【短編】バカしか居ねぇカジノ対決

おもちさん

バカしか居ねぇカジノ対決

ルール無用、聞きかじった専門用語を言ったモン勝ちのルーレット対決。


問題 カジノ依存症で苦しむ人々

行動 カジノ潰しと言われる主人公が大暴れ

解決 違法賭博で逮捕、カジノは封鎖されて、人々は物理的に救われた。




ー前編ー


 闇を照らすネオンサインの光。吸い寄せられたように羽虫が集まる。オレも似たようなものか。自嘲しながらドアを開いた。


 真夜中の12時を回ろうというのに、店内は大賑わいだ。やれやれ、おとぎ話なら魔法が解けちまう所だぜ。眠らないシンデレラどもは、今宵も血眼になってギャンブルにのめり込むつもりらしい。


 その強欲さが、地獄への案内人とも知らずにな。



「ようこそお客様。何かお飲み物でも?」


「バーボン。ロックで」


「こちらをどうぞ。ごゆっくりお楽しみください」



 カウンター越しに店内を眺めてみる。きらびやかなスーツやドレスに身を包んだ、いわゆる高貴なご身分の奴らばかり。オレの擦り切れたコートと、使い古しの学帽姿とは偉い違いだ。


 もっとも勝つのは金のある奴じゃない。運を読み切ったヤツだけだ。


 そして不運にも読み切れなかった奴が、今宵も沼で叫ぶのだ。



「クソッ! イカサマだこんなの! フザけるんじゃない!」



 スロットを殴りつける初老の男。無様だと思う。イカサマすら逆手に取ってこそのギャンブラーだと、教えてやりたくなる。



「どうなさいまし、お客様。何かご不都合でも?」


「不都合も何もあるか! もうかれこれ100万ドルも注ぎ込んだのに小当たりすら出ないぞ! 何か細工してるに違いない!」



 男が叫ぶと、回りからも『そうだそうだ』という声があがる。出が悪いのはスロットだけでは無いらしい。ルーレットでもポーカでも、あらゆるエリアで客はむしり取られてるようだ。


 負け続きで苛立つ気持ちは分かる。だが見苦しい。オレは、客と黒服共が言い合う場面に、横から首を突っ込んだ。



「やめときな、アンタら。負けてキレ散らかすなんて、依存症に片足突っ込んでるぜ」

 

