召喚された異世界で(知らない奴が)魔神を退治したら日本に送り返された俺。向こうでは役立たずだった祝福、『異世界商人』で日本初のダンジョン攻略者になる!

あかむらさき

第一章 サクラサク~出会いと迷宮

第001話 【召喚勇者は店舗を手に入れた! ……と思ったとたんに。】

 ゴツゴツとした石造りで出来た狭い建物の中。

 安っぽい木板製のカウンターの上で、大きさも材質も違う硬貨――鋳造の荒い銅貨や銀貨を数える……俺。


「苦節十年、誰に褒められる事もなく、よく頑張ったよな。

 戦闘スキルも持っていない、下級の魔物しか倒せない、そんな俺がちゃんとした店を構えることが出来るなんてさ。

 ……まぁ首都じゃなく、地方都市の中古物件なんだけどな」


 地方と言っても一応は城塞都市。

 囲まれた壁の中で、土地を確保して建物を取り壊して。新築で店舗を構えるなんて……それこそ国一番の大店でもなければそうそう出来ることではないから中古物件なのは当たり前なんだけどさ。

 そんな、商人として多少は成功したと自慢出来る俺がこの世界、『イスカリア』と呼ばれる異世界に呼び出されたのは今から十年ほど前のこと。


 期待の大型新人ならぬ希望の異世界勇者!

 ……の、一人として地球から拉致……ではなかったか。一応ではあるが、ちゃんと転移前に本人の意思確認はされたしさ。

 でもな? 両親が交通事故で亡くなった直後で茫然自失の状態。

 これからのことなんて何も考えられず全ての未来に対して投げやりで。

 思考能力なんて完全に欠落している状態の人間に、


『幸運にも貴方は大いなる存在に認められました。

 これより我々の世界で勇者として輝かしい活躍をして頂けませんか?』


 なんて言う、ちょっとおかしな自衛隊の勧誘みたいな質問されても困るよね?

 そんなの、


『とうとう幻聴まで聞こえだしちゃったのかよ、そこまで精神的におかしくなったのか俺……』


 としか思わないじゃん?

 あと、いきなりのことに驚いて心のなかで呟いた、


『お、おう……』


 と言う返事で肯定の言葉などではなく、『日本人独特の疑問を含んだ曖昧な表現』なんだよ。つまりちょっとした心の機微だったんだよ。

 それを勝手に了承したと勘違いされた挙句、寝転んでいたベッドからいきなり知らない場所……綺羅びやかなステンドグラスの光差し込む、荘厳な石造りの大教会の中に呼び出された俺の心境ときたら。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。そう、そんな十年も昔のことなんて今さらどうだっていいことなんだ。


 『勇者』として呼び出されたハズなのに剣技や魔法などの『戦闘系スキル』を持っているでもなく、『異世界商人』とかいう意味の分からない祝福(ギフト)だけで魔物と戦わされたことなんて……思い出しても仕方がないのだから。

 マジであの当時はどうにかしてたよな、俺。

 自分の命も含めてこの世のすべてがどうでもいいやと、


「はははっ、スキルが無いなら物理で殴れば良いんだよ!!」


 なんて意味の分からない事を叫びながら刃物を振り回してたんだからさ。大人になった今から思えばただの○○○○である。キレたナイフである。

 もちろんのこと、そんな『ただの勢いだけの蛮勇』がいつまでも続くハズもなく。半年ほどで我に返……る前に大怪我を負った俺。そのまま生死の境を彷徨うことに。


 『勇者が死んだ』などとなれば、間違いなく軍や一緒に呼び出された他の異世界人の士気が大幅に落ちてしまう上に、内地で応援してくれている平民層にまで動揺が走っちゃうからね?

 物凄い頑張って治療してもらったらしく……なんとか一命は取り留めた俺だったんだけどさ。

 その後、


「先頭に立ち、あれほど頑張ってくださった貴方に、このような残酷な宣言をせねばならない事は非常に残念なのですが……

 戦の役に立つスキルも、祝福も持たない貴方ではこの先の我々の戦いに付いてはこれないでしょう」


 ……いや、気づくの遅すぎだわ! そんなこと呼び出した瞬間から分かってたことだろうがよ!

