第14話二人の想い・1
翌日、いつもと変わりない様子で、
「やあ、おはよう雪鈴。昨日はすまなかったね、外せない仕事があって……」
「藍様! ご無事だったんですね。よかった」
抱きつく雪鈴を藍が優しく抱きしめ返す。
「私はいつでも無事だよ。そんな不安げな顔をして、なにかあったのかい?」
「あの、美麗様が……藍様に人を使って、襲わせるって言ってたから」
言い淀む雪鈴に、藍が何か察したらしい。
苦笑しながら肩をすくめる。
「あの馬鹿どもは、追い払ってやったさ」
「藍様が? お一人で?」
「そうだよ。それにこう見えても、喧嘩は強いんだ」
得意げな藍に、雪鈴は改めて男の人だったと思い出す。
「しかし、厄介な事になったな。証拠集めに、時間をかけすぎたかもしれない」
「?」
小首を傾げる雪鈴に、藍が笑ってみせる。
「そうだ明日、私の宮へ招待しよう」
「それは、嬉しいですけど……叶いません……私は奴隷として売られるんです」
「奴隷?」
怪訝そうに藍が聞き返す。彼が尽力して罪人の疑いを晴らしてくれたのに、突然「奴隷として売られる」などと聞かされれば疑うのも無理はない。
「
雪鈴は美麗から聞いた話を、藍に伝えた。
「脅しではないと思います。あの方は、私が簪の件で無礼を働いたことに酷くお怒りで。……誤解を解くために尽力してくださった藍様も巻き込んでしまって、本当にすみません」
二人の間に沈黙が落ちる。
(私のせいで色々と巻き込んでしまったのだもの。叱られても仕方ないわ)
いくら藍が男で腕が立つといっても、人を使って襲われるとまでは想定していなかっただろう。
幸い今回は無事だったが、藍は自分と関わったことで美麗に名前を覚えられてしまっている。
「後で美麗様には、藍様は関係がないと手紙を書きます。ですからもうお帰りください」
「雪鈴」
「はい」
顔を上げて藍を見ようとしたが、何故か強く抱きしめられてしまう。彼の胸に顔を埋める形となった雪鈴は、どうしていいのか分からずじたばたと藻掻く。
「あ、あの。京に見られたら、その……」
「ごめん。今、君に顔を見られたくないんだ。きっと恐ろしい顔をしていて、怖がらせてしまうからね」
言葉は優しいのに、その声音は怒りの感情を抑え込んでいると、聞いただけで分かってしまう。無意識に雪鈴が身を強張らせると、背に回された藍の手が優しく撫でさすってくれる。
「怯えないで、雪鈴。君に怒っているのではないよ。美麗とその甘言に操られた官吏に怒っているんだ」
「藍様……」
「君を抱きしめていると、不思議と心が落ち着く。できるなら、一日中でも抱きしめていたいな」
「冗談はやめてください!」
軽く藍の胸を押すと、雪鈴を閉じ込めていた腕はあっさりと離れた。
見れば藍はいつものにこやかな藍で、怒っているようには思えない。
ほっとしつつ、雪鈴は改めて藍に向き合う。
「藍様。私、ずっと友達がいなかったんです。この髪と目のせいで、故郷でも家族から気味が悪いと叱られてばかりいました。だから少しの間でも、美しいあなたとお話しできて嬉しかった」
祖母が死んでから、雪鈴は孤独だった。巫女の伝説を信じてくれる使用人達もいたけれど、彼らからすれば雪鈴は敬うべき存在で、対等な会話は望めない。
両親を含めた親族は雪鈴の容姿こそ「美しい」と認めていたが、白い髪と紅い瞳を「気味が悪い」と罵り続けた。
何より周囲との溝となったのは、「石の声を聞く」巫女としての能力だった。
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