「なんだ貴様は。貧相な身なりをしおって。部外者は引っ込んでろ!」


「このオレを知らないのか。お前さん、モグリだな」


「ゴチャゴチャとうるさい! いっそ殴り飛ばしてやろうか!」


「おい待て。汚らしい学帽にコート……。こいつは伝説のギャンブラーこと、カジノ潰しのジョーだ!」


「えっ!? 全国の悪徳カジノを潰して回ってるという、伝説の……?」



 すると、周囲の敵意が一気に緩む。ムズがゆいったらねぇぜ。



「頼む、ジョーさん! ここのカジノは最低最悪なんだ! とにかく金をむしり取られちまう!」


「そうなんだよジョー! こいつの家なんか破産しちまった! 他にも学費やら食費まで巻き上げられた奴も大勢いるんだ!」


「そう騒ぎなさんなお二人さん。せっかくの酒が不味くなるだろ」


「酒がなんだ、こっちは生活がかかってるんだぞ!」


「ハァ……。オレは普段なら、他人の指図なんか受けない。だけど、今宵は酔いすぎたかな。力を見せてやりたい気分だ」


「おお! それじゃあ!」


「任せとけ。このカジノから有り金を全部巻き上げてやる」



 オレは人垣を掻き分けて、叫んだ。既に注目度は十分。この声も間違いなく届くはずだ。



「分かってんだろ、支配人。騒ぎを沈めたきゃ、ここに降りてこいよ」



 すると、吹き抜けの2階から数人、姿を現した。そして拍手するとともに、赤カーペットの階段を降りてきた。



「さすがはギャンブル界の風雲児ジョーだ。場を整えるのが上手だな」


「支配人。オレと勝負しろ、全てを賭けてな」


「何を言い出すかと思えば。お断りだ。そんなもの、私に何のメリットもないじゃないか」


「この賭けに勝てば、これだけの大金が丸っと手に入るぞ」



 オレは懐から札束を取り出すなり、そこらに放った。そして紙幣の山が出来た。しめて200億ドル。日本円に換算すると、それは、凄まじい額面になる。



「オレは今、これを全てベットする」


「こんな大金……仮にこちらが負けたら、支払いようもない!」


「そうさ。だからオレが勝った暁には、この店を売り上げごと貰っていくぜ」


「うっ、何てヤツだ……!」


「何を悩む必要がある? オレを打ち負かせば、未曾有の金が手に入るんだ。これさえあればアンタも出世して、晴れて大幹部の仲間入り出来るだろ?」


「うぐ、うくぐ……!」


「負けた時の事なんて考えるな。もっと正直になれよ」


「い、良いだろう! 受けて立つ!」


「全員聞け、賭けは成立した! これからオレは支配人と真剣勝負に入る。その間、口出しや手出しを禁止とする!」


「それで、どのようにして勝負をつけるんだ?」


「ルーレットだ。そこでお互いの技をぶつけ合い、白黒つけようじゃないの」



 こうしてオレは、ルーレット台越しに支配人と向き合った。野次馬も黒服共も、離れさせた。手出し口出しが禁止というのは、建前ではない。


 オレの足元には200億ドルの山。対する相手は、せいぜい1億ドル程度の、こじんまりとした様子だった。



「有名カジノ店のくせに、見せ金すら無いとはな。滑稽を通り越して哀れだよ」


「うるさい。お前の金を巻き上げれば、201億ドルになるんだ」


「へへっ。威勢の宜しいこって。じゃあ勝負を始めるぞ」


「良いだろう」



 こうして勝負の火蓋は切って落とされた。


 オレはさっそくルーレットを回し、銀玉を投入。様子見は無し。一気に全力を注ぎ込む。



「必殺! エターナルメロディ!」



 銀玉は勢いよく転がり続け、やがてマスに落ちた。



「黒の12! 相手の生命力に12点のダメージを与える!」


「何ぃ!?」


「悪くない出目だったな。次はアンタの番だぜ、支配人さんよぉ」


「ま、待て! ルーレットはそういうルールじゃないだろ!」


「ほぉ。百戦錬磨のオレが、作法すら知らないとでも? だったら教えてくれよ。その正式なルールとやらをな」


「うっ……。それは!」


「クックック。得意なのは金勘定だけ。まともな愉しみ方も知りやしない。世間様にそんな噂が流れでもしたら、このカジノもお終いなんじゃないか?」


「しっ、知ってるとも! 見てろ!」



 支配人も同じように銀玉を投じた。ぎこちない動きだ。玉は台から零れ落ちそうになりながらも、最後はマスに入り込んだ。



「あ、赤の9! これでお前にダメージを……」


「赤は回復。生命力が9点戻る」


「そういうルールなのか……!」


「クックック。これでオレが、3点ほど先制したって事だ。今は些細に見えても、後々に響きそうな数字だな」


「黙れ黙れっ。次はお前の番だろう!?」


「やらいでか」




ー後編ー



 それからも、ルーレット台は回り続けた。攻撃に回復を繰り返し、互いにしのぎを削る。


