第19話 新年の足音

 私は早速車に乗り込み、パティスリーマルルに向かい車を走らせた。もちろんとっても気分がいい。遼真の力になれることが、何より嬉しかった。


 クリスマスの魔法はとけ、街はすでに正月ムードを高めている。今年はどんな年末年始になるだろう。彼氏のいるお正月なんて何年ぶり!おせちとか作っちゃう?でもイベントの多いこの時期、レンタル彼氏の仕事は忙しいかも。私の脳内はフル回転だ。


 そんなことを考えいるうちに、駅前に到着。白い壁に真っ赤な屋根、マルルの店先は若い女の子達で賑わっていた。私はオーナーの指示通り、裏口に回り扉をノックした。


 扉が開くと、まあるい眼鏡をかけて、真っ白いエプロン姿の橘おじちゃんが出迎えてくれた。変わらないなぁ〜この感じ。


「お〜久しぶりじゃのぉ。睦ちゃんも街に慣れて、かわい子ちゃんになりおった」


 息子の真人さんに代替わりしたとて、まだまだ元気なうちは現場から離れるわけないもんね〜。


「いきなりお願いしちゃって、本当に申し訳ありませんでした」


 橘さんは、こっそり隠してあったロールケーキを冷蔵庫から取り出してきて、私に手渡してくれた。


「運がよかったのぉ。あと少しで売り切れるところじゃったよ。睦ちゃん、よかったらいつものプリン食べてくかい?」


「えっと。今日はプリンも買って帰ります。食べさせてあげたい人がいるので」


 思わず遼真の顔を思い出し、顔が耳まで熱くなる。


「ほほぉ〜。睦ちゃんにも想いびとができたようじゃな。そりゃ真人も残念がるのぉ〜」


「もぅ何言ってるの橘さん。真人さんにも、よろしくお伝えください」


 私はそう伝えて、大事にロールケーキとプリンを手に、足早にお店をでた。早く遼真に知らせたくてメールを送る。


─ラブリーフラッシュGET!帰還します。


─ありがとう。俺も花束買ってきた。待ってるよ。


 アパートの駐車場に到着すると、ピンクベースの小さな花束を持った遼真が立っていた。私は駆け寄り、彼にロールケーキの箱を手渡す。


「早かったね。本当にありがとう睦。じゃあ、このままレオンさん家ってか、俺んちでもあるんだけど行ってくるね……ねぇ睦、また会いに来てもいい?」


 私は黙って、笑顔で頷いた。遼真の背中を見送り、部屋に戻ると、ふたりぶんのカップとか、乱れたままのシーツとか。彼といた空間がまだ残ってて、なんだか心の奥がキュンとして、少し動けなかった。


「妬かないわけないじゃん」


 レンタル彼氏はお仕事だって、頭でわかっていても、複雑。昔っからそう。恋愛しちゃうとブレーキのかけ方わかんなくて、アクセル踏みっぱなしになっちゃうんだよな私。


「困ったね〜クラゲ」


 ベランダでお昼寝していたクラゲを撫でながら、素直な自分の気持ちと向き合っていると、静かな部屋でスマホが鳴りだした。


「はーい、どうしたの?母さんから電話なんて珍しいね」


「睦、お正月は今年も帰ってこないの?」


 久しぶりの母さんの声。田舎なまりのイントネーション強めな話し方に、自然と引っ張られてしまう。


「どしたの?コロナもあったし2年は帰省してないもんね。どうしょうかな?」


「それがねぇ。今朝、父さんが野菜の積み下ろしの途中で腰痛めちゃって。さすがに、年末に休むわけにも行かないじゃない。睦、少し手伝ってくれないかと思って連絡したの」


「それで父さんは大丈夫なの?」


「普通に生活はできるけど、仕事となると、やっぱり痛むみたいでねぇ〜」


「わかった。明日、会社にも話してみて、少し長めに年末年始休めないか伝えてみる。うん、父さんにも無理しないように伝えてね」


 私の実家は、じいちゃんの代から田舎で八百屋を営んでいる。周りにたくさんお店があるわけじゃないから、そこそこ近所に可愛がられているお店なのだ。


 お正月ともなれば、なにかしらみんな買い物するから、結構忙しい。高校までは、家の手伝いなんてダルい〜とか言って逃げてたけど、この歳になれば、そんなことも言ってられないか。


 遼真との甘い年末年始の計画はダメになっちゃうけど、ひとりっ子の私しかいないもんね。


 クラゲと日向ぼっこしながらお昼寝。時計を見ると、夜18時をすぎていた。今日はひとりだし、簡単にチャーハンでも作るかな、と重い腰をあげ、キッチンにむかう。


 ピンポーン。

 インターホンを覗くと、キョロキョロする遼真の姿があった。


「どうしたの?」


 扉を開けると、ちょっぴり寂しそうな遼真がポツンと立ち尽くしていた。


「睦とのこと全部話したら、お前はもぅ帰れって言われちゃって」


「レオン先輩怒ってた?」


「それがね。お前、本気で誰とも付き合わないつもりだったのか?だってさ。調子狂っちゃうよ〜。かおりまで、彼女待たせちゃダメでしょ。ママももうすぐ帰ってくるから、大丈夫だよ。って、俺の居場所なくなっちゃってさ」


「遼真。ここじゃ満足できない?」


 私は、珍しくイジワル全開で遼真の顔をのぞき込む。慌てて、私に抱きつく彼。本当にかわいいったらありゃしない。


 ふたりで一緒にちいさなキッチンにたち、チャーハンと、卵スープを作った。デザートはもちろんマルルの特製プリン。


「あ!そうだ。私も年末年始の予定のことで、遼真に話があったの」


 私はさっき連絡があった実家の状況を伝えた。心配そうな顔つきで、真剣に話を聞いてくれた遼真。


「だから、またこっちに戻れる状況になったら、すぐ連絡するからね」


「大丈夫だよ。こう見えて、俺も学生のときはバスケ部やってたし、からだを動かすのは好きだから。ってか、このプリンめっちゃ美味い」


 ん?どゆこと?不思議そうな顔の私に気づいた遼真。


「え?当たり前でしょ。睦パパのピンチでしょ。俺ももちろん手伝いに行くっしょ!」


「遼真はレンタル彼氏のお仕事あるでしょ!年末年始は忙しいだろうなって思ってたし」


「え?こんな時のために有休ってあるんじゃないの?レオン先輩に連絡しよーっと」


 こ、今度は私が腰抜かしそうな展開なんだけど〜。とにかく、まずは私がちゃんと休みをとらなきゃ。ヤル気満々の遼真を見て、嬉しいような、不安が募るような。


 それを知ってか知らずか、いつの間にか仲良くなったクラゲは、遼真の膝の上でマッタリとくつろいでいた。


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今回は第19話を読んでいただきありがとうございます。


PVはなかなか増えなくても、頑張ってゴールまで走ってみます。見守ってくださいね。


 

 




 

 


 

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