第29話 意外な人物からのDM

 夕方、パチンコ店から帰宅した五十嵐は、スーパーで買った寿司をつまみながら、動画のコメント欄に目を通した。


『キター! 久々のタクシーネタ』

『このおじさんに天罰を!』

『五十嵐さんの最後のアドバイスにしびれました』

『このおじさん、本当は大学教授だったりして(笑)』

『ていうか、騙される方が悪くない?』

『このおじさん、かなり頭がいいですね』

『おじさんと五十嵐さんの攻防を見てみたいです』

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(俺のアドバイスより、おじさんの方が注目を浴びてるんだけど……まあ、いいか。登録者さえ増えてくれれば、そんなのはどうでもいい)


 五十嵐はそんなことを考えながら、なおもコメントをチェックしていると、DMが一件入っていることに気付いた。

 

(今までDMなんて来たことなかったのに、一体どんな人が送ってきたんだ?)


 五十嵐は恐る恐る送信者名を覗いてみた。

 すると、【山中辰徳】という文字が目に入り、その瞬間、彼の頭の中にある人物の顔が浮かんだ。


(山中辰徳って、大手芸能事務所の社長じゃないか。最近よくテレビに出てるから知ってるけど、その社長が俺にDMを送ってくるということは、もしかして──)


 五十嵐は期待に胸を膨らませながら、そこに書かれている文に目を向けた。


『初めまして。私は芸能事務所の社長をしている山中辰徳という者です。突然このようなものを送って、さぞ驚かれていることかと思いますが、今回私がこのような行動に至ったのは、五十嵐さんの動画を観て感動したからに他なりません。ネタ選択のセンス、話術、ユーモアのどれをとっても一流で、五十嵐さんのような方は我が事務所はおろか、芸能界全体を見渡しても数えるほどしかいません。我が事務所は現在多くの歌手や俳優を抱えていますが、最近はバラエティ部門の方にも力を入れていて、オーディション等を頻繁に開催しているのですが、なかなかいい人材が見つかりません。さて、ここからが本題なのですが、是非とも我が事務所に入っていただけないでしょうか。動画を観る限り、五十嵐さんは即戦力として活躍できる人材だと思っています。もちろん、動画の投稿はそのまま続けてもらって構いません。今の時代、テレビと動画の二刀流は普通のことですからね。最後になりますが、どうか私を助けると思って、入所の程をご検討願います』


 五十嵐は読み終わると、「よっしゃ!」と大声で叫び、半分ほど残っていたペットボトルのお茶を一気に飲み干した。


(動画の投稿を始めて約三ヶ月。ついにここまできたか。思えば長かったような短かったような……それにしても、社長は俺のことを思い切り高く評価してるな。まあ、半分は俺を入所させるためのリップサービスなんだろうけど、それにしても46歳の素人を自ら進んでスカウトするなんて、この社長は只者じゃない。よほどの切れ者かただのバカかのどちらかだ。……いや。ただのバカが社長になんてなれるはずないから、やはり切れ者ということか。いずれにせよ、これを断る道理はないな)


 五十嵐は文章の後に書かれている連絡先に、早速電話をかけた。


「はい。山中プロダクションです」


「もしもし。私、五十嵐幸助という者ですが、社長はいらっしゃいますか?」


「はい。五十嵐様のことは社長から伺っております。少々お待ちください」


(もしかすると、このDMがいたずらという可能性もあったが、どうやらそれはなさそうだな)


 そんなことを考えていると、「もしもし。お電話替わりました」と、受話口から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


(テレビの声と一緒だ。この人は間違いなく本物の山中社長だ)


 五十嵐は一安心しながら、「先程DM見ました。私なんかでよかったら、ぜひ入所させてください」と、弾んだ口調で言った。


「本当ですか! ありがとうございます。では、入所されるにあたって、契約書にサインをしていただく必要があるので、一度お会いしたいのですが、ご都合のよろしい日時と場所を教えていただけますでしょうか?」


「では、来週の日曜日の午後三時、場所は家の近所のカフェで大丈夫ですか?」


「分かりました。では、また近いうちにご連絡差し上げますので、今日はこれで失礼します」


「失礼します」


 五十嵐は相手が電話を切ったのを確認した後、自らも切った。


(来週の日曜日に山中事務所と契約したら、俺は晴れて芸能人になるんだな。山中事務所って歌手や俳優が多いから、もしかしたらアイドル歌手や美人女優とお近づきになれるかも……ムフフ)


 五十嵐はそんな妄想をするほど舞い上がっていた。



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