は右肩から赤く染まっていた。

 新鮮な血の匂いは甘い。


 瞬間、視界が暗転した。





『始まりますよ』

 明転した視界は徐々にハッキリと周囲を写し出す。

 コンクリート打ちの壁と天井には照明が埋め込まれ、正面の壁は全面モニターになっている。

 むき出しの地面は一部を除き雑草が生えている。生えない場所は他より黒い、ペナルティエリアだろう。

 血液には塩分が含まれているそのせいだろう。


『脳みそチャレンジへようこそ!』


 モニターに映った棒人間が甲高い声で叫ぶ。

 ――始まった。

 佐藤は台に乗せられたままモニターと対峙する。








 一言で言えば佐藤のチャレンジは失敗だった。

 内容はどのチャレンジよりも簡単で失敗しようもないと思われた。

 だが、佐藤は失敗した。

 佐藤の頭は文字通りからっぽになった。


『サツマ様お疲れさまでした』


 来た時と同じように車椅子に乗せて男性は佐藤を連れていく。

 血まみれの男性の押す車椅子には大きな瓶の中で胎児のように揺蕩たゆたが座っている。


『また一から脳みそチャレンジ頑張りましょうね』


 きっと次に望む賞品は元の体になるだろう。

 佐藤はその高い演算能力を買われて最新AIに生まれ変わることだろう。

 そしてその中でも『桜』を探すのだろう。


 男性と共に佐藤はコンクリートの下へと消えていった。




 発端は苗字協会の均衡が崩れるという一言から多すぎる『佐藤』を間引き、IT活用をはじめた。

 そして、AI大きく進化した。




 完

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