第8話 苦渋の決断

「──というわけなんだよ」


 萌と会った翌日、五十嵐は友人の新田と古宮を行きつけの居酒屋に呼び出し、昨日の経緯を事細かく説明した。


「事情は分かったけど、それで俺たちにどうしろって言うんだ?」


 怪訝な顔で訊く新田に、五十嵐は「俺としては、これからも動画を投稿し続けたいんだけど、どうしたら娘に認めてもらえるかお前らに教えてもらおうと思ってな」と、真剣な顔で返した。


「それなら、俺たちみたいな独り者より、娘のいる佐藤に訊いた方がいいんじゃないのか?」


 もっともなことを言う古宮に、五十嵐は「日曜日の夕方に所帯持ちの佐藤を呼び出せるわけないだろ」と、これまた尤もな意見で返した。


「それよりお前、なんで今まで動画を投稿してることを俺たちに隠してたんだよ」

「そうだよ。俺たち知り合ってからもう15年以上経つっていうのに、水臭いじゃないか」


「別に隠してたわけじゃない。俺としては、もう少し有名になってから言った方がいいと思ったんだ」


「そういえば、お前この前、負け組じゃないことを証明してみせるって息巻いてたけど、あれって今言った動画のことだったんだな」

「俺も思い出した。あの時は冗談だと思ってたけど、まさかそんなこと考えてたとはな」


「いや。あの時はお前らに詰められてついあんなこと言ったけど、本当はそこまで考えてたわけじゃない。あの後、職場の同僚に相談して、動画のことを教えてもらったんだ」


「なんだ、そういうことか。普段そんなもの見ないお前がいきなり始めたって言うから、おかしいと思ったんだ」

「ということは、お前はあの時なんのプランもないのに、あんな強気な発言したんだな。ある意味、尊敬するよ」


「それはもういいじゃないか。それより、さっきの件だけど、どうしたら娘に認めてもらえると思う?」


「というか、俺たちに一度、その動画を見せてみろよ」

「それを見ないことには、アドバイスしたくてもしようがないからな」


「それもそうだな。じゃあ二人とも、俺の言う通りにスマホを操作してくれ」


 五十嵐は二人に、自らのチャンネル名『中年の星』にチャンネルを合わさせ、今まで投稿した動画をすべて見せた。

 すると──





「なんで、こんな飯を食いながら仕事の話をしてるだけのものが流行ってるんだ?」

「そうだよ。これなら、俺たちだってできるじゃないか」


 二人の辛辣な意見に、五十嵐は「口で言うほど、簡単なものじゃないんだよ。いざやろうとすると、緊張してうまく喋れなくなるしさ」と、真向から反論した。


「そんなもんかね。まあ、俺はやるつもりはないから、どうでもいいけど」

「俺もごめんだな。これで飯が食っていけるほど稼げるのなら話は別だけどな」


「俺は別に、お前らにやってほしくて動画を見せたわけじゃない。ただアドバイスを聞きたかっただけだ」


「そういえば、そうだったな。で、そのアドバイスだが、結論から言うと、このまま続けてもいいんじゃないか? どうせ、こんなの、すぐに飽きられるからさ」

「俺もそう思う。娘さんとお前が親子だとバレる前に、もうお前自体が見られなくなるから」


「お前ら、二人そろって好き勝手いいやがって。もういい! お前らには頼まねえよ!」


 そう言うと、五十嵐は一万円札をテーブルの上に叩きつけ、逃げるように店を出て行った。


 五十嵐はマンションに帰ってからもなかなか寝付けず、布団の中で先程の出来事を振り返っていた。


(もしかしたら、あいつら俺のことが羨ましくて、あんな憎まれ口を叩いたのかもな。だとすると、あまり気にする必要はないかも……いや。そんな都合のいい考え方はダメだ。あいつらの言う通り、俺の動画はすぐに飽きられるかもしれないからな。とすると、後悔のないよう、このまま動画を投稿し続けた方がいいのか? でも、そんなことしたら萌とはもう会えなくなる。ただでさえ最近反抗期で、俺とまともに話してくれないのに、いま会えなくなったら、この先もう一生会えなくなるかもしれない。それだけは絶対に避けないと)


 萌と会えないのは耐え難いと判断した五十嵐は、とりあえずほとぼりが冷めるまで動画の投稿を控える決断をした。


(これでいい。せっかく面白くなってきたのに今やめるのは辛いが、萌と会えなくなるのはもっと辛いからな)


 苦渋の決断をした五十嵐はその後もなかなか寝付けず、翌朝睡眠不足のまま郵便局へ出掛けていった。






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