第2話 なぜか悪役令嬢と呼ばれる
ルイヴィスさんが書類を片付けてる横で、学園の教科書をパラパラと捲る。学園で勉強したかったなと思っていた時期もあるけど、ルイヴィスさんがそばにいて欲しいと望むならこれが最適な答えだと思う。
家族も無理して学園になんて通わないでいい。なんて言ってくれる。無理してではなかったけど、家族がそう望むならそれがきっと正しい。
「どうした?」
私の髪の毛をそっと持ち上げて心配そうな顔をする。どうしてこんなに優しく、心配してくれるんだろう……。
理由はなんとなくわかってるけど。
前世の記憶を思い出した中に、ルイヴィスさんが心配する理由がひとつだけ存在していた。
でも……普通だったら私なんかを婚約者にしてないと思うんだけどな。
ちょっぴり年上だから攻略対象ではないのかもしれない。どちらかといえば、ルイヴィスさんの弟ローランの方がそれっぽい。
私の一個上だし、学校に通って生徒会に入っているし。
「どうもしませんよ」
学園に入ってもいないのに、私は学園で「悪役令嬢」という噂になっているらしい。誰も不幸にならないならそれでも全然構わないのだけど。
学園に関わってる人もいないから、どうしてそんな噂になってるのかは少し気になる。
「そうか。あと少しで一区切りつくから、ランチでも行こう」
「はい」
騎士団で事務処理などの手伝いの傍ら、教科書で学ぶ日々。家族も嬉しそうだし、本音がどうかはわからないけど、氣志團のみんなも助かったと言ってくれている。
私なり良い日常を送れてる、と思う。
今日は私がお手伝いできる書類は、ないらしい。ここに一人で座って教科書を読んでいても、何の役にも立てていないのに。
いつだったか、「仕事をください!」と言ったら、勉強も仕事のうちと返された。だったら、学園に通った方がもっと大切なことを学べる気もするんだけど。
「よし、終わり。何か食べたいものあるか?」
ルイヴィスさんが私を気遣ってくれてるのありがたい。でも、幼馴染だったはずの私たちの関係は、婚約者と名前を変えてから少しぎこちなくなってしまっている。
「ルイヴィスさんの食べたいモノで……」
「そうか……」
こくん、と頷けば、ふぅーっと深い呼吸が聞こえる。あ、悩ませてしまった。
どうしようどうしよう。
「あっ!」
「何かあったか?」
「エミリオさんが言ってた、下町のお店どうですか? ボリュームがあって、食べたことないって言ってましたよ」
「あぁ、ツバサ亭か。いいな」
エミリオさんは、街の情報通の副団長だ。チャラいところもあるけど、優しく私の面倒を見てくれる騎士団のメンバーの一人だ。
女の子を落とすには美味い店からが、口癖で、美味しいご飯屋さんに詳しい。だから、ルイヴィスさんの疲れを少しでも癒せるように、ルイヴィスさんが好きそうなお店を毎回教えてもらってる。
「では行こうか」
ぐーっと伸びをしたかと思うと、当たり前のように私に手を差し出す。婚約者になったからとはいえ、一緒に木登りをしていたお兄ちゃんにエスコートされるのは今でも慣れない。
手を握り返せば、存在を確かめるようにニギニギと手を握られた。
「今日は、ベルネーゼが好きなデザートも買うか」
「大丈夫、大丈夫です」
「いつも頑張ってくれてるからな」
そう言われてしまえば、断れない。受け取ることを求められているのがわかるから。頷いて、手を握りしめて街へと繰り出す。
街を歩くたびに前世の記憶を思い出すまでは思わなかったけど、姉が好きそうな世界だなぁと思う。レンガ調の建物が並び立つカラフルな街並み。
ワイバーンの肉の串焼き、スライムケーキ、フェニックスのスープ。ファンタジー色の強めなこの世界は、きっと私じゃなくて姉が来るべきだったと思う。
