第6話 2人の朝食。

土曜日の朝、母は朝だけは早い。

まあ、高齢で寝続けられないと、気が向いた時に話していたのを聞いた事がある。


そして一人きりの世界を生きているので、配慮なんて言葉はない。

深夜早朝を問わず生活音は煩い。


平日仕事で、ようやく眠れるはずだったのに起こされた父は、この時ばかりは不機嫌になっていたが、母は最後まで父に配慮はしなかった。


お陰で目が覚めた俺は、眠い目を擦りながら顔を洗って、完璧に目を覚まして身支度をする。

目は眠いが、萩生紅葉を想うと身支度は苦にならない。

だがかつて、年4回会っていた時のような肩肘張った格好はしない。ラフな格好をした。


母は「朝ごはんは?」と聞きながら、ソファに収まりリモコンに手を伸ばす。

朝ごはんはと聞きながらも何も用意しない。


まだ子供の頃、「なんで私が食べたくないのに用意しなければならないの?自分でパンでも焼いて食べればいいじゃない」と言われて以来、期待しなくなった。

期待をやめたら躾が済んだ顔で、作る事なく「朝ごはんは?」と聞くようになった。

まだ平日、高校生になるまでは用意されたし、休日は父が「朝ごはんは大事だからキチンと食べるんだよ」と言いながら用意をしてくれていた。

今は毎朝コンビニで買って、始業前に食べるようにしている。


俺は特に余計な事は言わずに萩生紅葉の家に向かう。

ほぼ8時ぴったりに到着すると、萩生紅葉は玄関を開けて「お帰りなさい」と言って俺を抱きしめてきた。


俺が「ただいま。ここは玄関だよ。中に入ろう」と言って中に入ると、萩生紅葉は「朝から来てくれてありがとうございます」と言って、俺の胸に顔を埋めて深呼吸をする。


照れる中…俺の鼻腔には美味しそうな匂いが届き、腹は正直に鳴ると「お腹空かせてきてくれたんですね」と言った萩生紅葉は、「さあ出来立てです」と言って俺を着席させた。


「張り切りすぎました。でも母さんは朝ごはんは大事だから、調子が悪い日以外は食べなさいって言ってたので食べてください」


そう言われて出てきたのは白米と鮭と味噌汁だった。


「張り切った」の部分は、スーパーマーケットでレンチンの鮭に手を出していた事で、「高くて驚きました。母さんと私なら目玉焼きです」と言って萩生紅葉は笑う。


俺は久しぶりの朝ごはんに嬉しくなってしまうと、「ふふ。嬉しいですか?私もです。今日は何をしますか?」と聞かれた。


自然と「買い物をしたいかな。食事の回数が増えたから歯磨きが出来るように歯ブラシ…」と言うと「あります」と返される。


「え?」

「パジャマもあります。ないのは下着くらいです。ではそれを買いに行きますか?」


俺は知らなかった事に驚きながら、「それを午後にして、今はゴロゴロする?それとも全部終わらせて午後にゴロゴロする?」と聞き返すと、萩生紅葉は「お店が開くまでゴロゴロして、お昼の買い出しに行ってからまたゴロゴロします」と言って照れ笑いをした。


俺は嬉しい気持ちで洗い物を手伝って、定位置の壁際に座布団を持っていくと、萩生紅葉は「お布団は嫌ですか?」と聞いてきた。


「自制出来る自信がないんだよなぁ」

「その時はその時です。私はキチンと嫌なら嫌だと言うので、嫌がったら諦めてください」


なんて事を言うんだと思ったが、寝室に置かれた布団に行くと、部屋は勿論だが布団からも萩生紅葉の匂いが濃くて頭の奥が痺れた。


また萩生紅葉は俺の胸で深呼吸をして「はぁぁぁ」と息を吐くと、「匠さんは匂いとか嫌ですか?」と聞いてきた。


嫌じゃない。


それはそのまま口から出ていた。


「嫌じゃない。今も紅葉さんの匂いが沢山するこの部屋の空気に痺れてます」

「嫌じゃないなら嬉しいです。少し寝ませんか?寝てみたいんです」


自然と眠気に襲われて寝て起きたら昼前だった。


起きた萩生紅葉は、俺をみて微笑むと「おはようございます」と言ってくれた。


そう言えば母は挨拶を面倒くさがる。

父が亡くなった後、あの家で挨拶なんて無かった事に気付かされて、俺は緊張しながら「おはようございます」と言ってから、自然と萩生紅葉を抱きしめていた。

嬉しい事に、萩生紅葉は嫌がる事なく俺を抱きしめ返してくれた。

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