第21話 心躍るサプライズ

 あれから、みんなの協力のおかげで、早く資料整理も進み内部監査への準備は進んだ。なんとか年末30日から3日までは、実家に帰省することができそうだ。そして、光樹の助けは借りないことに決めた。


 アレからというもの、何度か連絡したけれど、遼真からの返信はない。仕事に追われ、それどころではなかったのもあったけど、彼の気持ちを思いやる余裕が、あの時の私にはなかったのだ。


「私、最悪だな」


 ほんの数日前に、やっと付き合えることになったのに、せっかく私のために、手伝いに来るって言ってくれたのに。私、何やってるんだろう。実家に向かう車の中で、ひとり後悔する私。一緒に乗せてきたクラゲは、ケージの中でお利口にしてくれている。


 うちの実家は、アパートから高速を使えば3時間ほどで行ける距離。その距離が、今日はやたらと遠くに感じる。大好きなロックをかけてみても、全部バラードに聴こえるよ。


「遼真、仕事忙しいのかな?」


 お土産でも買っていこうと高速のパーキングエリアに立ち寄った。何気にスマホをみると、メールが一件。


─仕事おつかれ。睦、こないだはごめん。いつから実家に帰るの?


 久しぶりの遼真からのメールに、思わず嬉しくて胸が熱くなる。


─今、車で実家に向かってるとこ。3日にはこっちに戻ると思う。私こそごめんね。


─運転気をつけてね。


 なんだかそっけないメールだけど、返信が来たことが嬉しかった。


 高速をおり、周りの景色は一変して山と緑多き町を走ってゆく。イノシシ出没注意の標識もなんだかなつかしい。


 実家に到着したのは、30日の正午ごろだった。朝から忙しくしてるだろうから、お昼はゆっくりしてるかな?私は2年ぶりに帰った実家の懐かしい匂いに思いをはせていた。


「にゃ〜お」


 最初に出迎えてくれたのは、クラゲのママであるマリリンだった。しっぽをたて、足元に擦り寄ってくる。私は急いでクラゲをケージから出してあげると、ふたりは鼻でキスをして、陽のあたる縁側に歩いていった。


 そうパティスリーマルルにいたマリリンがうちの実家にくることになったのは、5年前。元々実家にいた猫の梅吉が15歳で他界し、ペットロス状態になっていた母さんの話をしたら、橘さんはマリリンを譲り受けてはくれないだろうかと提案してくれたのだ。


「ただいま〜。遅くなってごめんね」


 ん?この匂いは紛れもなく、母さん特製唐揚げ!リビングをのぞくと、テレビの前に座り、腰にコルセットを巻いた父の姿があった。思うように体が動かずイライラしているのかと心配したけど、リモコン片手にケロッとしてる。


「おぅ。元気にしとったか」


「おかえり、睦」


 声のするキッチンをのぞくと、エプロン姿の母さんが、お昼ごはんを作っていた。


 あれ?お店は誰がみてんの?心配になった私は母さんに声をかける。


「あ〜。それがねぇ。2日前にバイトが見つかってねぇ。それがおもしろい子なのよ。キャベツとレタスの違いもわからなくて、最初はどうなることかと思ったけど」


 そんな若者がこの町にもまだいたなんて。ま〜よかった、よかった。


「で、今その子だけにお店任せてるの?大丈夫?」


「それが今では近所の人たちの人気者よ。かわいい顔してるしね〜。ちょうどお弁当できたから、その子に届けてあげてちょうだい」

 

 私は、母さんから特製唐揚げ弁当を預かり、バイトしてくれてる子に届けることになった。お店までは、歩いて5分程度。こんな小さい町も、年末らしく賑わいを見せていた。お店に近づくと、バイトくんの元気な声が聞こえてきた。


「はい。いつもありがとうございます」


 どこかで聞いたことのある……この声ってもしかして、思わず小走りにお店に急ぐと、やっぱり!


 私の目の前に映ったのは、うちのお店の前掛けをして、キャップを被って仕事をする遼真の姿だった。私のことに気づいて、小さく手を振ってくれた。


「うそ。もしかして昨日から入ってくれたバイトって、遼真なの?」


 遼真は恥ずかしそうに笑った。


「俺、野菜のことも果物のことも何も知らないから、一から教えてもらってさ。まだ覚えてないから、お客さんにも教えてもらってる。みんなめっちゃ優しいわ〜」


「でも、どおして。仕事大丈夫なの?」


「まー最初は正直、意地になってこっちに来たんだけど。睦に会えないの寂しくて、帰ろうか迷った。でも、やってみたら楽しくてさ。てか、睦ひとりなの?アイツは?」


「光樹には、頼んでないよ。私も反省してさ、遼真の気持ち考えずに、あんなこと。嫌な思いさせてごめんね。でも、まさか、遼真がいるなんて……」


 嬉しすぎるでしょ、こんなサプライズ。


「あ、でもさすがに、俺は睦の彼氏です〜なんてことは言ってないよ。父ちゃん怖いし」


 そりゃそうだよね。


「あっこれ、母さん特製の唐揚げ弁当。味わって食べてね〜。ふたりのこと話すか微妙だね。ちょっと様子みてみよ」


 子供の頃から見てきたこの店に、遼真がいて。なんだか心がくすぐったくて、たまらなかった。


「しばらく私がお店みてるから、お弁当食べちゃいなよ、ほら」


 久しぶりの店番。すると、少しキツめの香水をまとわせた、派手めな女性が近づいてくる。あ〜佐々木のおばちゃんだぁ〜。


「いらっしゃいませ」


「あら〜久しぶりねぇ睦ちゃん。帰ってきてたの。もぅ向こうでお嫁さんに行ってしもうたんかと思ってたんよ〜」


 どこの地域の田舎にも一人は存在する世話焼き大好きのおばちゃん。悪い人ではないけれど、押しが強いのよね〜


「あはは。いえいえ。まだまだ結婚なんて、そんな。年末は何かと忙しいですよね〜」


 必死で話の矛先を変えようと試みるが、獲物を見つけたおばちゃんは、とても厄介だ!


「それならいい話かあるのよ〜。もうこっちで身を固めちゃったらどお〜?またお母さんに写真とか渡しとくわよぉ。40歳になる公務員らしいの、なかなかいいお話だとおもうんよ〜」


 あ〜でたでた。この感じ。ここはひとつはっきりと断っておくかな。すると、奥でお弁当を食べていた遼真が走ってでてきた。


「いらっはいまへ。はの、そういうはなひは、むつみはんはらいじょうぶれふ」


 まだごはんを思いっきりモグモグしながら、言葉にならない言葉を口にしている。お見合いを進められてる私を助けようと駆けつけてくれたらしい。


「ふふっ。佐々木さん、お話ありがとうございます。でも私、今はお見合いは結構です」


 残念そうな顔をしながら、佐々木のおばちゃんは買い物を済ませて帰っていった。


「遼真、ありがと」


 その後もお店は大盛況。でも、隣をみれば遼真がいて。デートはできなかったけれど、私達は八百屋の仕事をしながら、楽しい年末を過ごしたのだった。


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今回は第21話を読んでいただきありがとうございます。


本当は2話くらいの短編の予定だったため、話がぐずついて申し訳ございません。気長に読んでくださっている方に、本当に感謝してます。



 


 


 


 

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