 そこで野次馬から戸惑いの声を聞いた。『オレ達は何を見せられてるのか』と、口々に言う。


 ホンモノの戦いとは、得てして不可思議に見えるものだ。所詮、凡人には理解出来ない境地だと思う。



「出た! 黒の30! これは凄いだろう!」


「クッ。さすがは支配人にまで登り詰めた男……。土壇場のツキが桁外れだな」


「これには流石のジョーも、年貢の納め時じゃないのか? ンン?」



 支配人が勝ち誇るのも当然だ。オレはトータルで18ダメージを与えたところ、相手からは48も食らっている。このままでは敗北を喫する事は確実だ。


 だからここは、一か八かの奇策に頼るしか無かった。



「それではジョー。回したまえよ。死にぞこないの悪あがきを、存分に楽しませてもらおうかな」


「支配人。オレはここで『決闘盤(デュエルエディション)』の適用を宣言する!」


「何ぃ!? それは一体何だ!」


「これから2人同時に玉を投げ込む。そこで相手の玉を台から弾き出したら、それだけで勝ちとなる!」


「何だその超ルールは! 今までの攻撃やら回復は何だったんだ!」


「投げなかったら不戦敗だぞ! 食らえ!」


「おのれ……是非も無し!」



 2つの弾が投げ込まれては、美しい孤を描く。だが、オレの玉は妙に上振れており、今にも台から飛び出してしまいそうだ。


 手元が狂った。だが、こんな初心者めいた失態を演じたのは、理由がある。



「何だ……急に体が重たく……!」


「クックック。今頃になってバーボンが効いてきたかな?」


「卑怯なやつめ! 一体どんな小細工を!」


「人聞きの悪いことを言うな。高級な美酒が、下賤な身体に合わなかっただけだろう?」


「クソッ。オレもとうとう、ツキに見放されたか……?」



 勝敗は間もなく明らかとなる。オレの玉は台の端から飛び出し、虚空を舞った。そして、赤カーペットの上にポトリと落下。


 すかさず支配人の嘲笑が鳴り響いた。



「クァーーハッハ! これでお前の無敗伝説もお終いだ! 200億ドルの金もいただきだ!」


「仕方ない。この手段だけは、ギャンブラー生命に関わると言われる、この邪法だけは使いたくなかったが……。もう悩む段階ではない!」


「フフン。何を言い出すかと思えば、ハッタリだなんて見苦しい。さっさと200億ドルを差し出せ!」



 オレは支配人を完全に無視。すかさずスマホを取り出した。そして滑らか、かつ速やかな操作で、通話状態に入る。



「あっ、もしもし。財玉県警(ざいたまけんけい)ですか? ここで違法賭博やってます。しかも未成年に酒を提供してました。マジヤバいんで、1回ガサ入れやった方が良いですよ」



 これにて邪法の完遂。



「おいジョー! 今のは何の真似だ!」


「警察にチクった。もうこのカジノはお終いだぞ」


「な、な、何だとぉ!?」



 支配人が驚きの声を響かせると、突然、入口が激しく開かれた。



「警察だ! 全員そこを動くな!」



 店内の全員が硬直する。客も店側も、一切の区別なく、手錠が嵌められていく。


 そんな中、オレは悠々とうろつき、出入り口から立ち去ろうとした。



「すいません。僕はまだ学生だし、そもそも無関係なんで、帰ってもいいですか?」


「むっ、君は未成年か。早く家に帰りなさい」


「ウッス。ご苦労さまッス」



 こうしてオレは苦も無くカジノを脱出。完全にノーマークで、誰からも呼び止められ事はなかった。


 やがて、パトカーに押し込まれた支配人が、半狂乱で喚いた。


 だがオレは気にも留めない。勝負なら既についている。勝者が敗北者を眺めるなど、プライドを傷つけるだけだ。だから、支配人がどれほど「ジョーも逮捕しろ、逃がすな」という声で叫んでも、一瞥だって向けなかった。 



「さてと。思いの外に儲かったな。あの短時間で一億ドルも稼げたんだから」



 カジノから逃げ去る時、どさくさに紛れて金を回収していた。服の中は札束でパンパンだ。そんなオレを、周りは単なる巨デブと判斷するらしい。結局は、不審そうな視線を浴びる事など無かった。



「参ったな。今宵、また無敗伝説を生み出しちまった」



 オレは天下無敵のギャンブラー。カジノ潰しのジョー。今宵も、勝利の女神を味方につけた。どうやら、その女神とやらはオレにゾッコンのようだ。



「そろそろ負けの味を知りたいもんだが。オンナがなかなか許しちゃくれねぇし」



 オレは次なる獲物を求めて彷徨った。この足は決して止まることが無い。この世に悪徳カジノが存在し、そしてガッポリと上前をはねるチャンスが有る限りは。



ー完ー

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