第15話二人の想い・2

「――らん様ときょうは、こんな私と普通にお話ししてくださいました。生涯忘れません」


「売られることを受け入れるような物言いはしないでくれ。私は君が奴隷になるなど認めない。すぐに官吏を呼んで訂正させる――」


「私なら大丈夫です。いっそ異国に行った方が、道が開けるかもしれませんし」


雪鈴しゅえりん。後宮にいた女性が奴隷となれば、どんな扱いを受けるか……君は理解しているのか?」


「そのくらい分かりますよ」


 温室育ちの箱入り姫君ではない。後宮に入ったにもかかわらず皇帝の手つきではないとなれば、好事家に高値で売られるだろう。

 だがそれは、あくまで『普通の姫』の場合だ。


「けど考えてみてください。こんな気味の悪い女を抱きたいなんて思う殿方が、いる筈ありません」


「いや、いるだろう!」


「いません!」


「ここにいる!」


 即答され、呆気に取られる雪鈴の手を、藍が強く握る。


「私は君を」


 だが雪鈴は、強い眼差しを向けることで藍の言葉を遮った。


「……ありがとうございます。そのお気持ちだけで、十分です。後宮に入れたのだって、美姫ばかりの後宮で一人くらい珍しい容姿の者がいれば、陛下も飽きないだろうという女官長の判断のお陰なんです」


「っ……」


「まあ、殿方並みの力仕事は無理ですし。良くて家政婦。檻に入れられて、見世物になる可能性の方が高いかしら」


 さりげなく藍の手を振りほどき、雪鈴はにこりと笑う。


「この姿と異能を持って生まれた以上、穏やかに生きられるとは思っていません。覚悟はできています」


「雪鈴、君はどうして落ち着いていられるんだ」


「怖いですよ。でも一人じゃありませんから」


 首を横に振り、帯に挟んである白露を出して見せた。


「この子が一緒にいてくれます」


「美しい玉石だね」


「白露と言って、代々巫女に受け継がれる守り石なんです。これまてもこの子と一緒に、乗り越えてきました。元に戻るだけです」


 どれだけ辛くて苦しいときも、白露は雪鈴を励まし見守ってくれた。

 これからもきっと、雪鈴によき助言をしてくれるだろう。


「そうだ、京を藍様にお預けします。彼女に罪はありませんから」


 自分が奴隷となれば、京は新たな主人を探さなくてはならない。また傍若無人な姫の側仕えになるより、藍の元で働ければ彼女も安心だろう。


「奴隷から商人にのし上がった人もいるって、聞いた事があります。だからどうか、私の心配しないでください」


「君は前向きだな」


「ここにいても、後宮の姫は渡りがなければ悲惨ですし。下げ渡された先で、どういった扱いを受けるかも分かりませんし」


 正直なところ、女官長から「下げ渡し」の沙汰の件を聞いたときの方が不安は強かった。皇帝の命である以上、乱暴な扱いこそされないだろうけど、こんな異形の姫を公の場に出す貴族はいないだろう。


 屋敷の奥に閉じ込められ、死ぬまで孤独に暮らす事も雪鈴は覚悟していたのだ。


「渡りがなければ、確かに辛い思いをさせてしまうことになるな……」


 藍は雪鈴の言葉に思うところがあるのか考え込む。


「雪鈴は、夫が側室を持つことには反対か?」


「そりゃまあ。っていうか、誰だってそうですよ。夫だって、妻が側室持ってたら嫌でしょう?」


「それもそうだな」


 納得してくれたのか、藍が頷く。

 そしてもう一度雪鈴の手を取ると、徐に指先に口づけた。


「藍様っ?」


「雪鈴。君はその髪と瞳を気にしているが、私は初めて君を見たときこんなにも美しい姫がいるのかと驚いたんだ」


「へ?」


「仙女が現れたと……本気で思った。友人に話したら、一目惚れだと指摘されたよ」


 信じられない褒め言葉を浴びて、雪鈴は真っ赤になって固まってしまう。

 そんな雪鈴を見て、藍が困ったように微笑む。


「私が求婚したら、受けてくれるか?」


「ですから、私は――」


 奴隷として売られるのだと言おうとしたが、藍が唇を重ねて雪鈴の言葉を封じてしまう。


「君の気持ちが知りたい」


 呆然としていると、白露の言葉が雪鈴の脳裏を過った。


『素直に行動すればいい』


(この事なの? 白露……でも私は……)


 正しく行動するならば、彼の求婚に頷くべきではない。けれど雪鈴は感情のままに彼の胸に飛び込む。


「お受けします」


 今度は頬に手が添えられ、深く口づけられる。


「……私の紅が移ったな。この桃色は、雪鈴の方がよく似合う」


 唇が離れると、そう言って藍が優しく雪鈴の口元を撫でた。


「どれだけ離れても、私の心はあなたのものです。藍様」


「ありがとう、雪鈴」


 優しく抱きしめてくれる藍の腕の中で、雪鈴は生まれて初めて声を上げて泣いた。

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