姉は元気だろうか。顔を見たのはもう数年も前だった気がするけど、お父さんとお母さんと大丈夫かな。私が死んじゃって……
考えても答えは出ないのに、家族に思いを馳せてしまう。
「ここか」
ファンタジー世界に異色な雰囲気を纏った、ツバサ亭……名前の時点で気づくべきだった。
「ここ、ですか」
見た目の外観は、完全に和食のお店。ツバサという言葉もこの国にはない。私と同じ、日本出身の誰かがいる。もしくは、その子孫か。
日本人がいたところで、どうってことはないんだけど……ないんだけど……少し胸がざらりとする。
「他の店に変えるか?」
「あ、いえ、入りましょう!」
だって、エミリオさんが言ってたもん。「ルイヴィスが絶対好きな感じ!」って。それなら、私の気持ちは優先すべきじゃない。
引き戸を横に引けば、ルイヴィスさんがパチパチと瞬きをして立ち止まる。不思議に思って顔を見つめれば「
よくわかったな……?」なんて呟いていた。
あぁそういえばこの世界はこういうタイプのドアないかもしれない。
「エミリオさんに聞いてたんです」
「そうか……」
エミリオさんごめんなさい。あなたのせいにしてしまって。でも悪いことじゃないから、いいよね……?
疑うこともなく、店内に進んでくれるルイヴィスさんにほっと安堵する。転生者なことがバレたとしても問題はないはず。それでも、転生者は世界にいい変化をもたらすという理から私は、外れてしまっている。
文明を進歩させたわけでも、国を守れるわけでも、チートなんてものを持ってるわけでもない。
だから……バレてほしくないなと思った。役に立たないことに気づかれたくなかった。
「いらっしゃいませー! ツバサ亭へようこそ!」
統一された挨拶が店員さん達から同時に湧き上がる。この世界では珍しい接客も、ますます日本色を濃く感じさせた。
やっぱり、日本人の転生者がいるんだと思う。掘りごたつ式のテーブルに座れば、ルイヴィスさんがため息混じりにほぉっと安心した顔でとろけていた。
「ベルネーゼは何が食べたい?」
メニューはといえば、日本風異世界料理らしい。ワイバーンの芋煮。ワイバーンの芋煮!? ワイバーンって牛肉っぽい感じなのかな。
ポテトフライ、オーク肉じゃが、辛鳥のスンドゥブ。スンドゥブ? ライス付き……和食というよりも飲み会でよく使ってた、居酒屋の方が近い。
久しぶりのお米にちょっと感動して、つい、スンドゥブを指さしていた。
「スンドゥブ……か。俺は芋煮にしようかな。ライスも追加で。デザートも後で頼むから選んでおくと良い」
「はい」
そう言って渡されたデザートメニューには、さつまいものアイス添えが書かれていて。同じ世代の日本人だろうと、予想がついてしまう。絶対あの居酒屋さんだよね?
私が一人で考え込んでる間に、ルイヴィスさんが注文を済ませてくれていたようで、メニュー表と睨めっこする私をニコニコと見つめていた。
「メニューですか?」
気まずくなって、メニューが欲しいのか問い掛ければ、こほんと咳き込んで腕を組む。
「恋愛として俺のことは好きになれないか?」
ドキッとする一言に、つい目線を逸らしてしまう。そんなことは、ないと思う。それでも、正直恋愛は私には難しい。
前世でだって、家族のために必死に働くばかりで恋人も私にはいなかったし……
チラリと顔を窺えば寂しそうな表情をしてるから、そんなことはない、と言いそうになった。
「お待たせしましたー! スンドゥブと……」
料理を運んできた店員さんが、言いかけて止める。顔を見れば、唇がヒクヒクと揺れ動いてる。ピンク色のツインテールが可愛らしい女の子。
「悪役令嬢……」
ぼそっと聞こえた言葉は、学園で流行ってる私の噂で。
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