第4話 憧れと相性の違い。
「ふふふ」と喜んだ萩生紅葉は、「細かな差異はあっても、母さんのカレーは真さんのカレーと同じレシピなんですね」と言う。
「え?そうなの?」
「時短のコツで、お肉はベーコンかソーセージ、冬場なら鍋用の肉団子。カレールーだけだと物足りないから、隠し味にラーメンスープ。これは母さんの教えです」
俺が「驚いた。父さんのカレーも同じだよ。後はコーヒーとチョコレートが少し入るんだ」と言うと、萩生紅葉は「ふふふ」と嬉しそうに笑う。
「真さんの奥様のカレーは?」
「市販のルーのみ」
その言葉に萩生紅葉が「基本に忠実ですね」と言う。
そう、俺は父親から教わったレシピのカレーを普通だと思って作っていた。
母のカレーは手抜きカレーだと思っていた。
やはり父は楓さんと試行錯誤を楽しんだのだろう。
「匠さん、今日は泊まりますか?」
「いや、帰るよ。次は明後日だよね。約束通り朝から来るよ」
俺の返しを聞いて残念そうにする萩生紅葉に、「あのねぇ、一応言うけど危機感を持たないと危ないよ?」と言うと、萩生紅葉は「持ってます。匠さんは特別なんです」と言って澄まし顔をする。
そう言われても、俺自身自制できる自信はない。
やはり何処かで萩生紅葉には、親の言葉に左右されない幸せを掴んで欲しいと思っている。
「とりあえず帰るよ」
「あーあ、きっと母さんも同じような日があって、モヤモヤしたと思います」
俺はその言葉に後ろ髪を引かれてしまった。
だが我慢して、洗い物をしてお茶を飲んで帰った時、萩生紅葉の言葉に従って素直になれば良かったと後悔した。
家の中は荒れ果てていた。
よりにもよってカレーが鍋に山盛りで作られていて、袖を通して脱ぎ捨てたよそ行きがソファに放置されていた。
何事かと声をかけると、「匠がお願いしてくるかと思って、用意してずっと待っていたのに、1人で関谷さんの所に行った」と言って母は不貞腐れていた。
俺は行くかと聞いて無視をされた。
これ以上何があると言うのか。
だが急に外出の気持ちになった母は、よそ行きに袖を通し、無視した俺が懇願してこない事に、勝手に怒り絶望して、カレーを作って俺の帰宅を待っていた。
思い出の味で満たされていたのに、基本に忠実なカレーで上書きされてしまった。
俺がカレーを食べると、ようやく機嫌を直したのか、母は鼻歌なんて歌いながら風呂に行っていた。
俺はこんな事なら萩生紅葉の所に泊まれば良かったと本気で思ってしまう。だが同時に、萩生紅葉に迷惑をかけたくない気持ちから、この関係を終わらせなければと強く思い始めていた。
だが、それはすぐに萩生紅葉に見破られた。
会うなり「何かありましたか?」と聞かれて、「君は凄いね」と返しながら微笑んで誤魔化そうとしてみたが、萩生紅葉に誤魔化しは通用しなかった。
俺がどれだけ誤魔化しても、萩生紅葉は「話してください」、「共有しましょう」、「きっと話さない真さんに、母さんもこうして付き添いました」と言って、俺の横から離れようとしない。
ソファもない萩生紅葉の家、フローリングに座布団を並べて、壁に寄りかかりながら「寝てもいいように掛け布団です」と言って布団をかけながら、「何時間でもこうしていましょう」と言ってくる。
俺を待つようでいて、忘れてないぞという感じで、時折「話してください」と言ってくる。
穏やかな日差し、穏やかな空気。
困って視線をずらすと萩生楓さんの遺影と目が合う。
萩生楓と萩生紅葉の視線に負けた俺は、「一昨日の夜…、まあその前からだね」と言って母の話をしてしまった。
萩生紅葉は決して母を悪く言わない。
でも俺に同意してくれているのか、同じ考えなのか「あぁ、そこは「違うだろ!」って思いますよね」と欲しい言葉で俺を癒してくれる。
「匠さん、怒らないでくださいね。匠さんは匠さんで、私は母さんではないけど」
突然そう言った萩生紅葉は俺を抱きしめて、「真、だから言ったじゃない。憧れと相性は違うんだよ。今も昔も中々言い出さないし。ほら甘えなさい」と言ってくれた。
鼻の奥に届く、萩生紅葉が着てるシャツから匂ってくる洗剤の匂い。
俺はつい甘えて抱きしめ返してしまうと、萩生紅葉は「恥ずかしい時は、母さんの気持ちになるとなんでも言えます。母さんなら、そう言って真さんを抱きしめると思ったんです」と言ってから、「私だって同じ気持ちです。照れずに受け入れてくださいね」と言ってくれた。
俺は必死に自制して萩生紅葉と一緒に昼寝をした。
こんなに心安らかになった事は、意識すると初めてで、「ごめんなさい癖になりそう」と言うと、「私もです。誰かと眠る経験なんてなくて初めてで、こんなに暖かいなんて知りませんでした」と萩生紅葉も返してきて、「布団、大きいサイズにしたら泊まってくれますか?」と聞かれて、「自制心が保てるかわからないので、考えさせてください」と言ったら笑われた。
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