第20話真実と断罪・5

「お前のような思慮の浅い者を、私は伴侶にするつもりはない」


 愕然としている美麗めいりーに、天藍てんらんが容赦なく続ける。


「美麗。お前はその官吏と随分仲が良いそうだな」


「陛下それは何かの勘違いです。雪鈴が嘘を吹聴したのです」


「そうなのか? しかし私は、その男がお前の宮から出てくるところを見たぞ」


 焦る美麗の側で青ざめている官吏に、天藍が問いかけた。


「腕が痛むだろう? 私に襲いかかった時、腕を思い切り捻ってやったからな」


「あの女は……まさか陛下……っ?」


「今頃気付いたのか」


 自分がとんでもない事を仕出かしたと知った男の顔色は、青を通り越して蒼白になっている。


「秋官長」


 大臣に促されて秋官が進み出る。


 そして手にした書簡を読み上げた。


「お前達の行いは、どれ一つ取っても死罪に値する。多額の賄賂の遣り取り、売り払われ行方知れずとなった宝玉の数々。家財、領地を売り払っても足りはしないだろう」


 一度言葉を切り、秋官長が天藍を見た。それに対して、天藍が頷く。


「だが心からの反省を示せば、生きる道もある」


「反省してます! ですから、どうか慈悲を……」


「その言葉が真実としても、刑罰は逃れられない。お前達に与えられるもう一つの選択は、位を返上しそして夫婦となり生涯働いて借金を返すことだ。どちらを選ぶ」


「そんな、酷いわ! 働くなんて、貧乏人のすることでしょう? 陛下、どうか許してください……」


 事ここに至っても、美麗は納得がいかないのか涙声で訴える。

 しかし秋官長は、凜とした声で遮った。


「これは自身で罰を選ばせよという、陛下の慈悲である。反論は陛下の沙汰に不服を申し立てたと理解するが、それでよいか?」


 そんなことをすれば、それこそ問答無用で死罪だ。

 すると官吏の男が憎々しげに美麗を睨む。


「こんな強欲な女と、添い遂げるしか生きる道がないなんて……最悪だ」


「貴族でもないあんたと夫婦なんて、絶対に嫌よ! 一族の名が汚れるわ!」


 噛み付かんばかりの勢いで言い返す美麗に、官吏の男が「ひっ」と悲鳴を上げて尻餅をつく。


 二人の遣り取りをただ傍観しているだけの雪鈴しゅえりんでも恐ろしいと感じるのだから、男は更なる恐怖を覚えたのだろう。


「雪鈴。すまないが、もう少しだけ耐えてくれ」


 雪鈴にだけ聞こえるように、天藍が囁く。

 そして安心させるように、そっと手を握ってくれる。


「では二人とも、死罪を受け入れるのだな?」


 天藍の問いに、二人は同時に項垂れる。


「お前達の親族は、働くことを選んだぞ」


 しばしの沈黙の後、美麗が口を開く。


「……働きます……」


 消え入るような声で美麗が答える。流石にもう天藍に縋れないと悟ったのか、俯いたまま顔を上げようとしない。

 その場で美麗も罪人として縛られ、彼女の夫となった元官吏と共に兵士の手で何処かへ連れて行かれた。


 罪人達が謁見の間から出て行くと、残った姫達がクスクスと笑い出す。


「何がおかしい?」


 静かな天藍の声に、姫達がぴたりと笑うのを止めた。


「お前達も官吏を宮に引き込んだり、賄賂を渡していただろう。全ての証拠は揃っている」


 先帝が後宮で色事に耽った数年の間に、美麗の一族だけでなく多くの貴族が賄賂に手を染めた。

 幼い頃から親の悪行を当然として見聞きしていた姫達も、自然とそういった行為をするようになるのは時間の問題だった。


 中には後宮での退屈しのぎとして、女官から夜の遊びを教えられ数人の男を引き入れていた姫がいることも、名前こそ出さないが天藍の口から暴露される。


「他にも後宮に出入りしている間に、くだらない争いを幾つも見かけた。本来は手本となる正妃候補が乱れているのだから、寵姫候補が荒れるのも当然だろうな」


 寵姫の座を巡って嫌がらせや、理不尽な虐めの数々を「藍」として後宮に入った天藍は目撃しているのだ。いくら言い訳をしようと、皇帝本人が証人である以上、姫達は黙るしかない。


「お前達は仕えてくれる者に、主人であるというだけで理不尽な行いをした事も全て知っている。こんな争いが起きるなら、後宮など廃止するべきだろう」


「お待ちください陛下! それは余りにむごい仕打ちでございます! 私は陛下の子が産めるなら、愛などいりません!」


「正妃の座は雪鈴様にお譲りします。ですのでどうか、寵妃として置いてくださいませ」


 寵妃であれば、皇帝の子を授かる可能性はある。もし雪鈴より早く第一子を産めば、立場は逆転し一族も栄えるのだ。


 けれど天藍は、きっぱりと彼女たちの訴えを退ける。


「私はこの雪鈴を唯一の妻とする。後宮に集めた姫は、全員実家へと戻す。ああ、全員私が指一本触れていないと証書を持たせるから、安心して帰るがいい」


 とはいえ、男を宮に呼び込んでいた者に関しては庇い立てはできぬ。と、天藍が続ける。

 先程の美麗と同様に俯いて動けなくなった姫達を無視して、天藍が立ち上がった。


「さてと、ここは空気が悪いな。私と雪鈴は暫し休む。後は任せた」


「天藍様?」


 横抱きに抱え上げられ、雪鈴が慌てる。

 けれど天藍は阿鼻叫喚となった広間の騒ぎなど見向きもせず、雪鈴を抱いたまま玉座の裏にある扉へと向かった。

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