喫茶のすみっこで ~Corner of the cafe~

うめおかか

一人で味わいたい時間を(ピザトースト)

 今日は金曜日、明日は仕事が休みなので、私は一人で夜の街を歩いていた。誰かと約束して食事や酒を飲みに行くこともあるけど、今日は何も約束を入れていない。

 理由は、どうしても今夜は一人で食べたい物があるから。

 友人から食事の誘いは連絡は来ていたけど、すべて適当な理由を作って断った。これだけは譲れない。

 強い決意を秘めて、私は幾度となく訪れたことのある喫茶店へと急いだ。寒空なんて気にせず、欲望に忠実に動く。動けば体も自然と暖かくなる。

 仕事中にシミュレーションするぐらい、私は喫茶店で食べたい物がある。

 だからといって急ぎすぎてもいけない、金曜日の夜は混んでいるので、人にぶつかってしまう確率が高いからだ。しかも私が通る道は路地裏なので、急げば急ぐほど時間がかかってしまう。

 どこかのエージェントのような気持ちで、私は喫茶店へと向かい、そして無事到着することに成功した。年季の入った店構えに怯まず、軽快なベルの音を響かせながらドアを開けた。すでに店内は半分の席が埋まっていて、大盛況状態だった。

「いらっしゃいませ、カウンターでもいいですか?」

「もちろんです」

 迷うことなく、私はカウンター席を受け入れた。L字型のカウンターの端っこに案内されて、私はメニュー表を全く見ずに注文をしようとしていた。

 あらかじめめ食べる料理は決めてある、早く注文してしまおう。

「ご注文は?」

 カウンターの向こう側から、強面のマスターが顔を出した。怖いけど優しいマスターで、口数は少ないけどさりげなく気を使える紳士なのを、常連客は知っている。水が運ばれてきたと同時に、私はすぐに注文する料理を伝えた。

「ピザトーストとコーヒーを一つ下さい!」

 こくっと頷いてから、マスターは奥のキッチンへと姿を消す。常に人が入れ替わるカウンターは、いつ訪れても忙しない。それだけ繁盛している喫茶店なのだ。

 楽しみだなぁと思いながら、どうもこの間から、会社の昼休憩でパンの話ばかりしてたから、唐突にピザトーストが食べたくなる欲が抑えきれないでいる。

 といっても、ここでピザトーストを食べたのは二週間前なので、そんなに間は空いてない。

 でもここのピザトーストは美味しいから、定期的に食べに行きたくなるんだ。この喫茶店の名物でもあるから、注文も多くてリピーターも少なくない。私は友人に教えてもらって以来、足繁く通い詰めている喫茶店だった。

 あっちの席で食べている人がいるなぁ、私も早く食べたい。

そう思っていると、温かいコーヒーが運ばれてきた。お砂糖は備え付け、ミルクポーションも置いてある。

 けれど私はコーヒーに何もいれずに口をつけた。酸味が控えめな苦いコーヒーは、疲れた体を目覚めさせるには十分すぎるほど苦みが強い。

 飲みながら待っていると、あちこちから料理の香りが漂ってきた。携帯電話を眺めたり、手持ちの本を読もうとしても、料理の匂いに意識が向いてしまう。

 耐えられないほどの空腹ではないのに、ピザトーストを切望しすぎて待てない人になっている。せめてサラダとか注文するべきだったかな。

 うーん、と唸りながらまたコーヒーを一口。苦い、でもこのコーヒー特有の苦さがいい。コーヒーを飲んでから、鼻からゆっくり息を吐くと、香りが口いっぱいに広がってなんとも心地よかった。

「ふふふ、もう少しで出来上がるから待ってね」

 微笑みながら、グラスに水を入れてくれたのは、喫茶店のマスターの奥さんだった。顔見知りになったので、こうして気軽に話しかけてくれる。忙しいのにお客さんとのコミュニケーションを欠かさないんだとか。

「待てますから、大丈夫です」

「早く早くって顔に書いてあるのよ、もう焼いてるから……ほら」

 そう言った奥さんの先には、カウンター越しから料理を渡そうとしているマスターの姿があった。

「お待ちどうさま」

「ゆっくり食べてね」

 素敵な笑顔と共に提供されたピザトーストに、私は嬉しくも恥ずかしくなってしまった。頬が熱い熱い。

「ありがとうございます」

 お礼が先だった。

 私は慌ててピザトーストを受け取ると、マスターも奥さんも別のお客さんの所へと向かっていった。

 よし、気持ちを切り替えよう。

 待ちに待ったピザトーストが来たんだから、早く食べるぞ。

 真っ白な皿に盛られたピザトーストは、理想的な姿をしていた。たっぷりと食パンの上にたっぷりと乗せられたチーズは、皿にまでこぼれ落ちるほど多い。表面がでこぼこしているのは、その下に具があるからだ。この凹凸がまた食欲をそそる。

 一応ナイフとフォークを用意してくれるのだけど、私は一切使わずにトーストの耳を掴んだ。

 端っこからまず一口……う~ん、美味しい!

 焼けたパンのかりっとした歯ごたえと一緒に、ケチャップとチーズの味がする。少し甘めのケチャップにチーズのまろやかさが絡み合う。

 これだけでも美味しすぎる。

 まだピザトーストの端っこを囓っただけなのに、幸せになれるピザトーストは偉大だ。しかもこの喫茶店のピザトーストに使っているパンは、分厚くてふわふわで、焼くと外はかりっと、中はふわっと柔らかい。シンプルなトーストもこの店の人気メニューの一つだ。私も食べたことがある、トーストもとても美味しい。

 よし、今度は少し多めに食べよう。

 火傷をしないように注意しながら、具まで届くように私は口を開いた。そして食べると納得の味が口の中に広がる。

 ハムの塩っ気にピーマンの苦み、玉ねぎの甘さが重なって美味しい。これにチーズとケチャップが合わさったら、美味しさしかないよね。

 決して量が多いわけではないのに、ピザトーストの満足感は凄いと思う。

 軽食のようで軽食ではない、そんな一品じゃないだろうか。

 しかも専門店とかで注文しないで、気軽にピザと名のつく物が食べられるのって凄いよね。

 ピザトーストの偉大さを感じながら、私はもう一度囓った。

 ちょっと玉ねぎが多めだったけど、甘くてこれはこれでチーズとよく合う。ケチャップがね、野菜の甘味が強く自家製らしくて、色んな具材で煮込まれてるからどんな料理にも合うんだそうだ。

 シンプルな見た目に、喫茶店のこだわりが詰め込まれている。

 だからどうしてもたまに食べたくなるから、ここに訪れる。

 あとこの喫茶店は、食事の後もゆったり過ごせるので、それこそ持参した本が読める。一人で食事を堪能する貴重な時間と、一人で読書に浸れる時間がここで得られる。

 そんな幸せが嬉しくて、私はピザトーストを食べながら、食後のデザートを考え始めていたんだ。


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