 死にかけたことで『色んな負の感情』と言うドーピングも頭からスッポリと抜けてしまい、冷静で損得勘定の出来る日本人敵思考だけが残った俺。

 もちろんその提案を喜ぶ……と、これからも戦い続ける他の勇者達に失礼だし? この世の終わりのような、残念そうな表情をしながらしぶしぶと快諾。もちろん残念に思う気持ちなど一欠片も無かったのは言うまでもない事。


 盛大な送別会の後、これからこの異世界で生活するため、幾ばくかの支度金をもらって戦場から後方に移送されたのだった。

 そう、ここからいよいよ! 俺が授かったギフト、『異世界商人』でチートな大・活・躍! が始まるよっ!

 ……なんて少しだけ思ったんだけど、そんな美味しい話はまったくなかったよ……。

 異世界商人。その名前からも分かるように、


『異世界(つまり日本)から品物を購入し、取り寄せることが出来る『ネットショップ』的な能力』


 みたいな感じだと思うじゃないですか? いや、それは正(まさ)しく正(ただし)かったんだけどさ。

 でも、そのために必要な対価が、


『こっちの世界(異世界)での、品物を購入した地域でのその物の店売りの金額』


 という、非常に使い勝手の悪いもの。それもう、そのへんの店で買っても同じじゃねぇか!

 普通、こういうのって安く仕入れて高く売れるもんじゃないのかよ!?

 物珍しいモノを入手出来る能力のはずなのに、儲けは微々たる手数料でしか無いとか、ほんっとに意味がわかんねぇ……。


 まぁそんな、有能なんだか無能なんだか分からない能力だけを頼りに必死に頑張ってきたこの十年。

 悪い遊びで身を持ち崩す事もなく、爪に火をともすような思いで小銭を貯め……やっと、やっと自分の城である店舗を購入出来たってわけだ! あと爪を燃やすとすごく臭いので良い子のみんなは止めておこう。


「ふっ、ふふっ、ここからいよいよ俺の快進撃が始まるな!」


 これからは生活も安定するだろうし、若い嫁でも探すか!

 ……と、戦場を離れた時と同じ様なフラグを立てたのが悪かったのか……。


「えっと、何だこれ?

 体が、体が手足の指先から溶けていってる? えっ? えっ?」


 人間、あまりにも意味の分からない状況に陥ると、逆に冷静になるとはどうやら本当のことらしい。

 大きく騒ぐこともなく、ただただ唖然とする俺の頭の中に響いたのは俺がこちらに呼び出された時に聞いた、懐かしい……と感じるほど接触した覚えもないな。男とも女とも分からない何者かの声だった。


『勇者よ……ありがとうございました。貴方達のおかげでこの世界は滅ぶこともなく……見事、魔神は倒されました。

 約束通りあなた達を元の世界、元の場所、元の時代へと送り返しましょう。

 なお、この世界でのこれまでの経験、スキルなどはすべてリセットされますのであしからず』


 なるほど、あの日あの時あの場所に一緒に呼び出された、俺じゃない『他の誰か』が頑張って魔神を退治したと言う事らしい。

 ……いや、待って!? 俺、帰りたいとか一言もいった覚えはないし、考えたこともないんだけど!?

 そもそも、魔神を倒したら帰されるとか誰からも聞いてないんだけど!?

 一生懸命働いて働いて働いて……やっと、自分の店を手に入れたんだよ!?


 生活基盤も整ったし、これから夜の街に遊びに行こうとしてたんだよ!?

 今晩はお祝いに、獣人のお姉さん、ダークエルフのお姉さん、ホビットのお姉さんがゴニョゴニョしてくれる大人のお店のハシゴでもしょうかと思ってたのに!

 婚活もいっぱい頑張って、あわよくば十代の嫁さんとか貰おうと考えてたのに!


「いーやーだー!! 帰りたくない!!

 何があろうとも俺はこの世界に残……るん……」


 そんな俺の思いが何処かの誰かに通じるハズもなく、突然この異世界に呼ばれたあの時と同じように……俺の体も意識もこの世界から綺麗さっぱりと消え去ったのだった。

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