第9話 麗しのマリーに花束を

 夜中に目が覚めて、なまぬるい水を乾いた体に流し込む。どうしても忘れられないあの記憶。あの夢を見るたびに、吐き気がする。もう10年以上の年月が流れ、アイツらの顔はぼやっとしか思い出せないというのに、あの感触やどうしようもない不快な感情だけは、昨日のことのように刻まれて消えないものだ。


 こんな時は猫のクラゲのモフモフに甘えて、羊を数える。朝になったらリョウくんとのお買い物を楽しむの!そう言い聞かせて、なんとか心を落ち着かせ眠りについたのだった。


 お出かけ当日の朝、私は約束の時間より少し前に駐車場に到着。5分遅れで到着したリョウくんを助手席に乗せ、私は近くのデパートまで車を走らせた。隣に誰かを乗せるなんて、かなり久々なんだけど。


 早速、今日プレゼントをあげるマリーさんのことをリサーチしていく。


「ねぇマリーさんはどんな感じの女の子なの?せっかくなら喜んでくれるプレゼントがいいもんねぇ」


「えっとね。マリーは今年70歳を迎えるエレガントな女性だよ」


「えっ!!」


 運転中に目を丸くして驚く私を、リョウくんは今日もケタケタと笑っている。笑うとくしゃっとなくなる瞳が子供みたいで可愛いらしい。


「マリーと出会ったのは、半年くらい前。あるカフェで隣のテーブルに座ったのがキッカケだったんだ。彼女は、コーヒーを2杯頼んで、その1杯を誰もいない前の席に置いて、コーヒーを飲んでいた。連れの人がいるのかと思ったけど、30分たっても誰もくる気配はない。そのうち彼女は、冷えきった一杯のコーヒーを残して、静かに席をたとうとしてて。俺は我慢できずに彼女に声をかけたんだ」


「誰かを待ってたけど来なかったのかなぁ?」


「うーん、残念。実は、2年ほど前にご主人が突然、心臓発作で亡くなったらしくて。とても仲のいいご夫婦だったらしく、彼女はしばらく生きてる感覚がなかったって言ってたよ。そんなとき、毎週ふたりで通ったカフェを思い出したんだってさ。」


「ご主人との思い出に溢れる場所だったんだね。切ない話」


「まるで少女みたいな心を持った人だよ。俺がどうして2杯コーヒーを頼んだのか質問した時も、笑いながら楽し気に話してくれたんだ。だから、かわりには慣れないけど、毎週僕とコーヒー飲みませんか?って声をかけたわけ。レンタル彼氏といっても、買い物に付き合ったり、一緒にカフェにいってご主人との思い出話を聞いたりって感じだけどね」


「怪しまれなかったの?変な勧誘じゃないのか?って」


「普通ならそうだよね。でも彼女は、あら。随分と可愛い坊やにナンパされちゃったって笑ってたよ」


 きっと、リョウくんの純粋な心が、マリーさんに通じたんだと思った。素敵な出会い。駐車場に車を止めたところで、マリーさんの写真を見せてもらった。ロングのグレイヘアを上品にひとつにまとめ、無邪気な笑顔を浮かべた女性。昨日までは、勝手にどんなギャルかと想像してて、本当にごめんなさいと心の中で叫ぶ私。


「素敵なご婦人だね。それなら、これから寒くなるし、ストールとかどうかな?リョウくんとデートする時も使えるし。カップもどうかと思ったけど、きっとご主人とのペアカップとか大切に使ってらっしゃる気がするから」


「あ、それいいかも。さっすが女の子目線のチョイスだね」


「それとね。実は今日がそのマリーの誕生日なんだ。もしよければ、この後お家まで渡しにいきたいんだけど一緒にいいかな?」


「うん。リョウくんがそれでよければいいよ」


 リョウくんと選んだのは、黒いカシミヤのストール。肌ざわりは最高。真紅のバラの刺繍の映える品のいいストールだった。雪のように白い肌のマリーさんにはすごく似合うはず。あとは注文していた花屋さんでピンク色のバラの花束を受け取った。


「どうして赤いバラじゃないの?」


「ん?だって赤いバラを渡すのは俺じゃないでしょ。ピンクのバラの花言葉は感謝。これがピッタリじゃないかなと思って」


 さすが女心のわかる男リョウくん。


 それから車で40分程走り、閑静な住宅街の一角にあるマリーさんのお家に到着した。インターホンを押してしばらくすると、写真通りの可憐な女性が姿をあらわした。


「あら、リョウちゃん。わざわざ会いに来てくれたの?まあ、素敵なバラの花。いい香りねぇ、本当にありがとう。さぁ中にはいって」


「お誕生日おめでとうマリー。いつまでも素敵な女性でいてね。今日は友達と一緒にきたから、また今度お邪魔するよ」


「初めましてマリーさん。お誕生日おめでとうございます。私、天野睦っていいます」


「まぁーなんて綺麗な色なの?こんな鮮やかなビビッドピンクのオーラなんてなかなかみることがないわ。ほら、みて、リョウちゃん」


 ん?なんだか私のことを見てはしゃいでいるマリーさん。ピンクのオーラってなに?


「マリーはね、強いオーラを持った人の色がみえるらしいんだ。こんなにはしゃいでるの初めてみたよ。子供みたい」


「まぁ。70歳のレディをつかまえて子供みたいなんて失礼ね。でも睦さんのオーラ、ふたりにも見せてあげたいくらい。間違いないわ。これはモテ期到来のオーラのはずだけど、違ったかしら?」


 首を傾げながら、いたずらに私をのぞき込むマリーさんに笑うしかなかった。


「でも気をつけなさいよ。そのオーラは必要以上に人を惹きつけてしまうから。リョウちゃんがちゃんと守ってあげるのよ」


 確かに、最近の私ってイケメンとのご縁すごいからな。モテ期までとはいかないけど、当たらずとも遠からずってやつかな。


 その後、リョウくんはもう一つのストールのプレゼントを渡し、また今度、ふたりで遊びにくることを約束して、その日は帰ることにした。


 車に戻り、ドアを開けると、僅かに残るバラの香りが鼻をくすぐった。


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今回は第9話を読んでいただきありがとうございます。


作品フォローの通知や、PV数が増えると、ものすごく嬉しくて、次を書くパワーを頂いております。


感謝、感謝です。




 



 

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